婚約破棄の理由【毒殺】
この設定を使って登場人物などを変えて長編にする予定があります
毒は用法用量を守れば薬にもなる。
「くっ、今度は何を飲ませた?」
「神経毒を少々、ご安心くださいませ。致死量を二十倍薄めておりますので死ぬことはありませんわ」
「なっ!なんてひどいことを!さぁ殿下お水をお飲みください」
「そんなことをしなくても二時間もすれば抜けるのに」
王宮の庭で開かれたお茶会で第二王子は一人の少女に毒を飲まされた。
普通なら暗殺を疑われて投獄されるが、少女に限っては罪にすら問われない。
離れたところで見守る護衛騎士たちも一歩も動いていない。
騒いでいるのは第二王子と介抱している少女だけだ。
「貴女!ヒップス殿下を殺す気!?」
「殺す気はないわよ。殺す気があれば殿下は今頃、生きてないもの。そんなことも分からないの?アジーナ」
「本当に殺してたら私が貴女を殺してるわ!ヘルディナ」
彼女たちは第二王子の婚約者候補で国でも数少ない医師の家系だった。
女性医師というものはいないが産まれたときから病弱だったヒップスのために王から二つの家に打診があった。
産まれた子が男子であれ女子であれ医学を学ばせ第二王子の側近とする。
女子の場合は正室とする。
たまたま第二王子と同じ年の女子が二人産まれ、あとはヒップスとの相性を見るということで婚約者候補となった。
「アジーナ、ありがとう。楽になったよ」
「そんな、もったいないお言葉ですわ」
「だから二時間もすれば抜けるのに」
ヒップスはアジーナを好ましく思っており、ヘルディナは完全にお邪魔虫だった。
それでも王命であるためお茶会を欠席することはできず、黙って二人の逢瀬を見るしかない。
ヘルディナは嫉妬に駆られて毒を飲ませているわけでもなく、目的をしっかりと持っていた。
「早く君と結婚したい」
「私もですわ。ヒップス殿下」
「こんなにも愛し合っているのに父上はヘルディナとの婚約を薦めて来る。いっそのこと駆け落ちをしようか」
産まれたときから傅かれる環境のヒップスが平民となって働くなどできない。
アジーナも医学の知識はあっても職に就くことはできない。
せいぜい町医者の手伝いくらいだ。
それでも平民なら裕福な暮らしができるが、貴族水準の二人では貧しいとなり、すぐに根を上げるだろう。
駆け落ちと言っているがヒップスもアジーナも平民の生活を自分たちができないことは分かっているから口だけだ。
悲劇の恋人というシチュエーションに酔っている。
「アジーナ、僕はきっとヘルディナと結婚することになる。だけど心だけは君のものだ」
「えぇ信じているわ」
愛し合う二人を引き裂く悪女であるヘルディナは黙ってお茶のお代わりを飲む。
今は候補だが、来月にはヒップスとヘルディナの婚約発表が決まっている。
この婚約がヒップスのためだけに結ばれたもので、その代償に薬草園を国税で作ってもらうことになっていた。
ヘルディナの家系は自分たちの研究が進むのなら合理的に取捨選択する傾向が強い。
一年中、温度管理ができる薬草園など一生かかっても作ることはできない。
それが手に入るのなら婚約して結婚するくらいは簡単に選ぶ。
「ぐっ」
「ヒップス殿下!?」
「三時間と十五分、個体差はあっても計算通りね」
効き始めのことなる毒を飲ませて時間を計っていた。
冷静に何かを書き留めるヘルディナと必死で介抱するアジーナと苦しむヒップスの三人の様子は毎度お馴染みではあるが王宮の庭には似つかわしくないものだった。
「おかげで良いデータが採れたわ」
「本当にヒップス殿下を何だと思っているの!?この悪魔!」
「それなら貴女が選ばれるようにすれば良かったのよ」
アジーナの家は病を治すことを目的とした家系で薬の調合を主に研究している。
