試験開始
ピロロロロー
突然仕事用の携帯電話が鳴った。しかしポケットに入っているはずの携帯電話はなく、何処かに仕舞われているようだった。キョロキョロ見回していると、音が聞こえる方向に小物入れがあった。
もう数コール鳴っているので慌てて小物入れに向かい中から電話を取って出る。
「もしもし」
「・・・・良かった、生きてたか。路地裏にお前の血だまりがあったときは焦ったぞ」
電話の相手は紫龍さんだった。どうやら心配させてしまったようだ。
「すいません…あっそれよりも犯人捕まえましたか」
「あぁ、お前が血痕を残してくれたおかげですぐに捕まえることができたよ」
「とっさに血液を粘着液に変えたのは成功しましたか」
焦って意識していなかったがどうやら犯人を捕まえるのに貢献できたらしい。
「それより、今の状況はどうだ」
「とりあえずは大丈夫そうです。警戒されていません。」
「そっか、じゃあ試験の説明をするぞ」
「試験って転送された地域で起きている問題を解決するんですよね」
「………そうなんだが、あのうさん臭いやつとあの糞神の決まりだから会社の概要とともに説明しなきゃならないんだ」
「えっ、そうだったんですか」
「そうなんだ。ということで、まずは次元旅行会社についてだな」
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次元旅行会社 会社という名前こそついているが本来は行政機関の一つである。主な活動は我々が今いる世界以外の調査、そしてできるなら友好関係を結ぶことだ。
異世界についてであるが、あのうさん臭いやつ…〇の言うにはは少なくとも世界は三層あるらしい。
それらは上から順に三次元、二次元、一次元となっていて、高次元のものは低次元に干渉できるが低次元のものは高次元のものには干渉できないようになっているそうだ。
その中で私たちが住んでいるのが二次元だそうだ。二次元と言っても平面であるわけではなく、あくまで高次元の人から見ると平面であるから、暫定的につけられたものらしい。
〇が言うには三次元を現実世界と呼ぶみたいだ。そして、二次元はその現実世界に類似した世界がありそこから様々な世界に変異して広がっているらしい。その中には、一番最初に作られた世界とその世界をもとに作られた世界が生まれることがあり、それらをそれぞれ1次世界またの名を版権世界と、n次世界と分けて読んでるようだ。ちなみに、私たちのいる世界はn次世界だ。
基本的には1次世界とn次世界には厚い壁が張られ、行き来はできない。また、1次創作世界とn次創作世界に存在する世界は進入禁止であり、行き来できないものである。例外については今回の試験には関係ないので割愛させてもらうぞ。また、n次世界にはパラレルワールドという"if"の世界がいくつも存在しているのも特徴だ。
我々の仕事は、このn次世界の調査だが、1次世界に近い世界は原則として進入して調査することはない。なぜなら、その世界の技術や情報は、もとから次元旅行会社が所持するデータベースにすべて登録されているからだ。じゃあ、私たちが何の活動するかというと、n次世界において大規模変異が起きた世界の調査だ。大規模変異とは、現実世界と1次世界から飛来する情報が詰まったコメットと呼ばれる彗星がn次世界に衝突することによって起こる世界の変異だ。これによって世界が本来の形から大きく変わり、新しい世界となる。これ調査するが我々の仕事だ。
もう一つの活動として、異世界に旅行しようと考えている人々に安全な旅行プランを立てることだ。
これを実行するため、次元旅行会社は4つの部署で構成されている。
まず、我々の所属する第1課だ。主に危険度の高い世界つまり、戦争中や一般人に危害が加わるほどの事件が起きる可能性がある世界での調査である。今でこそヘルプサインという緊急回復装置があるが、調査後に設置される生命異常時に強制離脱させる転送装置がないため、始まって以来最も死人が多い部署だ。
次に第2課だ。ここは、異世界の文化や言語の解析が主な仕事だ。あらかじめ第2課が調査してくれることによって我々第1課は苦労することなく意思疎通することができる。縁の下の力持ちだ。
第3課は、1課と2課が調査した情報をまとめ上げパンフレットやハザードマップの製作を行っている。
第4課はそれを用いて旅行者に旅行プランを紹介する。とそれぞれ別の仕事を行っている。
最後に、異世界との技術交流も私たちの仕事だ。これは、我々のいる世界において一番必要なことだ。
次に、次元旅行会社の正社員昇格試験についてだ。基本的に3年の研修期間を終えれば正社員になれるが、第1課だけは違う。第1課はここ最近こそ改善されて来ているが、実力が伴わないと簡単に死ぬ現場仕事だ。そのため、第2課が調査した世界の中でまだ第1課が調査していない世界での単独調査任務を昇格試験としている。この任務が成功すれば第1課、失敗すると第2課所属となる。そしてこの調査任務のみ、特別に簡易離脱装置があるが、生きて帰られるは運次第だ。
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「以上だ、今のことを承諾したうえで試験を受けるか」
「当然です」
「愚問だったな、頑張れよ」
「はい!」
「そうだ」
「どうかしましたか」
「実は、いまお前のいる島とは別に大陸でも何か起きているみたいだ」
「え」
「とりあえず、あの神と〇が言うには島の事件の解決を試験の合格とするらしい」
「わ…わかりました」
「あと、この後携帯端末・・・まぁ、スマートフォンだな、試験モードに変わるから通話、メールともに一切不可能になる。できるのは、肉体の状態確認と我々が持つ技術の情報が保存されているデータベースに接続することしかできない。うまく使えよ」
「わかりました。ありがとうございます」
そうはっきり言った後に、少し気になることがあったので聞いてみた。
「そっちは、今どうですか?」
すると紫龍さんはため息をついた後に
「極夜が始まった」と言った。
僕たちが働いている世界・・・父さんであるリョウマさんの世界で極夜は半年続く。これは元からそうだったわけでないらしい。今、父さんの世界は惑星の99%が黒い有害な霧に包まれており、僕たちは霧のかからないたった1%の土地になんとか住んでいる。元々、父さんが次元旅行会社を立てたのもこの星を救う・・・それがだめでもせめて人々を避難させるための場所と方法を探すためだった。異世界との技術交換を行うのも、魔法などで世界を救えるのではないかという希望論から行ったことだった。しかし、その願いは叶わず、今も世界を救う方法は見つかっていない。幸いにも、人々を少しだけ受け入れてくれる心優しい世界は見つかっているが、それでも諦めずにこの会社は世界を救う方法を探しているのである。
その後すぐに、電話は切られた。携帯を見ると試験モードと書かれていた。
俺の試験は今始まったのだった。
今年の極夜は例年よりも早かった。