婚約破棄の理由【盗作】
話の便宜上、英語やフランス語が登場します
「また絵を描いているのか!」
「しまった」
「今日という今日こそ全て燃やしてやる」
ログウェル男爵家では毎日のように当主が嫡男を叱っていた。
貴族の嗜みの一環で絵を描くことを習わせると、のめり込んでしまい毎日のように絵筆を取るようになった。
男爵家として財政難ではなく、可もなく不可もなくというところだが、嫡男が道楽で絵ばかり描いているのは民に示しがつかない。
その絵がお世辞にも普通であるから売ったところで二束三文にしかならず、男爵家は絵を描いて売らないと生計が立てられないと噂になってしまう。
これが次男三男ならばいずれは婿に出すか平民になるかで、そう足元は見られない。
嫡男であるから頭を抱えることになっていた。
「父上にはこの芸術が理解できないのですか?この美しい青は探してもなかなか無い色ですよ」
「青が美しかろうが、今、お前がやるべきことは当主となるための勉強だ。馬鹿者」
「あぁこの美しさが理解できないほど貧しい心を持っているとは嘆かわしい。ジョンルニ伯爵やファダル侯爵の子として生まれれば良かった」
「確かに私よりは芸術に深くていらっしゃるが絵筆を自分で取ることは認めてくれる御仁ではないぞ」
夫人たちにサロンがあるように当主たちにも集まりがある。
紳士クラブと呼ばれて情報交換が行わている。
領地運営のための場でもあるから身分の差というのは、あまり重視されない。
その代わりに、どの派閥に属しているか。
どの家と縁戚になっているかということが重要視される。
「とにかく創作の邪魔になります。父上と雖も出て行っていただきたい」
「はぁ、財政だけは傾けるようなことはするなよ」
「一応、嫡男ですからね。その点は弁えていますよ。私が絵を描くという高尚なことができるのも民が税を納めてこそ」
絵を描いていても小遣いの範囲で納まっており、当主教育も順調に修めていた。
無駄に優秀な頭脳を持っているため効率よく覚え、学校でも上位の点数を維持していた。
そのせいで廃嫡にするだけの理由がなく、小言を言うに留まってしまっていた。
「どうして、あぁなってしまったのか」
「あなた?」
「あぁユリー」
金髪が多い中、ユリーの髪は黒色で瞳の色も黒色だった。
流暢に話しているが他国から嫁いで来た女性だった。
「シュウはまた絵を描いているのですね」
「あぁ、勉学も同じくらい熱心に修めているので取り上げることもできない」
「まぁまぁきちんと勉強もしているのなら、そう目くじらを立てずとも良いではありませんか」
「しかし、これでは婚約者が決まらない」
「芸術に明るい方を探せば良いのでは?たしか、留学に来られている方々の中に同じように絵を描くのを趣味にしているご令嬢がいらしたようですよ」
「それは誠か?すぐにでも申し込まねば」
女性には女性の繋がりというものがある。
ユリーとしても息子の嫁が決まらないことに心痛めていた。
相手が他国の者であることは重要ではない。
自分の妻も他国の者であり、遊学中に見初めてそのまま連れて帰って妻にした。
親戚一同からはさんざん文句を言われたが、男爵家であったことから渋々承認された。
「ログウェル男爵」
「これは、ファダル侯爵。お招きありがとうございます」
「いやいや、そう畏まるな。旧友と久しぶりに会えたのだから気楽にいこう」
「ありがとうございます」
「息子のシュウに婚約者が決まったようだな。おめでとう」
「これはお耳が早い。先日、正式に取り決めをいたしました」
また他国の者ということで難色を示して親戚が煩かったが相手が伯爵家であり、王宮で飾られている宗教画を描いた画家の末裔ということで手の平を返すように賛同された。
シュウの絵を描くという趣味も公に認められた。
「大作ができたら教えてくれ。未来の巨匠の絵を一枚くらいは持っていたいからな」
「これは恐れ多いことを。ほんの駄作に過ぎませんが息子も侯爵に求められれば喜ぶでしょう」
