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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ユキ編(前)
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第3話 その2

  賀奈枝は案外すぐに目を覚ました。

  時刻は22時。タクシーからどう降ろそうか、(主に靖成が)もたもたしている時である。

  目を覚ました賀奈枝の視界に一番最初に飛び込んできたのは、丸顔、髪もショートボブやや丸めの、人のよさそうな顔。

「あらら、大丈夫?」

  見知らぬおばさんが、賀奈枝をのぞきこんでいるのだ。いや、おばさんだけど、おばさんではない。

「…はい」

  賀奈枝はちょっと考え、とりあえず返事をしてみた。未来のお姑さんになるかもしれない人である。呼び方は慎重に。本性を出すのは計画的に。

  そうしてとりあえず篠目家にあがることになった。


  だいたい酔いは覚めたので、賀奈枝はリビングのソファーに座り、一応母にLINEをしておく。母はどう思うだろうか。スマホに向かって「ままよ」と祈ってみたが洒落ではない。

「ねえねえ、綺麗な人ねえ。ねえ、やっくん」

  うきうきしている母・聡子は、賀奈枝の母と同じくらい、60手前位だろう。佐々木さんより少し上だが、タイプがちょっと違う。佐々木さんが薙刀の師範なら聡子は日舞の名取のような。


  しかし。

「やっくん、て呼ばれてるんですね…」

  靖成だから、やっくんだろう。京都の佐々木さんの息子もそう呼んでいた。しかし賀奈枝は聞き慣れないからかなんとなく気持ち悪い(失礼)からか、ちょっと口に出してしまった。

「靖成だからねえ、やっくんよねえ。賀奈枝さんはなんて呼んでるの?」

  さらっと流された上に話を振られた賀奈枝は、答えにつまる。いや、そういう仲ではございません、と言いたいが、それも言いたくない。

「橋口さん」

  そこに靖成が来た。

「風呂沸いたから先にどうぞ」

  よくあるドラマのセリフのようだ。デートのあと、家にお邪魔して、風呂。

  しかし、まっさきに視界に入るのが男性ではなくおばさんというだけで、こんなにドキドキしないものなのか、と賀奈枝は新たな発見をする。


「えーと、じゃあ…」

  賀奈枝は、ちょっと迷いつつ、素直に聡子から部屋着とバスタオルを借りて風呂に向かった。

  もしも男性の一人暮らしのアパートなら、その先に何かあるかもしれないが、ここは平たく言うと会社の人のご実家だ。しかもアットホームな下町のマンションにおいては、むしろ賀奈枝はリラックスしてしまい、まるで親戚の家にいるかのごとく普通に風呂に入ってしまった。


「お風呂、ありがとうございました」

  長湯をしてほかほかになりながら賀奈枝はリビングに来る。ちなみに聡子が出してきたのは、靖成が中学時代に着ていたジャージーなハーフパンツと、靖成がたまに実家に寄るときに着るロゴ入りTシャツである。


  ここで、想像して頂きたい。

  自分のTシャツ(大きめ)を着る湯上がり女子を。そして普段は見ることのできない生足を。


  ダイニングの椅子に座り、ビールを飲んでいた靖成は賀奈枝を見て、うん、と言った。

「お母さん、なにこれ?嫌がらせ?」

「あれ?やっくんの服貸したらダメだった?」

「ダメとは言ってない、けど」

  けどー、と靖成は神妙な顔をする。そして、俺も風呂、とそそくさとその場から去る。

「…何かいけなかったんでしょうか…?」

「一緒に入りたかったのかもねえ」

  なんていうことを言うんだ。

  賀奈枝は気を取り直し、まずはLINEを見る。

  親指を立てウインクしてるキャラクターのスタンプ by母。

 なんておおらかな反応なんだ。

「おうちの方、なんて?大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。えー、と。宜しくお願いします、と…」

  まさかグッジョブと言ってましたとは言えないが、賀奈枝の親も、年頃の娘には早く幸せになって欲しいのだ。たとえ相手が陰陽師ってやつでも、と思い出して賀奈枝は聡子に聞く。

「そういえばユキちゃんという方は、どこにいるんですか?」

  賀奈枝には見えないらしいが、一応聞いてみる。

「ユキちゃん?充電中。ほらそこ」

  聡子が指すあたり、部屋の角の天井付近を見ると、いわゆる神棚がある。ああそういえば神様だっけと賀奈枝が思っていると、それより、と聡子が何やら大量のアルバムをうきうきと運んできた。



