第3話 その1
京都から帰ってきた次の週、靖成と賀奈枝は一緒に食事をしていた。
金曜日の夜、シティホテルの別館。そこのレストランで1人1万円以上のコース×2名様。
とってもデート感。
そう、やっぱりこれはデートなのだ。
その日の朝を振り返ってみよう。
「靖成、今回こそは、きちんとしていけってば!」
夏の暑い朝、着物をぴっちり着た式神のユキが、呆れながらスーツにブラシをかけてくれた。
「きちんとしてるよー。第一、会社帰りだしさ、どうせヨレるし、いつもの店だし」
ずずーっと、昭和なアパートで朝食の味噌汁をすする篠目靖成35歳、独身サラリーマン。たまに陰陽師やってます(というと、「そっちが本業!」とユキは怒るんだけど)。
「現地待ち合わせか?遅れんなよ」
あー、と靖成は渋い顔をする。
「ちょっとね、ユキちゃん。俺がそんな時間外まで頑張ってお仕事するように見える?」
「見えない」
「当たり。さすがだねえ」
ごちそうさま、と靖成は手を合わせ、皿を持って立ち上がる。
「それそれ。夏はそこそこトラブルが増えるけどさ、まあユキちゃんがいれば大丈夫でしょ」
簡単に皿を洗って、のんびりしたようすで靖成は仕度を始めた。しかし、ユキはしれっと意外なことを言う。
「いないよ」
ユキは靖成にワイシャツを渡しながら素知らぬ顔をしている。靖成は、え?と眉間に皺を寄せた。平凡な顔の平凡な目鼻立ちだが、ぱっちり二重のユキとは違い、しゅっとした細めの目(糸目ではない)をさらに細めた靖成は目付きが悪くなる。
「靖成って意外と悪人顔な」
「ユキちゃんはアイドル顔だよね」
しみじみとひねりのない返しをしてしまった。いや、そうじゃなくて。
「またまた~。もし遅れそうになったら、ユキちゃんが伝達してくれたりどこでも巻物で送ってくれるでしょ?宜しくね」
よいせ、とズボンを履いて靖成は呑気に言うが、ユキは部屋に放置されたエロ本を回収して押し入れ奥深くにしまっている。
「俺は今日、さっちゃんとこで充電する日だから。明日帰ってくるから1人で頑張れ」
にやっとユキは笑って親指を立てる。
「布団は、干しておく。シーツも洗っておく」
「いや、それは別に…今日はただのお詫び接待だし。そもそも俺は紳士ですから」
靖成は、ぴしっと手のひらを上げて格好つけてみる。確かに賀奈枝は可愛い。けどねえ、それはちょっとねえー(棒読み)と平静を装うが、ユキは容赦ない。
「なんだよ、この機会に素人童貞から卒業しろよ」
あー。ああー。ああああー?
「ユキちゃん?それ。なにそれ?」
「だろ?」
「いや、えーと。違う。うん、違う」
靖成の棒読みな返事に、ユキは驚いた顔をして詰め寄ってきた。
「違うのか?え?なに?いつの子?前の会社で?俺がいないとき?」
ということは、ピンクな店にいるときは、やっぱりいるのか。靖成はいたたまれなくなり、しゃがむ。
「…やっぱり今日やすむ」
嫌いな給食メニューが出たときの小学生のようだ。膝をかかえて嘘泣きをするシーンは教育的なテレビでよく見たが、実際それで見逃して貰えたためしは無い。諦めて靖成は顔を上げる。
「…一つだけ言わせてもらうと、俺はそこそこきちんとした店をチョイスしてるからな」
ユキにはわからないが、靖成的に、これは言わないといけない義務感にかられたらしい。
「いや…プロに任せするのが悪いってんじゃなくて…」と、見た目15歳・アイドル顔の式神にフォローされる35歳独身陰陽師、素人童貞。(かもしれない)。遅刻寸前。
そして靖成はあからさまに動揺したまま出勤した。
案の定、うきうきした賀奈枝を直視できず、結局早々に外回りに出て、夏の日差しと無駄な緊張感により、いつもよりヨレて待ち合わせのレストランに着いたが、遅れなかった自分は褒めてあげたい。
うん(遠い目)。
「…えーと、自分はいつもので。あー、やっぱりちょっと待って」
こういう時、慣れた店というのは余計な緊張をしなくて済むし、なにより楽だ。靖成はドリンクのメニューを賀奈枝に渡す。
「橋口さんは、飲めるんでしたっけ。お好きなものをどうぞ」
「…はあ」
賀奈枝は、出勤したときと同じ、薄いピンク色のブラウスとグレーのフレアスカート、7センチある茶のパンプスだが、緩くて長い髪は朝よりつやつやして、ついでに口紅もつやつやが増している。もしコンビニの外で会ったらチキンでも食べたかな?と思う位つやつやしている。
「…いつも来てるんですか?ここに…」
とりあえず渡されたドリンクメニューを眺める。ワイン1本いちまんえんなり。
「この駅に来るときはいつもここですが、頻度としてはたまにです。2ヶ月に1回くらいですかね」
はあ…と、賀奈枝は靖成をちらっと見た。
「ボトルで頼んで、2人で飲みましょうか。足りなかったら追加で」
はあはあ…と、ひたすら相槌をうつ賀奈枝をよそに、靖成は慣れた様子でてきぱきと注文する。すぐに食前酒と、料理も運ばれてきた。
賀奈枝も28なので、デートや記念日で、そこそこなレストランに男性と行ったことも多々ある。しかしぶっちゃけ、財布の中身を気にして会話に身が入らないのなら、そんな店選ぶなとも思ってきた。
それに比べて、今日の靖成には意外すぎるほど余裕を感じられる。
「やっぱり優良物件…」
思わず口をついて出た賀奈枝の言葉に、靖成が顔をあげた。
「あ、いえ、こちらの話です…」
慌てて誤魔化そうとした賀奈枝だが、靖成は感心したように、よくわかりましたね、と言う。
「え?」自分が?優良物件てこと?ちょっとそれはナルだよねえーと賀奈枝は一瞬冷めたが、違うらしい。
「このホテル、40年位前に建ったんですよ。元々財閥の土地だったらしく、ヤバい噂もまあまああったので建設反対の声も多かったらしいんです。それが今ではランドマークのようですからねえ」
靖成は頻繁にこういうところで食事をするからか、思ったよりカトラリー使いも綺麗だ。
「詳しいですね…」
賀奈枝は思わず見とれてしまう。もさっとしてる35歳男子も、見ようによっては落ち着きがあると表現できなくは、ない。表現だけ。
やっぱり優良物件だろうか?
