第3話 その5
靖成は、事務所に寄ってミニバンの鍵を借り、そのままアマノ社長を途中で乗せて現場に向かう。
道路拡張事業の予定地に、古い井戸があったのだという。
「水神さま、ですかね」
かね、と社長がぺらっと地図を広げた。アマノ社長、58歳。ちょっと落語家に似てると言われたことがあるらしく、寄せてきたのか土日はわざと着物を着ている。彼が陰陽師なんじゃないかと思うくらいだ。
「そのあたり一帯が、昔、川の支流があったところを埋めたらしいんだよ。作業員の1人が気分が悪いと言い出したから、井戸を壊す前に見てもらいたいと思ってねえ」
はあ、と靖成は相槌をうつ。
「水系なら、土系の何か出せばいいか?」
ユキは、後部座席の社長の隣に座っている。しつこいようだが靖成一家以外には見えない。声も聞こえない。
「見ないことにはなんとも」
そうかー、と社長とユキは同時に答える。
現場に着くと、若い作業員が1人いた。建設予定地といいつつ、まだ古い平屋が建っている。適度に広い敷地には、木登りができそうな大きな木が数本。その庭の片隅に、井戸があるらしい。
「土地の持ち主と役所では話が付いてるし、早くここ更地にしなきゃいけないんだけどさ」
「そうですねえー」
着手してからでは遅い。変な噂があるなら、事業を進めるまえに原因をクリアにしなきゃならないのだ。
靖成は狩衣、烏帽子のコスプレ(違)スタイルになり、井戸に向かう。始めます、と言い、井戸を覗いた靖成だが、なにかいつもと違う。
「ん?」
さらに首を下げる。
「靖成、どうした?」
ユキは靖成が落ちないよう体を支えているが、あまり変な体勢になると一緒に落ちかねない。まあユキは飛べるから良いんだけれども。
「んー」
声が反響してさらに間抜けになる。よいせ、と真っ暗な井戸から顔を上げた靖成は、首を傾げて社長に言った。
「何もいませんけど?」
「そうなの?」
「はい。でも、人形みたいなのはありました。あそこ」
ユキちゃんお願い、と言われて、「げっ」と嫌な顔をしたが、すぐに井戸の底を目掛けてユキは足から降りていき、ぺらっと汚れた日本人形を持って飛び上がってきた。社長たちには、人形だけ飛んできたように見えるだろう。
「不法投棄ですかね」
靖成は人形をよしよしして、泥をはらう。案外汚れはすぐ落ちた。
「もういくつか、人形とかおもちゃがあったぞ」
ユキの着物は汚れていない。どういうシステムなのかは靖成にも未だにわからない。
「これ自体にそんな効力はありません。まあ、ゴミ捨て場にされた井戸はちゃんと綺麗にしないと、って感じかな…。ですが、変な感じはするんですよねえ。こう、ずるっと引きずるような、えーと、木が切られたのに根だけ残ったような、振られた彼女を忘れられない男が持つような、粘着系の」
靖成が、手振りでタコのように、うにょうにょと根を表現するがアマノ社長にはよくわからないらしい。そこで、ユキがぽん、と手を打った。
「あ、そいつだ。その若いやつ」
「ん?どの人?」
それ、とユキが指差した先にいるのは、作業員。タコの足みたいな粘着オーラのオプションつき。
「おお…」
靖成が困った顔をする。
「靖成どうする?」
「ユキちゃん、どうしよ?」
二人はコントみたいに顔を合わせているが、ユキの姿も声も、他の人には確認できず、その呑気な靖成の顔だけ見えるのが作業員の気に障ったようだ。
「お前らみたいな役所の手下に何がわかるんだよ」
うん、ベタな台詞だ。本当は悪い人じゃないんだけど仕方なく犯罪に手を染めた、みたいな。
「訂正だけしておきますけど、うちは役所とは無関係です。ほら、そういう誤解されると、独禁法とか色々ひっかかっちゃいますんで」
靖成はとりあえず説明しておくが、勿論作業員は聞いていない。
「ここは、俺の伯父さんの家で…俺たちが小さい頃によく遊びにきたんだ。なのに取り壊しだなんて…」
はあ、と靖成は相槌をうつ。
「伯父さんは?」
「立ち退き料でマンションを買った」
「この人形は?」
「伯父さんが置いていった」