家からは教育されているがアジーナは今一つ身についていなかった。
その点、ヘルディナは毒を盛るという悪癖はあるものの毒だけでなく薬の調合技術はさることながら新しい組み合わせを見つける天才肌だった。
その差が今回の婚約に至った。
「さすがに風邪薬しか調合できないようでは殿下と婚約させる意味がないもの」
「それは・・・」
「別に殿下の寵愛が欲しいわけじゃないから今まで通りしてもらって構わないわよ」
「貴女がいなければ私が婚約者だったわ」
「それはどうかしらね?」
年が近いことと女子だったことで婚約すれば簡単だという大人たちの思惑はあっただろうが、ヘルディナとアジーナに適正がなければ二人の兄弟たちにその座が移っただけだろう。
風邪薬でも調合できるのは凄いことだが、病弱なヒップスに対しては風邪薬だけでは対応ができない。
今も勉強をアジーナは続けているが、勉強を続けているのはヘルディナも同じだ。
その差は埋まらない。
「これ、解毒薬ね。私、明日からお父様と一緒に薬草採取に行くから次会うのは婚約発表の日ね。それまで殿下をよろしく頼むわ」
「そのまま帰って来なくていいわよ」
「そうできたら嬉しいのだけどね。そうできるように一か月頑張ってちょうだい」
殿下が苦しんでいるのには興味を持たずにヘルディナは馬車に乗って帰った。
アジーナも婚約者候補であるから家に帰らないといけないがヒップスの希望もあり、そのまま王宮に泊まることが多い。
ゆくゆくは正室にヘルディナ、側室にアジーナだというのが大多数の見方だ。
「そうか、婚約発表か」
「ヒップス殿下?」
「そうか」
何か意味深な言葉を呟きヒップスは気を失った。
毒を飲まされることもなく穏やかな一か月を過ごしたヒップスは心は穏やかだが、顔色が悪かった。
ずっと付き添うアジーナが体調を整える漢方を処方しても一向に改善しなかった。
「ごほっごほっ」
「大丈夫ですか?陛下に言って延期していただいた方がよろしいのでは?」
「僕は第二王子だからね。そう自分の都合だけは無理だよ。アジーナが心配してくれるだけで僕は元気になるよ」
「私は今日は傍にいられないですけど、何かあったら声をかけてくださいね。責任も大事ですけど、ヒップス殿下の体はもっと大事なんですから」
「ありがとう」
薬草採取から帰って来たヘルディナは仲睦まじい二人を見て溜め息を吐いた。
それは二人の様子に対してではなく、ヒップスの顔色の悪さに心当たりがあったからだ。
「では、またあとでね」
「えぇ」
「終わりまして?」
「フン」
第二王子の婚約発表となれば国主体になる。
さすがにアジーナも立場というものを弁えてはいた。
「あまり体調がよくない。早く終わらしたい」
「はぁ、アジーナによろしく頼むと言ったのに何もしなかったのね」
「どういうことだ?」
「信じるか信じないかは殿下にお任せしますわ。これをお飲みになるかどうかは」
薄い青色の液体の入った瓶を差し出した。
いつも毒を飲まされているから警戒をするが、さすがに婚約発表の日に毒殺というのはないだろう。
それに周りには護衛騎士たちがいる。
もしこれで何かあれば、真っ先に疑われるのはヘルディナだ。
「・・・分かった」
「・・・・・・本当にお飲みになるとは思いませんでしたわ」
「何を飲ませた?」
「さぁ?いろいろ混ぜましたので一概には申せませんわ」
飲んでしまったものは仕方ない。
それに毒を飲ませるときは必ず解毒薬を携帯しているヘルディナのことだと思い、それ以上の追及は止めた。
陛下に呼ばれ壇上に上がる。
「今宵は第二王子ヒップスと上位薬師のヘルディナ嬢との婚約が相成ったことを宣言する」
これで二人の婚約は確実なものになり、ヘルディナの立場は婚約者候補というものから婚約者に確定した。
集まった貴族たちは拍手で迎えた。
