3.古本屋さんで
ふらっと入ったそこは、古本屋さんでした。
アンティークな雰囲気漂う本棚が所狭しと立ち並び、天井までびっしりと本が詰まっている。ただ棚に仕舞われているだけではなく、インテリアの一部のように色とりどりの背表紙が品良く並ぶ様は、まるで宝石を並べたショーケースのようで。キラキラと輝く本達に一瞬で目を奪われた。
ああ、私に巨万の富があったなら、ここにある本全てを買い漁るというのに……。
現実の私は安月給で毎月赤字の貯金ゼロ。とてもじゃないけれど古本を買いまくる余裕など毛頭ございません。
見果てぬ夢がまた現実に押し潰され、自然とため息を一つ零せば、店の奥から紙の擦れる音がした。
あれはきっとページを捲った音。
店主かな?
そっと店の奥を覗くと、カウンターに白い髪の長い人が座っていた。俯き気味で本を読んでいるようで、よく顔は見えない。
白髪が長いから、お婆さん?
店主らしきお婆さんらしき人物は、そのお顔よりも大きな本を持って熱心に何やら読んでいるようだった。
邪魔をしては悪いので、私はお店の中の散策に戻る。
見渡したお店の一角、細やかな彫刻で飾られた長テーブルの上に、様々な大きさの本が飾られていた。
テーブルの中央には、『エジプト関連本』の文字。
エジプト展って、このことかな?
私は吸い寄せられるように長テーブルまで歩み寄り、手前に置かれた一冊の本を手に取った。
『古代エジプト神辞典』
と、緋色の表紙に金色の文字で箔押しされた本。文庫本よりは大きく、ガイドブックと同じくらい縦長のそれは、手に持つと見た目よりも軽く、けれど丈夫そうな紙質で。
私はパラパラと中身を流し読みした。
主だった古代エジプトの神様のイラストと、遺跡の写真。それから神様の説明が載っている。
ふーん、と生半可に理解したつもりで眺めていた私の手は、とあるページで本を捲るのを止めた。
【アヌビス神】
そう書かれたページを、私は食い入るように見つめた。
懐かしい……ずっと昔、幼い私は本気でアヌビス神と結婚しようと思ってたっけ。
いつか王子様が白馬で……じゃなく、いつかアヌビス神が空飛ぶ絨毯で……と、本気で夢見ていた。
遥か昔の自分よ、別のおとぎ話と古代エジプト神話をごちゃ混ぜにするな。そして現実を早く見ろ。犬頭の人間なんて存在しないぞ。100歩譲って、犬顔の男にするんだ。あるいは性格が犬っぽい人を探すんだ。そして付き合って結婚して犬を飼えばいい。それで我慢をするんだ。未来の私との約束だぞ。
などと今更思ったところで後の祭り。この歳まで本気でアヌビス神が迎えに来てくれるのを待っていたわけじゃないけれど、男の人に興味を持てずに今日まで来てしまった。
それもこれも、全てアヌビス神が魅力的すぎるのがいけないんだー! そうだ! 私は悪くない!
…………やめよう、悲しくなってくる……。
パラパラと続きのページを捲り終わり、本を閉じようとしたその時、私の視界の端でキラッと何かが光った。
不思議に思って裏表紙を開いて裏面を見下ろせば、銀の文字で何やら描かれていた。
『永遠の流れの果ての地へ、我は流浪の者なり』
なにこれ? 落書き?
達筆すぎて読みにくいそれは、本の説明文とは書体がまったく異なるもので。けれど指で擦っても全然取れそうにない。
古本だから、元の持ち主が書いたものかな? よくあるよくある。
と思い、銀の文字を指先でなぞってから本を閉じた。
するとどうだろう、気付けば私は異世界にいたのです。
どういうことなの!?