婚約破棄の理由【マザコン】
優雅な夜会で、ロマンチックなことが起きることを夢見る令嬢も少なくない。
それでも声をかけてくれる人は選びたい。
上の者は下の者に何をしても良い。
だから、夜会で婚約破棄をしても常識が無いと眉を顰めることはあっても咎められることはない。
「ローナ嬢、貴女との婚約は破棄させてもらう。星の巡りが悪かったようだ」
「・・・・・・さようでございますか。今までありがとうございます」
「君のように物分かりの良いお嬢さんなら次がすぐ見つかるよ」
まるで年上のように諭しているが、まだ今年デビュタントしたばかりの初々しい令息だった。
だが、有名で名前を知らない者はいないという位に浮き名を流していた。
「君と僕の星が重なったようだ。どうか続きの物語を一緒に語ってもらえないだろうか」
「・・・・・・・・・よろこんで」
「後日、婚約の証を贈らせてもらうよ」
社交界に出る度に婚約し、破棄するという令息で有名だった。
デビューして三ヶ月で婚約した数が三十回を超えた。
三日に一回のペースで婚約と破棄を繰り返している。
「さぁ踊ろう」
令嬢は心底嫌だという感情を隠さずに踊った。
何も言えないのは令息が公爵家だからだ。
「名残惜しいが、正式に書面を交わしていないから続けて踊ることは出来ない。この楽しみは次のときに」
令息は友人たちのところに行ってしまった。
声が聞こえない距離になって令嬢は溜め息を吐いた。
淑女としては、あるまじき行為だが、咎められることもない。
「災難でしたわね、ロレッタ様」
「キャスリーン様」
「本当は、あの方をお呼びしたくは無いのですが同じ公爵家として呼ばぬ訳にもいかず、申し訳ありません」
「そんな!私のような者に頭を下げる必要はございません。しがない子爵家です」
領地が隣り合わせであり、遠戚でもあるから気さくに話したりもしていた。
「こんなことならロレッタにはお兄様と婚約してもらえば良かったわ」
「私は公爵家に嫁げるような身分ではありません」
「でも、幼い頃から公爵家で一緒に学んだわ。ロレッタも領地が隣り合わせだから日帰りでも帰れるわよ」
子爵家の当主は領主としては優秀だが、女性に弱かった。
泣きながら一晩だけと迫られれば許してしまい。
あのときの子よと言われれば認知してしまうお人好しだった。
血の繋がりがあるかは不明だが認知した子どもだけで十五人はいる。
ロレッタは正真正銘、当主と正妻の子どもなのだが後継ぎ問題で領地が荒れて問題が飛び火することを嫌った公爵当主が早々に引き取り教育を施した。
「子爵領地のことを心配してるなら問題無いわよ。三番目のお兄様が養子に入って継いでも良いとおっしゃってるから」
「ディマス様にそんな我が家のことでお手を煩わせるのは」
「ロレッタは謙虚ね。公爵令嬢としてお父様は育てたのにちっとも公爵令嬢にならないのだもの」
ロレッタの実家である子爵領地は鉱山があり税収は他の領地よりも安定している。
本当は公爵家として領地を吸収しようと考えロレッタに教育を施すことで恩を売ろうとした。
「小父様のおかげでお父様は騙されることもなく健在でいられるのです。感謝してもしきれませんわ」
「そうかしら?わたくしは虎視眈々と子爵領地を狙っている狼にしか思えませんけどね」
「小父様をそんな風におっしゃってはいけませんわ。素晴らしいお父様ですもの」
「ロレッタにはそのように見えるのですね。本当に猫かぶりがお上手ですわ。まぁ今回の婚約もお戯れでしょうからしばらくの辛抱ですわ」
誰もが三日もすればまた終わると考えていた。
それが終わらなかったのは誤算でもあった。
「・・・そう」
「届いて、しまいました」
「・・・そう」
「どうしてわたくしなのでしょうか」
婚約者としての証が贈られてきた。
そのことは一気に社交界に知れ渡り今度こそ本気だと思われた。
「ロレッタ、来月には婚約発表をするから友人たちに連絡をしておくように」
「はい」
「あと今月のドレスは黄色を着るように」
「あのシーズンの流行りの色は青色で、黄色は前シーズンのものです」
「だから何だ?いいから着ろ」
「はい」
ロレッタに従わないという術はなかった。
社交界に前シーズンの色を着るということは財政難だと知らしめているようなものだった。
「どうして、わたくしを婚約者に選んだんですか?」
「なぜ?そんなの決まっているだろう。母上が占いで星の巡りが良いと言ったからだ」
「星の巡り?」
「そうだ。今までの令嬢とは婚約をすると星の巡りが変わり上手くいかないと分かり破棄をしてきたが君は違ったようだ」
「そうですか」
「それと母上が婚約発表のパーティには藍色のドレスを着るようにと言っていた」
「藍色は、未亡人がお召しになる色です」
「だから何だ?その色が一番星の巡りが良い色だと母上が言っていた。僕は公爵家の嫡男だからな。公爵家を発展させる義務がある」