「ここでヒップスから皆に感謝を表したい。ヒップス、前へ」
「はい、・・・・・・ぐふっ」
「ヒップス?」
「えっ?」
ヒップスは吐血した。
その症状は何かの毒物を飲んだときに似ていた。
「ヒップス殿下!?貴女!ヘルディナ!こんな日にまで飲ませるなんて!しかも分量を間違えるなんて!一体、何が目的なの!?」
「えっ?いや、私は何も・・・」
「早く解毒薬を出しなさいよ。用意してるんでしょ!?」
「用意も何も、解毒薬なんて」
「ひどい!ヒップス殿下を殺す気!?」
その間にも大量に血を吐き、顔色は真っ青になっていく。
ヘルディナを問い詰めるよりもヒップスを助ける方が先だとしてアジーナは持っていた薬を飲ませた。
次第に、容態は落ち着きヒップスの意識もはっきりした。
誰が見てもヘルディナによる暗殺未遂だ。
「ヘルディナ」
「ヒップス殿下、まだお話しては」
「いや、いいんだ。今言わなければいけない」
ヒップスの言葉を全員が固唾を飲んで見守った。
本当なら集まった貴族はすぐに帰されるはずだったが、その対応が始まる前にヒップスがヘルディナを呼んだ。
このまま事実を知らないまま帰れないと誰も動く気配がなかった。
「ヘルディナ」
「・・・はい」
「君は僕のことが憎かったんだね」
「それは・・・・・・」
「婚約を破棄しよう。さすがに命を狙われて婚姻関係を結ぶのは僕も難しい」
ヘルディナとの婚約を薦めた王もこうなっては庇いきれず、宣言をしたもののヘルディナとの婚約を破棄することを認めた。
続いてヘルディナへの処遇も決められた。
「ヘルディナ嬢」
「はい、陛下」
「今日まで王家に忠誠を持って仕えてくれていたのだと思っていたが見込み違いのようだった。本来なら裁判にて罪状を明らかにするが、今宣言しても変わるまい」
「・・・謹んでお受けいたします」
「国外追放とする」
「陛下、発言を認めていただけますでしょうか」
「最後だ。許可しよう」
「ありがとうございます。私の罪は私のみとし、父や兄、家族には責はないものとしていただきとうございます」
「よかろう。お前の父や兄の功績なくして今の王家はない。今までと変わらぬことを約束しよう」
第二王子への暗殺未遂という罪に対して家族に責を問わないというのは甘すぎる判断だが、彼らの知識を失うことの損失を天秤にかけたときヘルディナ一人に罪を償わせる方が損失は少ない。
それをヘルディナも分かっていて発言した。
「・・・殿下、最後まで申し訳ございません」
「・・・・・・」
「アジーナ様と末永くお幸せに過ごせることを祈っております」
何も弁明することなくヘルディナは家に戻った。
娘が第二王子を暗殺しようとしたことで国外追放だというのは知らされている。
「ヘルディナ」
「お父様、お兄様、私が至らないばかりにご迷惑をおかけし申し訳ありません。すぐにでも私を除籍してくださいませ」
「・・・・・・何も言わないのだな」
「すべては私の未熟さ故のことです」
国外追放となれば自動的に除籍になるが、籍を残したままにする手続きもある。
実施された例はないがヘルディナは自分の家族が籍を残す手続きをするだろうという確信を持てるくらいには分かっていた。
「籍が無くなっても家族であることには変わりない。ほとぼりが冷めたら戻って来なさい」
「そうだぞ。お前が一から作った薬草園はどうする?昨日持ち帰った薬草を植えたばかりだろう」
「薬草の世話はお兄様にお任せしますわ。私は国外追放された身ですもの。死んだものと思ってくださいませ」
「・・・そうか。では今日を命日としよう」
ヘルディナは国境まで馬車で送られると、その足で隣の国に入った。
国外追放となった者にはまともな職などあるわけもなく、野垂れ死にが定石だった。
それでもヘルディナには毒と薬の知識があり調合する技術がある。