「うちで仕事したんで」
うん?
「建設会社も兼業なんですか?」
「違います」
靖成はぴしゃりと言う。
「正確に言うと、自分の祖父と父が、ここを買収した建設会社に頼まれたんですよ。お祓いを」
ああー、と賀奈枝はやっとわかったらしく相槌をうつ。
「空き地で神主さんが、白い旗をばさばさ振るやつですね」
「そんな感じです。まあ、それからこちらはいわゆる大口顧客さんになりまして」
ウェイターが、すすっと現れワインを注いで去っていった。
陰陽師を賀奈枝が理解しているかはわからないが、とにかくこういった高い店によく来る理由は理解したようだ。
「関係者みたいなもんですかねえ。直前の予約でも席をあけてもらえるのは助かります」
まあデートでは来ないけど、というのは言わないでおいた。しかし賀奈枝はちょっと微妙な顔をしている。
「社割ですか?」
「え?」
聞き取れなかったのか、間抜けな顔の靖成に対して「いえ、なんでも」と、賀奈枝は何でもなくは無い顔だ。
「口に合わない…?」
「そんなことはないです!!美味しすぎます!」
賀奈枝はそこは全力で否定する。美味しい。よくわからない食材も多いが、これで美味しくないと言ったらバチが当たる。
「橋口さんて、基本的には前向きですよね」
「何がですか?」
もぐもぐ、と健康的によく食べる。そしてよく飲む。
「ワイン、美味しいですね」
「橋口さんてお酒強いんですか?」
靖成もぐいぐい飲んでいる。しかし、良い酒ほど飲み過ぎる、というのはよく聞く話だ。
正味3時間ほど、ひとまず会食は和やかに終わり、賀奈枝は食事も酒も満足したようで靖成も安心する。会計の時に佐々木さんの名前を出すと、係の人に深々とお辞儀されてしまった。
靖成も、もう35歳になっていちいち女性と食事したことを報告する必要はないが、佐々木さんは先日の京都の一件を気にしていたので、行きつけのレストランを使って賀奈枝にお詫びをしたなら納得してもらえるだろう。
さて、と、賀奈枝を促してホテルのロビーに行き、タクシーを手配して乗り込む。
「お客さん、まさか酔わせて悪いことするわけじゃないよね?」
乗って早々に、タクシーの運転手が疑わしそうな目で見てくる。普段は人畜無害そうな顔の靖成だが、陰陽師らしくなったのだろうか。いや、違うな。
「え。あれ?橋口さん?」
靖成も運転手の言う意味をすぐ理解した。
あ、やべっ。
靖成は、自分の肩に安心したようにもたれかかってる賀奈枝を見てとりあえず呟いたが、そのあとが浮かばない。
「運転手さん、どうしましょう?」
「彼女じゃないのか」
「同僚です。家を知らなくて…」
ふーん、とタクシーの運転手はにやっと笑った。
「でも惚れられてるだろ?長く客商売してるとわかるんだよなあ…」
「はあ…」
まあまあ当たっている(少なくとも少し前まで)が、賀奈枝の安心しきった寝顔は、陰陽師・靖成のハンドパワーで空気が綺麗になり寝心地がいいためである。
「お兄さんは、一人暮らし?」
運転手はかなり気安い性格のようだ。
「はあ」
「やばいね」
「です」
そこで靖成は、あ、と思った。
運転手に行き先を告げて、ひとまずはホッとする。賀奈枝は、ただ酔って寝ただけで、気持ちが悪いなどはなさそうだ。靖成の肩に、賀奈枝の額がくっついた。いい匂いがする。石鹸…ではない。普通に、女の子の匂いだ。
「運転手さん、やばいですねこれは」
「やばいね。お兄さんあんま女に慣れてないでしょ」
わっはっは、と運転手は豪快に笑い、靖成は黙秘を貫いてる間にとあるマンションの前に着く。支払いを済ませたところでガヤガヤと声がした。
「靖成!なんでここに連れてきてんだよ?せっかくアパートに布団敷いといたのに」
頭上からする声の主は、ユキだ。
しかし、そういうことはあまり大声で言わないでほしい。
どこから動向を知られていたかわからないが、あらら、とマンションのエントランスから出てきたのは、靖成の母聡子であった。