何も言わずにロレッタは黙って藍色のドレスを用意した。
そしてそのドレスを着た。
「あり得ないわ。婚約発表に藍色のドレスを着せる男なんてあり得ないわ」
「キャスリーン様」
「これなら婚約発表パーティで破棄を言い渡す方が何倍もマシだわ」
「キャスリーン様、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるものですか!あぁこれなら本当にお兄様に横取りしてもらえば良かった」
公爵家に子爵家の令嬢が嫁入りということで話題にはなっていたが、それよりも婚約破棄を何度も繰り返していた男が、次はいつ離婚するのかが話題になっていた。
「今宵は婚約発表に集まっていただき感謝する。ますますの公爵家の発展を得ることが可能だろう」
疎らな拍手での祝福は公爵家との付き合い方を示すものだった。
暗い雰囲気でのパーティの中、一人の令嬢が遅れて現れた。
「あら、遅れてしまい申し訳ございませんわね」
「いえ、王女に祝っていただけて公爵家も安泰でございます」
「祝う?何を言っているの?わたくしは夫となる男を迎えに来ただけですわ」
「はい?」
「わたくしのタロットが本日、運命の男と出会うと示しましたの。今まで出会えなかったのは、今日この日のためでしたのね。さぁ今から教会に行きますわよ」
突如として現れた王女は公爵家の嫡男を連れてパーティを出てしまった。
上の者は下の者に何をしてもいい。
公爵家なら好きにされることは無いと気を抜きがちだが、上はいる。
「いったい今日は何のパーティになるのかしらね?ロレッタ」
「さぁ?」
「とりあえず集まっていただいた方にはお帰りいただいた方がいいかしらね」
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後日談
「あぁぁ」
「どうかされましたか?ジェラルダイン王女」
「貴方に良くない相が出ているのよ」
「そうでございますか。ですが母上の占いでは午後からは運気が上向きになるようですので」
「わたくしの占いが外れているとでも言うのかしら?」
王女の婚約者という立場をすっ飛ばして伴侶となってしまった。
これを拒否することは公爵家にはできなかった。
「いえ、決してそのようなことでは」
「そうでしょう。でも心配だわ。お母さまにも占ってもらいましょう。わたくしの運命の男が現れる日と場所を占いによって導いたのはお母さまですもの。お母さまに聞けば間違いないわ」
「ジェラルダイン王女」
「何かしら?わたくしの夫よ」
「ひとつお聞きしたいのですが、なぜわたくしめの名をお呼びいただけないのでしょうか」
「名は占いをする上で大切なものよ。気安く呼んでは悪いものを引き寄せてしまうわ。そんなことも知らないの?」
今までの令嬢たちには母の占いによって、その日の行動からすべてを管理してきた。
ここに来て管理されるとは思ってもみないことだった。
「でも、わたくしの名は呼んでもいいのよ。お母さまがわたくしの魂を守れる特別な名をつけてくださったのよ」
「はい、ジェラルダイン王女」
「そうそう、お母さまが今度の視察に着て行く服のいい色を選んでくださったのよ。赤よ。すぐに新調しなければいけないわ」
「ジェラルダイン王女、赤は軍隊が着る服の色でございます。別の色になさった方がよろしいのでは?」
「だから何だというの?赤が運気を上げるのにいい色だとお母さまが言ったのよ。その通りにしないで王家が滅んだらお前、責任を取れるのかしら?」
「出過ぎた真似を申しました。お許しください」
完全に占いに振り回されているが公爵家という身分で王家に離縁を申し出ることはできない。
ひたすらに耐えるしかなかった。
「今日、お母さまから特別な占いをしてもらって運気を上げる方法を聞いて来たわ」
「さようでございますか」
「貴方、性転換しなさい」
「はい?」
「お前の運気は男であるから高止まりしているとのことよ。だから明日教会に性の変更を申し出るわ」
「お待ちください。突然そのようなことを言われましても」
「何?お母さまの占いに逆らう気?王家はますます発展しなければいけないのよ。お前の元婚約者の子爵令嬢はヴァーノン公爵家に嫁入りするし、お前の実家はヴァーノン公爵家の次男が養子になったのよ。そうそう子爵家にはヴァーノン公爵家の三男が養子に入って今や伯爵家になってるわ。これ以上ヴァーノン公爵家の権力が高まっては困るのよ。だからそのためには運気を上げないといけないのよ。これは必要なことなの。返事は?」
「はい、ジェラルダイン王女」
「よろしいわ。では名前を考えないといけないわね。さっそくお母さまに占ってもらいましょう」
活動報告にてゆう様のコメントからネタをいただきました
占いをテーマに婚約破棄をしてみましたが、これが意外と楽しい
なぜ思いつかなかったのだろうと不思議です