「見て見て、これこれ」

 床にずらりと広げられたアルバムには、昭和感満載の写真。

「スケキヨ家の一族ですか?」

 広い座敷にずらっと並ぶ、紋付き袴と黒留め袖、たまに振り袖もいる和服オンリーな座敷での結婚式は、昔賀奈枝の父親がテレビ放送で見ていたシーンにそっくりだ。

「ぽいよね~、あ、これ私。と、お父さん。靖成そっくりでしょ、地味で。ユキちゃんは可愛いんだけど、残念ながら写真には写らないのよねえ」

「それは、写っていたらダメなんじゃないでしょうか…」

 賀奈枝は気を取り直してアルバムを見た。いわゆる新郎が靖成の父なのである。確かに平凡だ。すると隣にいる新婦は聡子らしい。

「…お母さん可愛いですね」

 嘘ではない。そして、賀奈枝は聡子を「お母さん」と試しに呼んでみた。

「でしょ~、まだ25とかだもんねえ」

 部分的にスルーされ、そのままペラペラとページをめくり説明をする聡子に相槌を打ちながら、賀奈枝は頭の中で相関図を整理する。

「うちのお父さん、あ、靖成の父ね。定年間際なのに出張ばかりでねえ~。今はアメリカに行ってるのよねえ」

「アメリカ?」陰陽師は英語圏にもいるのか?(そして質問の回答は聡子からは得られず)。

「…この人は」

「おじいちゃん。篠目方の祖父ね。で、隣がおばあちゃん。おばあちゃんは東京の人で、狐か何かにとりつかれてたのをおじいちゃんが祓ってあげたのが馴れ初めなんだって」

「この人は」

「それは、佐々木さんの旦那さん。この人も陰陽師でね。分家筋から婿に入ったの。普段は高校で数学の先生してるわ」

 情報が多すぎる。


 そこに、靖成が風呂から上がってきた。こちらもなんの変哲もないTシャツにハーフパンツ。賀奈枝は素早く全身を見た。わかってはいたけど、細い。ひょろい。

「でね、はい、靖成誕生」

 すっごいタイミング良く聡子がアルバムをめくり、靖成が生まれたページに突入する。生まれた、イコール全裸の靖成。

「…可愛いですね」

 とりあえず賀奈枝はそう言うしかない。

「でしょ~、それがこんな大きくなるんだからねえ~」

 からからと、明るく笑う母聡子を見て、そこで靖成はやっと、聡子と賀奈枝が観賞しているものに気づいたらしい。おぅっ…と変な声を出している。

「お母さん…セクハラ」

「いいじゃないの可愛くて」

「そう言いながら部分的に指差すのは止めてくれ」

 とはいいつつも、和やかな雰囲気でアルバム観賞会は進んでいく。気づけば、靖成が出してくれた缶ビールで乾杯となり、二次会タク飲みのようになっていた。


「なんか、良いですねえ…」

 賀奈枝のオーラが、ほわほわになる。

「良いでしょ、早く結婚しちゃったほうがいいわよ~。焦ってもダメだけど、延ばすのもムダじゃないの。ファミリー用社宅もあるんだし」

「社宅?」

「佐々木さんが管理してるのよね。一棟借り上げで」

 はあ、と賀奈枝は呟く。京都の家その他諸々を見ているので、納得といえば納得である。

「お母さん、勝手に話進めないで」

 靖成はちょっと不機嫌そうな様子で聡子に言うが、聡子はさくさくと話を進めた。

「良いじゃないの?賀奈枝さんも靖成のこと気にいってくれてるんでしょ?ねえ」

「えっ…」

 賀奈枝は急に話を振られて驚いた。確かに靖成のことは嫌いじゃない、けれども、本当に恋愛感情だったのか一度考え直したいと思っても、いた。

 迷いながらも賀奈枝が返事をする前に、靖成が言う。

「橋口さんとは、そんなんじゃないんだからさ」

 珍しく強い口調だ。

 え?

 確かにそんなんじゃないけど?と思いながら、賀奈枝は黙るしかない。しかし即答。そして断言。

 あら、と聡子は気にも止めないが、賀奈枝は思わず泣いてしまった。靖成は予想外のことにぎょっとする。

「あらー」

 よしよし、と聡子は賀奈枝をなぐさめるが、靖成はあわてふためくだけだ。

「え?なに?なに?」

「やっくん、ダメよ女の子泣かしちゃ。佐々木さんに言っちゃうよ?」

「…やめて…それだけは」

 靖成は、あ、とか、うん、とか言い、かろうじて賀奈枝に謝る。なんで謝らなければならないかわからないが、とにかく、ごめんなさいと。

「いえ」

 賀奈枝は涙を拭いた。

「なんか、こう…。事実でも男性にはっきり言われるとショックですね」

 そして手を伸ばす。靖成の手元の、缶ビールに。

「あっ、やべ…」

 湯気のようにほわほわしていた賀奈枝のオーラが、ビールの泡のようにもやっとしていく。しかし缶ビールがぐびぐびと飲み干されると同時に怪しいオーラは消え、賀奈枝はそのまま靖成の胸元に倒れ込んだ。

 靖成の鼻腔をくすぐるのは、今度こそ風呂上がりの匂いである。加えて、着ているのは靖成のTシャツ(大きめ)。

「お母さん、助けて下さい」

 うかつに触るわけにはいかない。だが母のアドバイスは的確だ。

「そのまま布団に寝かせたらいいんじゃないの?やっくんがいつも使ってる部屋に並べて敷いておいたから」

 しれっと言う母聡子、もうじき還暦。

「…ユキちゃん、助けて」

 靖成は神棚に向かって懇願したが、ユキは今、表にいない。そして「ユキちゃんも同じこと言うわよ」と言われてしまった、靖成35歳独身であった。




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