2.奇跡の定時上がり
その日は珍しく定時で仕事を終えて帰る事ができた日だった。
毎日毎日仕事場と家との往復。
残業して、家でも仕事をして、朝早くに出勤して、また残業。
自分の仕事のできなさに泣いて、泣いても朝は変わらずやって来て、また仕事に次ぐ仕事。
そんな日々を過ごしていたら、あっという間に三十路は過ぎて。
気づけば、空虚な日々をただ過ごすだけの人間になっていた。
日々の楽しみもなく、休日は寝るだけ。
友人とはもう何年も連絡を取っていない。
実家にも帰れず、家族と最後に顔を合わせたのはいつだったか。
私……何のために生きてるんだろう……?
そんな疑問すら、日々の慌ただしさの中に消えていき。
私は今日も変わらず仕事をしていた。
けれど神様というものは私という小さき一個人を見放していなかったのか、今日は奇跡的に数年ぶりに定時で仕事が終わった。
まだ日が落ちていない内に会社を出れる幸せ。
久しぶり太陽! 私はここだよ!
お肌に悪い紫外線が降り注ぐのすら、心地よかった。
……え? 病んでるんじゃないかって?
知らないんですか、病んでる人間は自分で病んでるという自覚なんて無いんですよ。
だから私は病んでません。病んでませんったら、病んでません!
……え? ブラック会社の社畜?
さ、さぁ〜なんのことでしょう〜…?
認めたら負けの精神で、全力で現実逃避します!
話は戻って、私、小々波かえでは、久方振りの定時上がりに有頂天になっていた。
そりゃあもう、大はしゃぎの大ハッピー。生きててよかった……、とすら心から思ったほど。
だから自分へのご褒美に、ちょっと寄り道をして帰ることにした。普段は朝は早く夜は遅く通る最寄駅まで最短距離の道を、わざと脇道に入って遠回り。
これ、ずぅ〜〜〜〜っとやりたかったんですよ。密かに憧れだったんです。仕事帰りにオシャレなカフェでリッチなコーヒーや甘いスイーツを食べたり、オシャレなセレクトショップで今時の服を買ってみたり、オシャレなインテリアショップで個性的な小物を買ってみたり……。
……そうです、オシャレな店に寄って帰るのが長年の憧れだったんです!
私は見知った道から逸れた脇道に入り、小道を通っていくつかの階段を下ったり昇ったりし、日が暮れるまでウロウロし尽くした。これこそ究極の贅沢。ぶらぶら散策万歳!
そしてとある小道に出た時、とある看板が目に付いた。
『エジプト展 開催中』
と、ブラックボードに白のチョークで書かれた文字が私の目に飛び込んできた。
エジプト……それは私の幼き日の夢を彷彿させる言葉。
気付いたら、ふらりと店のドアを開けていました。