第5話 その3
翌朝、(やっぱり)靖成は寝坊した。
「起きろー!」
ユキが豪快に布団をはぐが、靖成の寝起きの悪さは折り紙つきである。
デートの待ち合わせ時間までは、あと15分。
待ち合わせの駅までは、普通に行けば30分。
「…ユキちゃん、お願い」
慌てて準備をしながら靖成はユキに伝達を頼み、ユキは仕方ねーな、と言って消えた。(スマホを持たない靖成は、ユキ→母聡子→賀奈枝という伝言ゲーム形式でしか連絡手段がないのだ)
あっという間に戻ってきたユキに、白いニット、Gパン、ダッフルコートという、気合いを入れすぎない無難な服装を選んでもらって、ついでに式神スキルで悠々と送ってもらって靖成が駅に着いたのは、当初の待ち合わせ時間から遅れること30分。
篠目さん、と駅の改札外で手を振る賀奈枝は、オフホワイトのニットにマスタード色のスカート、コートはベージュだ。可愛い。うん。
しかし賀奈枝と一緒に靖成を待っていたのは、両親である。
「お父さん。なに?なんでいるの?」
思いっきり嫌そうな顔をした靖成だが、相手は全く気にしない。
「靖成!お前はいつ見ても地味だなあ」
ちなみに、父、圭介は声がでかい。白髪混じりの頭と温和な笑顔に、チノパンと黒いコートが似合う、ザ・おじさん。だが顔も背格好もそっくりな息子に言う挨拶ではない。
「お父さん、遺伝の法則は知ってるよね?」
「当たり前だ。靖成は俺の若い頃にそっくりだな」
フォローになっていない。そして父の隣にいるのは、女性二人。母聡子と彼女(仮)の賀奈枝だ。
「わあー、並ぶとやっぱりにてますねえ」
「でしょ?二人とも地味よね。まあ圭ちゃんのほうがカッコいいけど」
地味地味連呼しないで頂きたい。父は「そうだろー」と相づちをうっている。なんだかな。
ちなみに、篠目家はなぜか皆ちゃんづけか君づけで、名前によってバリエーションが変わる。つまり適当なのだが、第三者から見たらとても仲良さそうに見えるのだろう。道行く人たちが微笑ましくささやきながら去っていった。
「なあ靖成、あの人たちさ『彼女の両親に挨拶してるっぽいけど、反対されたのかな』とか言ってたぞ」
浮遊しながら通行人の会話を聞いていたユキが、心配そうに言う。
「…あー、そう…」
「『彼氏、頼りなさそうだから、大丈夫かしら』って」
何故か靖成が部外者扱いである(父とそっくりなのに)。
「それよりさ、なんでお母さんたちがいるの」
靖成は気を取り直して再度質問する。息子のデートが心配だから、というわけでは勿論無いだろう。
「あれ?やっくんとデートじゃなかったっけ」
父が言う。いや35歳独身の息子と65歳の父でデートって、微妙に切ないよね。
そこで賀奈枝が説明を始めた。
「遅れる、ってユキちゃんがお母さんに伝えにきたとき、私たまたま電車でご実家の最寄り駅に差し掛かるところで」
「うちに寄れば?って賀奈枝ちゃんにLINEしたの」
「それで、デートって言うだろ。最近お父さんもさっちゃんとゆっくり出掛けてなかったから、ダブルデートにしてみたんだ」
はあ?
「なに、それ?」
靖成は思いっきり悪人顔をした。賀奈枝はちょっと厳しく言う。
「篠目さん、お父さんにそんな言い方は良くないのでは。そもそも遅れたのは篠目さんです」
「え?いや、すみません」
はいそうです。じゃ、ない。
「お母さんたち、いつもデートしてるでしょう」
「あれはご飯だから。ねえねえ、水族館なんて久しぶりだからうきうきしちゃうわ」
うんうん、と父も頷いており、それを見て再度溜め息をつく靖成だが、決め手になるのはやはり賀奈枝の意見だ。
「橋口さんは、嫌じゃないんですか?その…親と一緒って」
「はい、むしろ良かったです」
「え?」
なあに、それ?と、靖成は口をぱくぱくさせる。
俺と二人きりは、嫌ってことでしょうか?
「とにかく行きましょう。篠目さん、お願いします」
賀奈枝が笑顔で言った。
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お願い、というのは、運転のことだった。
コンパクトカーの運転席に靖成、助手席は賀奈枝、後部座席に圭介、聡子。そこから続くトランクには、ユキが寝そべっている(人にはカウントされないってことで)
「いやー、写真よりずっと美人だな!お父さんはこんな娘が欲しかったから嬉しい」
顔は地味だが、性格は靖成とは異なり明るい父、圭介だ。
「ねー。しかも、賀奈枝ちゃんからやっくんにアプローチしたのよね。やっくん一回振られちゃってたけど良かったわねえ」
よそゆきなおばさん、な格好をした母聡子。長めのスカートとキャメルのコートが小柄な体格に似合っている。
靖成は、ちらっと隣にいる賀奈枝を見た。スカートから覗く足は黒いタイツにショートブーツ。斜め上から見下ろす足首からふくらはぎにかけてが、ちょっとエロい…とか思ってはいけない。
煩悩と戦うこと数十分。午前11時前に、車は水族館へ着いた。
「じゃ、夕方16時に、またここ集合な」
父はさっと手を挙げて館内へ向かって歩き出す。
「へ?」
「へ、じゃないわよ。中まで一緒に行動するわけないじゃないの」
唖然とする息子を置き去りにして、アラ還のマイペース両親は去っていった。ちなみに父は、母の肩をさりげに抱いている。
「わあ…。素敵ですねえ」
賀奈枝が目を輝かせ、チャーミーな洗剤のCMみたい、と言っているが、あれは手を繋ぎたくなるやつだからちょっと違う、という突っ込みは不粋なのでやめておき、靖成は父について説明する。
「見た目は地味なんですけどね。30で母と見合い結婚する前は女絡みで修羅場もしょっちゅうで」
「修羅場?」
え?と賀奈枝は驚く。
「アメリカの郊外に住んでいたときは、銃を持った女が自宅で鉢合わせて大変だったとか。確か、キャシーとか言ってたね、ユキちゃん」
ユキは、あー、と思い出したようだ。
「あの金髪巨乳か。俺は日本にいたから直接は見てねえけど、探せばまだ写真はあるんじゃねえかな」
「写真はさすがに捨てたんじゃないの?」
甘いな、とユキが呆れる。
「バニーガールの写真を圭介が捨てるわけねえだろ」
「あー、金髪のバニーは捨てがたいねえ」
くどいようだが、賀奈枝にユキは見えない。しかしなんとなく会話の大筋はわかったらしい。
「…篠目さんてお父さん似なんですね」
「顔と体格はそうですが、性格は似てませんよ」
「いえ…そっくりですけど…」
どこが?と靖成は疑問に思ったが、あえて聞くまい。チケットを買って中に入ると、適度に人がいた。予想はしていたが、薄暗い館内にはカップルが多い。というかほぼカップル。
「カップル割引デーなんです」
そんなものがあるのか。女に縁遠い人生を送ってきた35歳サラリーマンとして、靖成はちょっとひく。勿論一般の親子連れもちらほらいるが、知らずに友達同士で無邪気に来たらいたたまれなくなりそうだ。




