第4話 その4
靖成が祈祷に失敗して気を失ったのが、水曜深夜。木曜は欠勤し、今日も金曜ですぐ週末になるので、自宅でのんびりすることにした。しかしまあまあ回復したため、暇である。
「賀奈枝ちゃん、来なかったな」
今日の夕飯は中華粥だ。本当に胃腸が悪いわけではないが、腹回りを直撃されたため、食欲があまりないのは確かだ。
「いや。それは別に、さ」
ごにょ、っと靖成は粥をすすりながらしゃべる。来てくれたら嬉しい。しかし来てほしいと言える仲でもない。
そこへ、ぺらっと紙飛行機便が届いた。
「靖成、さっちゃんから。線路の件は違う人に頼むから養生しろって」
「あ、そうなの?お父さん…は、また出張だっけか」
父は先週からアメリカだ。
「代理なら本部の誰かだろ。なあ、暇ならやっぱり賀奈枝ちゃん呼ぼうぜ。なんなら俺、外いくから」
いや、それはちょっと…と言うと、ユキは微妙な顔をする。
「なんだよ、いたほうがいいのか?」
「いや、それもちょっと」
靖成はきっぱりと言い、さらに微妙な顔、イコール悪人顔になった。
「うーん、でもねえ。この前のあれ結構やばい気がするんだよね。うかつに手を出すと、本当に持っていかれるんじゃないかっていう」
「賀奈枝ちゃんに素人童貞持っていってもらえよ」
さらっとアイドル顔でそんなことを言うユキに、違う…と靖成は心の中で呟く(何が違うのかという突っ込みはおいておく)。
気を取り直して。
「線路のだよ。ユキちゃんどこまで見た?」
ああ、とユキは靖成に向き直る。
靖成の足元を這っていたはずの気配は、目を瞑った一瞬の間に突然地上に現れ、そのまま靖成目掛けて進んできた。普通なら念は肉体を素通りして意識だけを持っていくのだろうが、靖成は意識を守った代わりに、肉体に衝撃を受けたようである。
「あれな、何かの集合体だな。鼠の大群みたいな。小さいのが固まってぶわっと」
ユキの言うとおり、ひとかたまりではあるが形は定まっておらず、一ヶ所に引き寄せられて大きくなったと考えるのが妥当である。
「でもねえ。何かって聞かれるとわかんないんだよねえ。そもそも特定の何かじゃないような、自然発生的な」
「サラリーマンの怨念じゃねえか?通勤電車が通るホームだしよ」
むむ、と靖成は唸る。
変に気が澱む場所というのはあるのだ。しかし、大元が特定しにくく、祓いにくい。
「予防で回避するしかないかもねえ」
この場所は、なにかいる。やばい、と思えば人は寄り付かない。駅のホームなら、なんとなく線路から離れて安全圏に退避するものだ。
「うーん」
ひとまず母聡子に、お札か何かで最低限予防するよう手紙を書く。窓からすいーっと飛んでいくアナログなそれを行方を見届けながら、ユキは靖成に言う。
「靖成さ、もうちょいデジタル化の波に乗れよ」
「仕方ないでしょ、文字化けやバグは俺のせいじゃないんだから」
「SEの方が向いてたのに、勿体ねえよな」
「まあそれはそれ。そこは悩んでも仕方ないからねえ」
よいせ、と靖成は頭に手をつき横になった。
靖成自身は普段は意識して色々みないようにしているが、もとが霊媒体質なのか、意図しない霊障は昔からたびたびあり、子供の頃から人付き合いが苦手なのは、そのせいもある。まあ多分に性格によるものとは自覚もあるので、体質を恨んだりはしないのだけれども。
ふと、靖成はまた同級生の須坂を思い出した。
「ユキちゃん、須坂覚えてる?同じ小学校の」
「あの野球チームに入ってた爽やかなやつか?靖成と真逆のタイプの」
そーそー。いや、そうなんだけどその言い方はちょっと(しかし反論できず)。
「その須坂と、この前ばったり会ったんだけど、あいつはうちの仕事のこと知ってるんだよね」
ユキが、じっと靖成を見る。
「…そうだっけかな」
