第5話 その1
七五三も終わり、紅葉も見頃な京都。
篠目靖成は、佐々木さんち(会館)で開かれる毎度おなじみ定例会に参加したあと、そのまま佐々木さんち(神社)の境内を歩いていた。とにかく佐々木さんち(敷地)は広いのである。
「おう、やっくん。結婚するんやって?」
姿を見つけ明るく声をかけてきたのは、佐々木家長男、風悟である。活動的な白いパーカーにGパン姿。耳が半分隠れるくらいの癖がある茶色い髪は地毛で、小さい頃からはっきりした顔立ちによく似合っていた。加えて、社交的。必然的にもてる。
「…風悟か」
のそっと、覇気のない返事をして靖成は振りかえる。12月頭の京都は関東より寒いとはいえ、紺のダッフルコートの襟に首をうずめるよう、猫背で歩く35歳独身サラリーマンの姿は物悲しい。
「あれ、やっくん、今日はユキちゃんいないの?新幹線?」
「ん。お父さんが東京で仕事入ったから、そっちにいってる」
そうかー、と風悟は快活に喋る。
「で。夏に連れてきた綺麗な人?賀奈枝さんやったっけ。いいなあ、俺も早く結婚したい」
風悟は靖成より背は少し低いが、大股で軽やかに隣を歩き始めた。
「お前まだ学生だろ。2年だったか」
靖成は前方斜め下を見ながらぼそぼそ喋る。あまり口を開きたくないのだ。
「ん。けど来年は3回生やし、卒業まであっという間だから今のうちに考えとかんと、って」
「何が」
「彼女とのこと」
あっけらかんと話す風悟に、うむー、と靖成は唸ったが、聞けば風悟は同じ大学の子と付き合っていて、彼女の実家が地方のため、卒業後に関西に残るか悩んでいるらしい。
「すぐ結婚して、うちの離れで暮らしたらいい、って言ってるんやけど、それなら自分のアパートに来いって言われてな」
うん。靖成はとりあえずうなずく。佐々木さんちは広いから離れは同じ町内のアパートくらいの感覚ではあるが。
「独り暮らし用のアパートに二人って、狭くるしくない?」
「うーん」
ユキちゃんは大丈夫みたいだけど、と言おうとした靖成に風悟は尋ねた。
「賀奈枝さんは、なんて?」
「ん?」
「アパート。壁も薄いとさ、気いつかわん?」
「いや、うち隣と下がずっと空いてるから」
なんの話だ?と考える靖成だが、そっかー、と風悟は1人納得しているようだ。
「わざわざホテル行くのも金かかるしな。声とか気遣わんでいいなら、いいよな」
ん?
「やっくん?」
ん。
「ひょっとしてな」
風悟が、靖成の目を見ようとしたが、靖成は顔をそらす。
「アパートに呼んだこと、ない?」
いや、アパートに来られたことはある。うなずくべきか首を横に振るべきが迷って半端によじって、筋を痛めた。痛い。
そして風悟の質問は、ただアパートでお茶をしたとかそういうことではないのだ。はい。わかっていて目を逸らしているのは自覚しております。
「ひょっとしてさ」
うん。
「まだやってないの?」
なんでこう皆直球なんだ。日本人のおくゆかしさはないのだろうか。靖成は眉間に皺をよせる。
「風悟、お前な…」
「まさかやっくん、童貞じゃないよな」
「それは違う」
きっぱりと間髪入れずに返事をした靖成だが、風悟はそうだよなー、と明るく笑っている。
「やっくん案外モテるもんな、マメやし。何年か前にうちに巫女でバイトしにきた子も、やっくんのこと気にいってたから」
「巫女?」
「3年位前に、俺の同級生が正月の巫女バイトで来てたんよ。親父がインフルで寝込んだから人手足りなくって、やっくんに来てもらって」
「そう言えば…」
靖成は思いだそうとした。確かにあの年は風悟の父が戦線離脱してしまったため、急遽駆り出されたのだ。しかし靖成本人にJK巫女の記憶はない。
「あとな。うちに出入りの仕出し屋のお姉さんも、前からずっと、やっくんのこと優しいって言ってはったし」
「えっ」
定例会のときは、昼食が出るのである。そしてその仕出し屋の従業員は、ここ数年毎回顔を合わせている。だがこれも、そんなそぶりを感じた覚えはなく、首を傾げる靖成に風悟は憐れむような視線を向けた。
「やっくんなあ…単に結婚に興味ないだけかと思ってたけど、それでもちょっと、いやかなり損してるよなあ…」




