婚約破棄の理由【温度】
北と南に細長い、この国は東の端から西の端に行くのには馬車で半日もあれば着ける。
しかし北の端から南の端に行くのには馬車で寝ずにずっと走っても半年かかる。
そんなことはできないから休み休み進めば何年かかるか分からない。
一年で縦断できれば早い方だ。
そこまで縦に長い国だと北と南では極端に気候が違う。
「暑い」
「仕方ありませんのよ。南にある我が領では年中、このような感じですわ」
暑さから服は最低限で男性も女性も目のやり場に困るくらいに露出が多い。
だが、それが普通となれば誰も気にしない。
「くそっ、みなが裸のような服を着ているから婚約したのに、こんなに暑いと外に出られないじゃないか」
「婚約した理由が不純ですけど、間違ってはいませんわよ。ほら窓の外には、ユーグ様の言葉を借りるなら露出狂の女性たちがたくさんいますわよ」
「見るしかできないじゃないか。くそっ中央の女なら声をかければすぐに誘いに乗るに」
「中央の女性がどのようなものか知りませんけど、そんなに軽いとは思いませんよ」
最低なコメントをしながらユーグは露出狂とも言える服を着て、うちわで扇いでいた。
最初は扇がせるものだと思っていたが、それをするのは子どもだけだというので諦めて腕をだるくしながら扇いでいた。
「しかもお前の婚約者だと分かれば最初は誘いに乗ってもすぐに断られる」
「婚約者がいるのに他の女性と遊ぶのは不貞ですからね」
「中央ならそんな馬鹿なことを言う者はいない」
「中央がどんなところか知りませんけど、不貞は変わらないと思いますよ」
遊ぶとなると海で泳ぐくらいだが、泳げないユーグには意味が無かった。
ユーグの言う遊びとなるとどこも門前払いだ。
独身男性しか入れない決まりらしい。
「しかも入れないし」
「昔、既婚男性が娼館の女性全員を孕ませたことがあるらしく、それから独身男性だけになったそうですわ」
「誰だよ、そんなことをしたのは」
「わたくしの父ですわ。わたくしはそのときの子どもの一人ですの」
「えっ?まじ?」
「冗談ですわ」
からかわれたのだとユーグは冷たい水を一気に飲んだ。
「まぁ中央のやんごとなき身分の男性でひと夏の経験だったらしいですわ」
「まじ?」
「本当ですわ」
その男性はのちに男の子を八人、女の子を十五人の子沢山となり好色王と揶揄された。
「そんなに暑いのがお嫌なら北の領地のどなたかに婚約を申し込めばよろしいのに」
「申し込んだが、すでに婚約者がいるとかで断られた。俺は伯爵家だぞ」
「申し込んだ相手の爵位は?」
「侯爵家だ。だが歴史の浅い成り上がりの家だぞ」
言っていることは最低で、それを受け入れる令嬢もまた侯爵家だった。
なぜ受け入れたかと言うと相手が伯爵家なら婿入りさせても実権を握らせずに済むからだ。
「歴史の浅い侯爵家なら歴史の深い伯爵家よりも歴史の深い侯爵家を選びますわ。歴史が浅くとも侯爵家ですもの。伯爵家を選ぶ道理はございません」
「だから父上には税収の良かった年に多めに上納して爵位を上げてもらうようにと進言したのに」
「そういうところは真面なのですよね」
女性関係、性関係がだらしないだけで領地運営に関する先見の明は優れていた。
投資にも強く当たるものを見抜く直感は得難いものがあった。
「それでどうします?」
「どうとは?」
「婚約についてですよ。北の領地に限らず他の女性のところが良ければいつでも応じますよ」
「そうだな。考えておく」
この国は縦に長い。
手紙を送っても端から端に届いたころには終わっていることも多い。
今から婚約の話をしても手紙が届いたころには別の人と結婚していたということもざらにある。
「考えている暇はないと思いますわよ。了承の返事が来る頃には年を二回ほど越してますから」
「そうだな。では手紙だけ送ってみよう」
「そうした方が賢明ですわね」
北の領地の令嬢に手紙を出して年を三回越してようやく返事が来た。
相手は公爵家で婿入りは是非とも受けたいということだった。
「良かったですわね。ユーグ様」
「あぁ今までありがとう」
「かの領地に行くまでの旅費はわたくしどもで出しますので、ご実家からの支度金は行く先々での独身生活最後の楽しみにお使いください」
「あぁありがとう」
「何だかんだと楽しかったですわ」
「そうか?僕は楽しみがない禁欲生活に嫌気が差していた。これで清々する」
ユーグは北の領地に着くまでに年を三回越して宿を取った町では思い切り楽しんだ。
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後日談
「ようこそ、我が北の端の領地へ」
「ここは過ごしやすいな」
「そうでございますか?」
「あぁ僕のいた南の領地では暑すぎて家の外へ出られない」
「まぁ!暑いということはございませんから安心してください」
南の領地では風を少しでも入れるために窓がたくさんあった。
反対に北の領地では冷たい空気を入れないために窓がほとんどない。
「今の時期は過ごしやすいんですよ。あと二週間もすれば外に出られませんから」
「うん?出られない?」
「はい。ドアが凍って出られないんですの」
暑さから逃れるために北の領地を選んだのに今度は寒さで出られないとなった。
「でも安心してください。地下道で買い物はできますから」
「そうか」
「でも、そのせいか顔見知りが多くて不倫をすればすぐに分かってしまうのですよ」
ユーグの女癖の悪さを知っているわけではないが釘を差すことに成功した。