えー。と、靖成は言う。
「じゃあ、あなたがどうこう言うことは無いんじゃないかなあー」
靖成は迷惑そうな顔をしたが、作業員は聞いてない。
「でもな!俺の!俺たちの!思い出が詰まった家でもあるんだよ!」
あー。
タコ足オーラが、もやっと来たよ。うねっと来たよ。靖成が、クラーケンみたいだねえと言ったら、ユキに「オクトパスでいいんじゃね?」と突っ込まれたけど。
「伯父さんに、娘さんがいた感じですかね。いとこ?」
ちなみに靖成の場合、父も一人っ子のため、母方のいとこだけ数人いるが、そんなに交流はない。
「そうだ。でも、あの人形も…おもちゃも置いていって…」
「家を解体するときに一緒に処分するよう頼まれた感じですかねえ」
よくある話だ。うねうね、タコ足が絡まってくる。ちなみにアマノ社長は、うんうん、と適当に頷いている。正当な手続きを踏んだ仕事に同情は入らない。
「庭の木だって…全部切るっていうし」
作業員はまだ喋ってる。
「でも、いとこさんもそれで良いんでしょう?独りよがりは、切ないですよー」
靖成はもう、早く帰りたい。土曜の午前中に呼ばれた仕事が
こんな駄々っ子のせいなんて嫌だ。しかも、家には賀奈枝がいるのだ。
「あんた、木登りしたことないだろ」
「木登り?」
なぜか急に話を振られた。
「あの木は!俺たちが木登りした思い出の木なんだ!あんたみたいなひょろっとしたインドアっぽいやつに、何がわかるって言うんだよ!」
ああー。
建設現場に入る作業員。要するにガテン系。最近聞いたばかりである。賀奈枝の、好みのタイプ。
そんな奴から、まさかの暴言。
「あーあ。靖成、言われちゃったよ。そんなにインドアって訳でもないんだけどなあ、なあ?靖成?」
ユキは、靖成を見た。
「…どうした靖成?」
靖成は静かに袂から紙を出す。
「ユキちゃん、結界張って」
「ん?」
「いいから張れ!!」
うひー、とユキは慌てて結界を張る。作業員は、どろっとしたオーラを纏ったまま人形を拾い、投げつけてきた。人形(怨念付き)をキャッチしたユキの姿が、作業員の視界にザッピングする。
「うわ、触っちまった!」
ユキを見て唖然とし、動きを止めた作業員に向かって、靖成が式神を放った。
「人を見た目で判断するんじゃねえ!」
ご機嫌斜めで、既に平安顔から悪人面になっている靖成が叫ぶ。その手元の紙から飛び出したのは、深海魚みたいなちょっとグロくてお茶目なやつ。
「靖成…あれなに」
「ウツボ…。昔、サメを描いたつもりがお父さんにウツボって言われて…こんなところで役に立つと思わなかったけど」
とにかくウツボは、タコを食べた。がぶっと。
ガテン系作業員の淡い恋心も、タコの墨みたいに霧散したようだった。
「靖成くん、終わった?相変わらず僕には真っ暗な空間に雷が光ってるようにしか見えないからさ」
結界を解くと、社長がのんびり近づいてきた。あ、はい。と靖成は返事をして、作業員を引き渡す。この世の終わりのような顔をした彼に、靖成は同情した。
「彼が原因?」
「…あー、まあ、はい」
社長がいうと、作業員は切なそうにでかい体を丸める。職まで失う必要はないだろう。靖成は社長に言った。
「クビにはしないであげて下さい。彼がここの思い出の品を処分するのに一番適してるとは思いますから」
作業員は項垂れていたが、靖成の言葉に顔をあげた。
「街も人も変わっていきます。だから、嘆くんじゃなくて、きちんとお別れをしましょう。物とも、思い出とも」
そこで靖成は、ちょっと口ごもった。
「片思いにも」
ん?とユキが、靖成を見る。
「靖成、なんだそれ?まさか、賀奈枝ちゃんに振られたのか?」
「いや、ユキちゃん。そもそも俺は、なんとも」
返事がぎこちなくなる。 なんだかなあ。
そして、後日井戸の物を全部引き上げたら改めて水神様の祭祀を行うことにして、ひとまず今日は撤収となった。運転席に乗り込んで時計を見ると、もう昼を過ぎている。
「…思ったよりショックなんだな、俺…」
靖成は、空を見上げ溜め息をついた。




