第2話 その6(第2話終わり)
賀奈枝は、佐々木家の広い和室の、ふかふかの布団に寝かせられていた。風が通るように障子は開けられている。
いや、しかし。
彼女でもない女性の寝顔を勝手に見て良いのか…と靖成は廊下に正座して待つことにした。
仰向けに丁寧に寝かせられた賀奈枝の首を、遠目に見る。絞められたあとが、まだ赤い。
「…靖成、大丈夫だからさ。気にすんなよ」
「でもねえ…」
ユキはフォローしてるが、自分の判断ミスが招いた結果でもある。力なく呟いた靖成の声が聞こえたのか、賀奈枝が目を開けた。
「篠目さん?」
おっ、と靖成は身を乗り出す。無防備な賀奈枝が思った以上に可愛い。いや、違う。
「えーと。苦しくないですか?首とか…」
「え?あ…大丈夫です、多分」
靖成は心の底からホッとした。賀奈枝は体を起こし、室内を見回して状況を確認する。
「…大きい家ですよねえ」
「そうですね、佐々木さんですから」
なにが、ですから、なのかわからないが、とにかく佐々木さんが由緒ある神社の人なのは賀奈枝にもわかった。そして靖成が京都で何をしているかも。
「篠目さん、陰陽師ってやつなんですね」
ぶほっ、と靖成は吹き出す。しかし、すぐに話の出どころが風悟だと気付き、仕方ないと諦めた顔をした。
「…まあ、そういうやつです。橋口さんは、何か見えましたか?」
「いえ、特に…急に曇ってきたのはびっくりしましたけど」
賀奈枝には悪霊も式神も見えないのだ。
「以前聞いたユキちゃんて人も、そういう関係の人なんですか?」
うーん、人ではない。人ではないが、と、靖成はちらっとユキを見る。ユキは二人の会話を興味津々で聞いているようだ。参ったなあ。靖成は目を瞑り、顔を天井に向けた。そうしていた時間はわずかだが、また目を開け、賀奈枝に向き直る。
「橋口さん、お願いがあります。何も聞かずに、俺の言うことを信じて下さい」
「はい?」
賀奈枝は、靖成が突然話し出した内容が掴めず困惑した表情になったが、少し考え頷いた。靖成はそれを見て、ホッとしたように口元を緩める。
「ユキちゃんは、俺に仕える式神というやつなんです。俺と、俺の親以外は見えません。でも、皆いるとわかっているし、信じている。橋口さんにも、信じてもらいたい」
突拍子もない話を賀奈枝が信じるか、そもそも護符を見たらキョンシーを真っ先に連想する彼女が式神を知っているのかは知らないが、とにかく靖成は話をした。しかし賀奈枝は黙っている。
え、ちょっとなんかリアクションしない?と靖成が不安に思っていると、ようやく賀奈枝が口を開いた。
「ええと、つまりユキちゃんは、お化けですか?」
「違います。神様みたいなもんです」
靖成はぴしゃりと言った。
じゃあ、と賀奈枝はちょっと微妙な、切なそうな顔をした。
「じゃあ、私が篠目さんの近くにいて落ち着くのって、神様が守ってくれるからですかね」
あれ?
なんだ?なんの話?
「居心地いいなっていうのも、それでなのかな…私の勘違いなのかな」
なんだかよくわからないが、恋愛ドラマのセリフみたいにベタなことを言いながら俯くOL。好きな人が危険から守ってくれたのに、そもそも好きって勘違い?とかベタなサブタイトルを靖成は思い浮かべた。いや違う。
「靖成は、小さな悪霊なら結構無意識に祓ってるからなあ」
「そうなの?!」
ユキの言葉に靖成は自分で驚いた。35年生きていて驚愕の事実である。つまり、怖がりな賀奈枝に寄ってくる小さな悪霊も知らず知らずクリアーにしていたというわけか。
「そう…かもです。勘違いで、観光までお願いしちゃってすみません…」
話が飛んだが繋がってしまった。
「いや、あの、そうではなく」
「ユキちゃんのことは、信じます。でも、篠目さんにとっては、なんだか居心地良いからってまとわりついてて鬱陶しかったですよね、すみません…」
えーと、あの。そもそも陰陽師に関しての突っ込みはないのか、と心の中で突っ込んでしまった。
「靖成、俺はカナエちゃんのオーラがまとわりついてる靖成は居心地いいぞ?」
「俺も悪いとは言ってない、けど!」
けど?と賀奈枝が聞き返した。
ああもう、と靖成は頭を掻く。
「…とにかく」
なんとなく居ずまいを正して、靖成は賀奈枝に言った。
「東京に行ったら、食事をご馳走させて下さい。今日危険な目に遭わせてしまったお詫びと」
そこでちらっと、靖成はユキを見る。ユキは「ん?」と見返してきたが、靖成はすぐに賀奈枝に視線を戻した。
「ユキちゃんのことを信じてくれた、お礼です」
ありがとうございます、と靖成は頭を下げる。頭上からユキの照れたような笑い声と、賀奈枝のどういたしまして、という優しい声が、不思議と心地よく、重なって聞こえた。
第2話 終わり