実際の絵の力量は本職の画家と比較すればお遊びだが、今回は婚約者となった令嬢と同じ趣味を持っているということが重要だから力量はさほど重要ではない。
侯爵以外にも何人か絵を譲って欲しいという申し出はあり、時の人になった。
嫁いでくる令嬢はすでに屋敷におり、ユリーから男爵夫人としての心得を習いながら絵を描いている。
才能としてはシュウよりも上で、本職の画家に負けず劣らずというところだ。
「シュウ様」
「メディ」
「まぁ素敵な白鳥ですわね」
「あぁパルスィ子爵から依頼された絵だ」
「パルスィ子爵の家紋は白鳥ですものね。きっとお喜びになるわ」
画材がメディが持って来たものや買い足したもので多少見られるものになったが遊び感覚は抜けていない。
それでもメディが褒めそやすからシュウは気前よく絵を描いていった。
シュウの背後ではメディはスケッチブックに鉛筆で同じ白鳥の絵を描いていく。
それは生きているようで、今にも飛び立ちそうなくらい躍動感を持っている。
「きれいなひまわり」
「スルシナ伯爵からの依頼だ」
「スルシナ伯爵はひまわりの一大産地ですもの」
順調に男爵夫人としての教育が進むなか、シュウの絵の力量はまったく上がらない。
カンバスに黄色い絵の具が塗られているようにしか見えなかった。
メディのスケッチブックに書かれたひまわりは太陽の光を浴びて元気に咲き誇っていた。
「くそっ」
「シュウ様?」
「メディか、悪いがあっちに行ってくれ」
「どうされましたの?確か今日はパルスィ子爵の依頼の白鳥の絵を渡す日ではありませんでしたか?」
「それは延期した」
「まぁどうして?」
「どう見ても白鳥に見えず、ただ白い絵の具を塗っただけに見えたからな」
白いカンバスに白い絵の具で白鳥を描いていた。
力量のある画家ならそれでも成立させていただろうが、シュウにそこまでの力はなかった。
描けないということでシュウは追い詰められていた。
それを献身的に支えるメディを誰もが同情的に見ていた。
「この絵は」
「素晴らしいだろう」
「この白鳥は私が描いた絵ではありませんか!」
「何を言う。これは私が描いた白鳥だ!白鳥だからと言って白である必要はない」
メディがスケッチブックに描いていた白鳥を模写し、色をつけた。
模写をする能力は高かった。
「オリジナリティーのある作品を描いてください!」
「オリジナリティーとは、ばれない盗作である。私の格言だ。そのスケッチブックは誰も見たことがない。この作品を先に出せば、私のものだ」
メディは絶句し、後ろに倒れてしまう。
体を支えるために手を付いたところには別のカンバスがあり被っていた布が落ちた。
「これは・・・」
「スルシナ伯爵に納める絵だ」
「これも私が描いたひまわりではありませんか!」
「大画家となる私の役に立つのだ。光栄に思え」
このままだとスケッチブックの全ての絵が盗作されると危惧し、メディは一度、里帰りしたいと男爵当主に申し出た。
メディが献身的にシュウを支えてきたことで簡単に許可が下りた。
スケッチブックは敢えてそのままにして帰国した。
シュウにとってはスケッチブックがあればメディは必要無かった。
それからもスケッチブックを元に絵を描き続けた。
絵を依頼したパルスィ子爵とスルシナ伯爵は、絵を絶賛し社交界でシュウの絵を宣伝した。
新しい絵は高値で取り引きされ上位貴族のステータスとなった。
「シュウ画伯の絵を依頼したいと当家の大奥様が申しております」
「四部作の絵を依頼したい」
「孫の誕生日に絵を贈りたい」
そんな依頼がひっきりなしに訪れてシュウは一躍時の人になった。
あれだけ小うるさく絵を描くことに苦言を洩らしていた父親も公爵家とお近づきになれることに喜んでいた。
毎日のように訪れる人の対応で里帰りしたままのメディのことを忘れていた。
スケッチブックの絵を使い回すにも限界がきた頃にメディへ戻るように手紙を書いた。