森の中でひっそりと薬を作り、売って生計を立てることができた。
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後日談
日を改めて第二王子ヒップスの婚約発表が行われた。
相手はヘルディナが飲ませた毒を解毒したアジーナだった。
「今宵は我が息子ヒップスとその恋人であるアジーナの婚約が相成ったことを宣言する」
祝いのための拍手はあるが命を狙われてからひと月も経たないうちの婚約発表というのに貴族たちは眉を顰めていた。
王の言葉もアジーナが息子の恋人であり、ヘルディナとは政略結婚だったとしっかりと認めているものだった。
「ヒップス、前へ」
「はい、ゴホッゴホッ」
「ヒップス様」
ひと月前よりも顔色が悪く咳も酷くなっている。
ヘルディナがいたころには無かったヒップスの症状の悪化にアジーナでは力不足ではないかという噂が出ていた。
それでも薬の知識のあるアジーナ以外に第二王子に仕えたいという者がいないため仕方なかった。
「ありがとう。・・・皆、集まってくれて感謝する。アジーナと婚約を結べたのは僥倖であると言える。アジーナ、これからも傍にいてくれ」
「はい、ヒップス様」
第二王子の体調の悪化を理由に二人は退席し、発表は過去最短となった。
婚約発表を境にヒップスの体調は悪くなり起き上がれなくなる日も多くなる。
それを必死で看病するアジーナも同じように体調が悪くなっていた。
アジーナの父、ヘンリーも一緒に診るが、緩和させることはできても完治させることはできない。
「・・・・・・ユリメウスに診せるしかないのか」
ヒップスを暗殺しようとしたヘルディナの父であるユリメウスは何も変わらず王家に仕えていた。
それでもヒップスを診せることに躊躇いを持っている。
その息子に対しても同様だ。
「・・・陛下」
「ユリメウスか」
「第二王子ヒップス殿下のご容態についてでございます。私や息子に診せるのに躊躇いがあるのなら隣国の皇帝閣下に相談されてはいかがでしょうか」
「兄上にか?」
「はい、皇帝閣下のご子息の婚約者は凄腕の調剤師だと評判にございます。ご子息の毒殺を防いだ方ならご安心いただけるのではないでしょうか」
「そうだな。連絡だけしてみよう」
手紙を出してから間を置かずに返事がきた。
すぐに息子とその婚約者を向かわせると、ただし婚約者の素性は国益上のことで明かせないから詮索するなという警告付きではあった。
それでも息子を助けられるならと了承する。
「遠路はるばる来てくれて感謝する。リーエン」
「叔父の頼みであり、従弟の一大事なら駆けつけるのは当たり前ですよ。こちらが妻です。便宜上、ヘナとお呼びください」
光も通さないヴェールで顔を隠し、声も一切かけない。
素性を詮索するなと言われ了承している手前、何も問いかけられなかった。
一刻を争うとして挨拶も早々にヒップスが療養している部屋に通された。
会話はリーエンを通しておこなわれヘナという女性の声すら分からない。
「こちらをゆっくりと飲ませてください」
「分かった」
薄い青色の液体が入った瓶が渡され、それを飲むとヒップスの容態は目に見えて改善されていった。
同じようにアジーナにも渡され、顔色の悪さが無くなった。
「本当に感謝する。凄腕の調合師であるのだな。リーエンの妻は」
「・・・当たり前ですよ、叔父上」
「何?」
「彼女は追放されたヘルディナですから」
「何だと!?」
暗殺未遂をしたヘルディナが調合した薬を飲ませたことに王は取り乱し、ヒップスに吐かせようとした。
だが、ヘナの正体を知って王以上に取り乱しているのはヒップスとアジーナだった。
「いっ今更、何をしに来た!復讐かっ!?」
「・・・復讐?」
息子の言葉を反芻した王は、その意味を理解しようと考えた。