「ん。どこから知ったのかわかんないんだけど、須坂のお父さんが病気して、祈祷を頼まれたような記憶があってさ。お父さんは、良くなったんだよねえ」
思い出そうと神妙な顔をする靖成とは対照的に、ユキは興味無さそうに浮遊している。
「同級生の家庭事情なら、さっちゃんが詳しいんじゃねえか」
「んー」
先日話したとき、須坂は少し元気がなさそうだった。仕事疲れかと思っていたが、家で何かあったのだろうかと靖成は考える。しかし家はわかるが連絡先は知らない(だってメアドのデータが飛んだから)。
すると、母聡子から紙飛行機の返事がきた。
「最近スピードが上がったな」
「でしょ、これも捨てたもんじゃないよ」
靖成が開くと、(・ω・ゞ-☆(了解の意)。そして。
「賀奈枝ちゃんが、元気そうで安心しましたって言ってたよ。だとさ」
ユキが読み上げ、にやっと笑って靖成を見る。
「うん…まあ、ねえ」
ごにょ、っと誤魔化す靖成。嬉しくないわけは、ない。
「で、元気なら明日 車出して、宜しく、だってよ。神社の手伝いらしいぜ」
神社イコール陰陽師仲間のお宅に、時折手伝いに駆り出されるのだ。病み上がりなのに人使いが荒い。しかしちょっとご機嫌になった靖成は仕方ないねえ、と言いながら承諾の返事をだした。
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翌日。秋晴れの神社に来た靖成の任務は、祈祷…ではなく子守りであった。
「…ああ。七五三か…」
慣れない着物姿でギャン泣き、境内で石投げをする、狛犬によじ登る、etc.とにかくお子様多数。
「うーん、やっくんは本当におとなしい子供だったから、毎年この光景を見ると新鮮な気持ちになるのよねー」
事務所のおばさん然とした聡子はしみじみ語る。
「お母さん、俺が七五三やってから30年ずっと言ってるでしょ」
靖成は子供の相手に、ばてている。今日は白衣と袴なので、ちびっこたちは少し遠慮するかと思いきや、いじられ体質の靖成を見抜いたのか誰かしらちょっかいを出してくるのだ。
「ユキちゃん…しんどい。代わって」
「俺は相手できねーんだ。諦めろ」
むううー、と渋い顔をした靖成の腹に、子供がタックルをかましてきた。うおぅっ、と悲痛な声をあげて顔をあげると、見覚えのある大人の姿。
「篠目じゃん」
須坂だ。するとこれ、いやこのお子様は、須坂の子供。そう言えば写メで見た顔だ。で、隣にいるのは当然奥様。
「あ、あ。浅井さん」
久しぶり、と、腹の痛みに耐えながら挨拶…という体裁をとり、ちょっと動揺したのをごまかした靖成である。
「篠目くん、久しぶり。そう言えば神社の親戚なんだっけ?今年うちの子供が5歳の七五三なのよ」
改めて子供を見る。男の子にしてはかわいらしい顔立ちは、母親似のようだ。須坂の妻、旧姓浅井有美は、小柄で童顔、笑顔がよく似合う風貌だったが、年齢相応のふっくら感が、いかにもお母さんという雰囲気を作っていた。
「産後太りが戻らなくて」
「はあ」
靖成に言われてもよくわからない。そこに、母聡子がきた。
「あら、須坂さんて受付で言われたから、もしかしてと思ったらやっぱり~」
ご無沙汰してます、と須坂はぴりっと礼儀正しく挨拶をする。
「ご両親と来られたのね。皆さんお元気そうで」
はい、と笑顔で返事をする様子をみると、須坂の父親の病気は平癒しているのだろう。
地元の神社ならではの和やかムードは、秋の空気に心地よい。靖成もなんとなく須坂の様子に安心して見ていると、視線の向こうに見慣れた顔が現れた。
「え?なんで?」
賀奈枝である。白衣袴姿の靖成を見ると、わあー、とほわほわした暖色のオーラを漂わせながらながら寄ってきた。今日は完全に私服で、緩めの白いVネックのニットとGパン姿、手には薄手のコートを持っている。




