第4話 その8(第4話終わり)
「不安なときは、効かないとわかっていても何かにすがりたくなります。でも、実際にそれを突き付けられると、気持ちのやり場がなくなって、他の人は悪くなくても、ついひどい言葉を言っちゃうことがありますよね」
須坂の父は祈祷では治せない。しかし、元気になった。ひょっとしたら、労ってもらっただけで気持ちは楽になったのかもしれない。
しかし、子供は感情で考える。
「言われたほうも気持ちが負の方に行くのよ、と」
一度沸いた不安は増幅して、引き寄せて膨らんでいく。あの、黒い固まりみたいに。
神も仏もなく、須坂は無情にもリストラ宣告されたのだろう。靖成に、かつて自分が否定したユキに、神頼みをしたかったのだろうか。その歪んだ負の感情は靖成の沈んでいた気持ちを呼んでしまった。
「篠目さんはユキちゃんのことを悪く言われると見境なくなるかもしれないから、と」
賀奈枝は言う。
「お母さんがいうには、篠目さんは、それで自衛してるんじゃないかって」
「自衛…?」
「ユキちゃんを大事に思うから、否定されたくない気持ちが強いから他人にあまり心を開かないんじゃないかって」
靖成は黙った。
雑多な念は、強く否定すれば消えていく。ユキはそこまで脆弱ではないだろうが、それでも否定はされたくない。
うん、と靖成は頷こうとして、賀奈枝の言葉に動きを止めた。
「ユキちゃん以外と、結婚したくないんじゃないか、って。お母さんが」
ん?
なんか話がずれた気がする。
「ユキちゃんが相手ならなあ、ってお母さんも言ってたし」
母聡子はイケメンが好きなのである。ユキの顔が好みなのである(こういうところは親子だよな、と靖成は思う)。いやしかし。
「えーと。それはうちの父が地味顔だという話で、そもそも主語が違います。母は最近なにかドラマを見たって言ってましたか?」
はい、と、男性同士の純愛ドラマのタイトルを言われた。
あー、さっちゃんブルーレイ予約してたな~とユキが頷いている。陰陽師と結婚している時点でかなり鷹揚な性格の母ではあるが、中年の息子と式神でボーイズなラブを妄想するのはやめていただきたい。
「うーん…とりあえずそれははっきり否定しますが」
話の続きに困った。ユキも賀奈枝も、靖成をじっと見ている。やだなあもう。
「うん…でも、ユキちゃんは大事なんです。はい」
本当は、橋口さんもです、と言いたい。しかし、それは今の靖成からは言えない。
なにか察したのか(何をだろう)、賀奈枝が、わかりました、と笑顔になった。
「で、さっきの話の続きなんですけど」
「さっき?」
いつ?どこまで遡るんだろう?
「病院に着いたときの話です」
「随分遡るな」
ユキが言った。
「正直、私もお母さんがやっくんて呼んでるのを聞いて、最初は引いたんですよねー。でも、話してるうちに、それはいいんだなって私自身は思ったんです。で、皆、あ、同僚の女子たちです。ええと、彼女達から『篠目さんてマザコン独身だったんだねー。キモーい』とか言われてちょっとカチンと来ちゃいまして」
「はあ」
35歳独身サラリーマンとしてはかなりチクチク刺さるが、この先はやっぱり聞かなきゃならないんだろうか。ユキは「女ってこえーな」と身震いしている。
「思わず、付き合ってるんですって、言っちゃったんですよね…」
は。
あ?
少々お待ち下さい。
ユキは浮かれてぐるぐると靖成の周りを回り始めた。
「おー!靖成!!まじかよこれ!コクられたの生まれて初めてなんじゃねーの?」
ユキちゃん黙ってて。
しかもクローズアップするところが違うよね。
「意外とお仕事できるし」
はい、そこは職権乱用ですから。
「お母さんもユキちゃんもいい人だし」
うん、わかります。だけど、そこ?
「和装好きなんですよ」
この流れで、靖成本人の性格等にほとんど触れられていないのは気のせいだろうか。
「…いやですか?」
「いや。いや嫌ではなく。えーと」
動揺しているのは自分でもわかるが、ここ数日色々なことが起こりすぎている。
「…ユキちゃん助けて」
胃が痛い。靖成は今度こそ腹をおさえてうずくまり、呆れたユキに、単独でアパートに連れ帰ってもらった。
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週末、秋晴れの神社。
七五三は続くよしばらくは。
「あらやっくん、コクられてパニック起こしたんだって?」
母聡子は容赦ない。
靖成は平日、外回り中心でたまった仕事をこなし(なんとなく社内で賀奈枝に会うのが恥ずかしいから)、疲れも抜けきれないしそもそも病み上がりなのだ。それを踏まえた上でお子様の相手に駆り出す母は、言動ともにブレがない。
「お母さん、内緒でお願いします」
靖成は、神社の境内を見渡す。近頃のちびっこたちはマセているため、さらに容赦ない突っ込みは避けたい。
「いいじゃない、賀奈枝ちゃんならお母さんもウェルカムよー」
「うん、まあそれは知ってるけど、ねえ」
外堀からじわじわ、というよりは単純に仲良くなった現象を否定する気はないが、気が合いすぎて筒抜けなのは普通に怖い。
とにかく、仕事はしなくてはならない。靖成は白衣袴を整えた。
「お、来たぜ」
「あらあら。まあー」
ユキと聡子が明るい表情で社務所の方を見る。そこから出てきたのは、賀奈枝である。神社の奥さんが用意してくれた巫女さん装束を着た賀奈枝は、まさに靖成の好みドンピシャであった。
「…これ…お母さん、いじめてる?」
「あら。いやだった?」
嫌じゃないってば。
「篠目さん、どうですか?なんだかこういうのがお好きだって、ユキちゃんから聞いたんですけど」
あ、ユキちゃんからは直接聞けないのでお母さん経由ですー、と言う賀奈枝の言葉に、靖成は冷や汗が出る。どう伝えたかは、あえて聞くまい。
「似合います。その、好きです」
巫女姿が。その格好をする賀奈枝が、いや、賀奈枝本人が。口ごもる靖成に、周囲から突っ込みがはいる。
「はっきり言っちゃえばいいじゃん、靖成」
「そうそう、気持ちがダダ漏れよ。それにしても似合うわね~」
嬉しい、と賀奈枝は褒められて素直に喜ぶ。
「いつでもコスプレカフェで働けるよ、って神主さんにも言われました」
悪意のない賀奈枝の言葉が靖成に刺さる。
ああ、やっぱり…
もう、みんな容赦ない。穴があったら入りたい、隠れたい。
靖成は、頭を抱えてうずくまった。
第4話終わり