そして、ひとつの結論に達した。
「まさか!?」
「えぇ、国王陛下のお考えの通りですわ。あの三月前の暗殺未遂は自作自演になりますわ」
「何と言うことをしたのだ!?」
無言で俯く二人の姿に真実だと悟り、王は近くの椅子に座り込んだ。
ヘルディナの調合した薬を飲んだ二人はいつ苦しむことになるか怯えた。
「あのとき、私は今と同じ解毒薬をお渡ししました。そして殿下は苦しみ吐血した。殿下、ご自分で毒を飲まれましたね」
「ヒップス、それは誠か?」
ヒップスは何も答えなかったが否定しないということは肯定だった。
ヘルディナは続ける。
「殿下が飲まれた毒を解く薬を持っていない私は殿下を暗殺した罪に問われました。そして風邪薬しか調合できないはずのアジーナが解毒した。おかしいではありませんか。殿下が飲まされる毒が分かっていないと解毒薬など作れません。そして飲まされることが分かっているなら事前に飲んでおけば血を吐くなどということはありませんわ」
あのときアジーナは躊躇いもなく一つの薬を差し出した。
これを飲めば楽になると言って。
「わざと血を吐いて貴族たちに私が殿下を暗殺した、いえ、しようとしたと印象付けて婚約破棄をさせ、愛し合うアジーナと障害なく結ばれるためのもの。瀕死の殿下を救った聖女としてアジーナを迎えるために」
「だとしても、貴女を排除する必要はないわ。私とヒップス様は愛し合っていたもの。正室の座は貴女でも側室の座は私だったわ」
「いいえ、アジーナ、分かっていたはずよ。貴女では正室はおろか側室になれないと」
「ヘルディナよ。どういうことだ?」
「陛下はご存知なかったでしょうが、アジーナは確かにヘンリー様の子ではありますが薬師としての教育がされたのは一年前のことです」
「一年前?どうしてだ?お前たちは産まれたときより医学の勉強をさせよと王命を出した。それに逆らっていたというのか?」
「ヘンリー様は産まれたご息女に医学の勉強をさせておりました。ですが殿下とのお茶会が始まる一週間前に病死してしまったのです」
父親からの期待に背くわけにはいかないと病状を隠し、自分で自分を治療しながら医学の勉強をしていた。
だから誰も気づかなかった。
いや気づかないように隠していた。
「お茶会が始まるというのに娘が死んだ。それも病死となれば信用は失墜します。だから娘と同い年で容姿も似ている異母妹を替え玉にしたのです」
「それで知識が浅かったのか」
「はい、それでも一年で風邪薬を調合できるのですから頭はいいのでしょうが時が足らなさ過ぎた。それに本格的に婚約となれば自分が替え玉だと知られてしまう。だから調査されないように自作自演をしたのです」
「だが、どうして自作自演など」
「おそらくは事実を知っている私を亡き者にしたかったのでしょう。それと第二王子の義理の父という立場を欲したヘンリー様と利害が一致した。あの毒はアジーナでは扱えませんので、ヘンリー様がご用意されたものでしょう」
あの婚約発表が自作自演で、それを信頼しているもう一人の薬師が手を貸していたと知り、意気消沈している王はただ項垂れた。
真実を話したがヘルディナはこれを公にするつもりは毛頭ない。
「このことは私は墓場まで持って参ります。公表することはございません。ヘルディナは第二王子を暗殺しようとした。それで構いません」
「何が目的だ?」
「ヒップス!」
「目的は私はヘナとしてリーエン様に嫁ぐことです。そのためにはヘルディナが無実であると知られるのは困るのです」
「このことは兄上はご存じなのか?」
「いいえ、私の素性はリーエン様だけがご存じです。皇帝陛下は私のことを流浪の薬師だと思っております」
「・・・父には私からそのように説明しました。婚約者を暗殺しようとして国外追放された女だと知られれば結婚は反対されますから」