だが、その返事は素っ気ないもので三行と半分の文面だった。
「何だ!この文章は、ふざけているのか!」
「・・・どうした?シュウ」
「父上、見てください。メディからの手紙です」
「なっ!すぐに迎えに行け。このままだと我が家は破滅だ」
「なぜ、そんなに焦っているのですか?こんな三行半の短い手紙というだけでしょう」
「馬鹿者!これは三行半ではない!三行半だ」
メディから離婚届が送られて来た。
メディはこの国の人間では無いが身分は上の伯爵家だ。
今、シュウが人気の画家であっても変わらない。
「何としてでもメディを連れて帰って来い!」
父親の剣幕に押されて旅立ったはいいがシュウとしては乗り気ではない。
適当に時間を潰して戻るつもりではあった。
その頃には父親の怒りも落ち着いてると踏んで。
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後日談
無事に着いたものの土地勘の無いシュウは、たちまち迷った。
メディの居場所を聞くと皆、顔をしかめる。
有益な情報が得られないまま時だけが過ぎ、ある画廊にたどり着いた。
「ここは・・・」
「あら、シュウ様じゃありませんか?」
「メディ・・・」
「わたくしの個展を見に来てくださったのですか?」
「個展?」
「ええ、どれも自信作ですのよ」
メディはいつもスケッチブックに描くだけでカンバスに描いたことは無かった。
本気で描いた絵を見てみたいと魔が差した。
「これ、は・・・僕が描いた白鳥じゃないか!?」
「ふふふ」
「そして、これは、ひまわり」
「ふふふ」
「何を考えてるんだ!これは立派な盗作だぞ!」
「嫌だわ。シュウ様も言っていたではありませか?オリジナリティーとは、ばれない盗作である、と」
シュウが諦めた白色だけで見事な白鳥を描き、黄色だけで大輪のひまわり畑を表現してみせた。
その他もシュウが諦めた一色だけで表現する絵をいくつも完成させていた。
「何を言っている?盗作には変わり無い。お前を訴えてやるから覚えておけ」
「構いませんよ。そのときは、わたくしシュウ様の絵をリスペクトしてオマージュいたしました、と言いますので」
「リスペクト?フロマージュ?」
「フロマージュではなく、オマージュですわ。フロマージュでは、お菓子ですよ」
動じないメディを気味悪く思いながらシュウは急ぎ戻った。
メディは盗作をしたと出版社に伝えるために。
だが、急ぎ戻ったシュウが見たのは、さらに怒りを露にした父親の姿だった。
「貴様は何と言うことをしてくれたんだ!恥を知れ!」
「ち、父上?何があったのですか?」
「何がもクソもあるか!お前は絵の盗作をしたということで、絵を依頼してきた方々が代金の返金と盗作を掴まされたことへの慰謝料を請求してきた」
「盗作?何を言っているんですか?盗作をしていたのは、メディの方ですよ。私の絵をいくつも盗作したんです」
「盗作?メディが貴様から盗作しなければならないような画力のはず無かろう。お前の絵の価格の三倍の値は最低でもつくというのに」
代金の返金と慰謝料の支払いで貯蓄は底を付いた。
おそらく絵を買った者たちで支払いが出来るギリギリのところを相談したのだろう。
爵位も土地も売らなくて済んだが、一年は平民と変わらない生活を強いられた。
没落するよりも下手に貴族であることが辛いと思える一年だった。
残った画材で絵を描くが、盗作者となったシュウの絵を買う高位貴族はいない。
たまに買い手がついても、とにかく絵を買うということを趣味にしている成金貴族くらいだった。
「お久しぶりですわね、シュウ様」
「メディ・・・」
「確か、この国では上の者は下の者に何をしてもいいのでしたね?向こうに帰っている間に絵を描きすぎてしまって売るのが追い付かないのです」
「何が言いたい?」
「ちょっと、そこらで売ってきてくださいな」
オリジナリティーとは、ばれない盗作である
格言を引用しました