「そうだな。私でも反対だ」
真実はここにいるものだけが知っている。
黙っていればヒップスは愛するアジーナと結婚することができる。
多少、薬の知識が劣っていてもヘンリーがフォローする。
全てを詳らかにするのは誰も得をしない。
「・・・国王陛下、無礼を承知でお願いがございます」
「何だ?言ってみよ」
「殿下とアジーナと私そしてリーエン様だけでお話がしたいのでございます」
「許可しよう。三十分後に戻ろう」
ここからは王も知らない事実だ。
「私が国外追放されてから体調が良くないのではありませんか?」
「・・・お前が何かしたのだろう」
「いいえ、私ではありません。ただ犯人は国王陛下でも咎めることが出来ない方です」
「誰だ?教えろ」
「王妃陛下です。第一王子と年が近く国王陛下からも愛されている殿下を脅威に思われて産まれた時より毒を飲まされていたのです。殿下の病弱はそのためです」
考えもつかない人物の名前が上がった。
第一王子と分け隔てなく接する聖母のような王妃が毒を盛っていたなど信じられなかった。
「嘘だ」
「嘘ではありません。すぐに死ぬことはなく、それでいて体内に確実に蓄積する毒を毎日の食事に混ぜていたのです」
「なら、どうして毒見が気づかない?」
「気づかないでしょうね。かなり毒に詳しくないと気づかない味と臭いですし、一口食べたところで不調などありません。毎日食事を平らげてようやく効き始めるような毒です」
「・・・・・・私の最近の不調はそのせいだと言うのか?」
「はい。王妃陛下は食事係に実家から取り寄せた滋養強壮にいい香辛料だと言い、貴重だから第二王子にだけ使うように、健康な者では反対に体調が悪くなるとでも言えば目的は達成できますわ」
「だが、王妃から言われたとしても医師が調べるだろう」
「そんなことするわけありませんわ。第二の王家と言われる公爵家出身の王妃陛下を疑うことは王家を疑うも同じこと。王妃陛下はご自分の立場をご理解の上で、殿下に毒を盛っていたのですよ。殿下を殺さなかったのは第一王子に何かあったときの代替品にするため。きっと王妃のご実家と繋がりのある令嬢の誰かと結婚させられて子どもができれば暗殺されていたでしょう」
「もういい、私の立ち位置は分かった。だが、なぜ毒に気づいた?」
優しい王妃に疎まれているという事実を知って耳を塞ぎたくなるが、自作自演で陥れたという負い目があるから黙って聞く。
ヒップスからの問いかけにヘルディナは笑みを浮かべた。
「私は毒の専門家ですわ。私に分からない毒はありませんし、解毒できない毒もありません。全ては私の手のひらです」
「なら、あのお茶会も王妃からの指示か?」
「いいえ、殿下の体に蓄積した毒は一度、別の毒に作り替えないと解毒できませんでした。私の未熟さ故に苦しませてしまい申し訳ございません」
「そうか」
「殿下最後にひとつだけ申し上げておきます。第一王子にお子ができましたら用済になりますわよ」
婚約破棄をしなければ命だけは助かったかもしれない。
自分勝手に手放したのはヒップスだ。
今回は助けてくれたが、次はもう助けてはくれない。
あの婚約破棄騒動が自作自演だと知った王は息子の自業自得だと思うだろう。
王妃は優しい笑顔で毒を盛るだろう。
ヘルディナの父は全て知っていて王に皇帝に助けを求めさせたのだろう。
凄腕の調合師が国外追放された娘であることを。
最後に自作自演であったことを王に伝えれば、無実の者を裁判なしに王の判断で国外追放した。
都合のいいときだけ、その知識を頼る。
王が王である間はユリメウスとその息子に頭が上がらない。
そして、リーエンが生きている間はヒップスが同じように頭が上がらない。
一人の少女を貶めて追放した罪はあまりにも大きかった。