3話 はじめての友だち
「うわぁ」
かわいい女の子。
歳は私と同じくらい。
なんとなくだけど、気が合いそうな予感。
この子こそ、私が探し求めていた『友だち』に違いない!」
「あのっ! 私と……」
「ごほぉっ!!!?」
「ええええええええええぇぇぇっ!!!?」
血!
この子、いきなり血を吐いたよ!?
しかも、ありえないほどの量なんだけど!!!?
「あらあら、クロエったら。緊張してしまったの?」
「仕方のない子だな。ほら、このハンカチで口を拭きなさい」
「いやいやいや! なにを呑気なことを……」
「すいません、お父さま。ハンカチ、お借りしますね」
「って、ピンピンしてるーーーっ!!!?」
あれだけ大量の血を吐いたのに、女の子は普通に生きていた。
さすがに、顔色はちょっと悪いけど……それだけ。
死にそうになっているとか、そんな感じはまったくしない。
「ど、どういうこと……?」
「すみません。驚かせてしまったみたいで……私、少々、体が弱くて……よくあることなんです。気にしないでください」
「少々のレベルじゃないよね? っていうか、体が弱いで済ませちゃうの?」
彼女の両親も慌てていないし、本当によくあることなんだろう。
いや、まあ……問題がないなら、それでいいんだけどね?
「えっと……」
「私は、ルイフェ。ルイフェ・マクバーンだよ」
あ。
ついつい、本名を名乗っちゃった。
……まあ、いっか。
元魔王の娘の名前を知っている人なんて、誰もいないだろう。
お父さんの名前さえ、一部にしか知られていないみたいだし、たぶん、問題ない。
「私は、クロエ・ハーヴェイと申します。そして……」
「クロエの父の、アストだ」
「その妻の、ミリアです」
親子揃って、ペコリと頭を下げられた。
「私は商人なのだけど……今日は休日なので、娘の診療のために、隣町へ出かけていたんだ。その帰り道に、盗賊に襲われてしまい……」
「ルイフェさんのおかげで、本当に助かったわ。改めて、お礼を言わせてちょうだい」
「いえいえ、たまたま通りかかっただけなので」
感謝してるなら、クロエちゃんを紹介してほしいな?
それで、私と友だちになってほしいな?
あっ、お父さんお母さんでも構いませんよ?
「ルイフェさんは、空から降りてきたみたいだけど……もしかして、魔法が使えるのかい?」
「はい。それなりに」
「なるほど……その、この後の予定は?」
「特にありませんよ?」
「なら、仕事を頼めないだろうか? 街に戻るまでの護衛をしてほしい。さきほど助けてもらった分も含めて、謝礼は弾むよ。どうだろうか?」
恩を売るために、あえてタダで引き受ける、っていう手もあるんだけど……
勢いで魔王城を飛び出したから、人間の間で流通しているお金、持っていないんだよね。
一緒することで、クロエちゃんと友だちになれる機会があるかもしれないし……
それに、人間の街に自動的に辿り着くことができる。
一石二鳥ならず、一石三鳥っていうやつだね!
「はい。構いませんよ」
「おおっ、ありがたい!」
「でも、私でいいんですか? 見ての通り、まだ子供ですけど」
「実は、別の護衛を雇っていたんだけど、盗賊が出た瞬間、逃げられてしまってね……あんな連中と比べたら、ルイフェさんの方が何十倍も頼もしいよ。それに、その力は、この目でしっかりと確認したからね。問題ないさ」
うーん。
さっきの盗賊といい、ハーヴェイ一家を置いて逃げたっていう護衛といい、悪い人間もいるんだね。
友だちになる相手は、よく見極めた方がいいかもしれない。
「私と妻が御者を務めよう。ルイフェさんとクロエは、馬車の中へ。ルイフェさん、いざという時はお願いします」
「はい。任せてください」
私はいっぱいの笑顔を浮かべて、しっかりと頷いて見せた。
――――――――――
カラカラと車輪が回る音がして、馬車が動き始めた。
「探知」
探索魔法を使う。
これで、異変があればすぐに察知することができる。
「今の、魔法なのですか?」
馬車の中は、向かい合うように椅子が配置されていて、対面にクロエちゃんが座っていた。
私の言葉に反応して、かわいらしく小首を傾げる。
うーん、かわいいなあ。
仕草がとても女の子らしくて、すごくいい感じ。
やっぱり、この子と友だちになりたい!
「うん。探索魔法を使ったんだ。悪い人や魔物が近づいてきたら、すぐにわかるよ」
「探索魔法を? 確か、とても難しい魔法と聞いていますが……」
クロエちゃんの言う通り、探索魔法は難しい部類に入る。
三次元的に周囲の地形を把握、探知して……
魔力を張り巡らせることで一種の結界を生成して、侵入者の有無を把握する。
単純そうな魔法に見えて、やることはいっぱいで、けっこう難しいんだよね。
まあ、それは普通の人の話で、魔王の私からしたら大したことない魔法なんだけど。
「ルイフェさまは、何歳なんですか?」
「この前、10歳になったばかりだよ」
「まあ、私と同じなのですね」
「クロエちゃんも?」
「はい。少し前に、誕生日を迎えました」
運命めいたものを感じる。
ますます友だちになりたくなってきたよ!
「あの……ルイフェさまに、お願いが……ごふぉっ!!!?」
「あわわわわわっ!!!?」
また血を吹いた!?
馬車の中が、殺人現場みたいに!
「だ、大丈夫っ!?」
「は、はい……心配をかけてしまい、すみません」
「すごいたくさん、血が出たけど……」
「問題ありません。いつものことなので」
「いつものことなんだ……」
よく見たら、馬車の床に血のような染みが……
「クロエちゃんは、その……なにか病気に?」
「はい。幼い頃から、体があまり丈夫ではなくて……日に日に悪化している状況です」
「そうなんだ……」
「ですが、命の危険とかはありませんから。激しい運動ができないくらいで、日常生活に支障はないのですよ」
「そっか……よかった」
「……ルイフェさまは、優しいのですね」
「え? なんで?」
優しいなんて、初めて言われたよ。
って、今まで周りにいたのはゴツイ魔族ばかりだから、そんなことを言う人はいないか。誰も彼も、戦うことしか考えてないからなあ。
「私、優しいのかな? よくわからないんだけど」
「私たちのことを助けてくださり、私のことも気遣ってくれて……とても優しい方だと思いますよ」
「そ、そうかな? えへへ」
照れくさいな。
でもでも、うれしいな。
顔がニヤニヤしちゃうよ。
「ところで、さっき、なにか言いかけてなかった?」
「あの、その……!」
「あ。よくわからないけど、そんなに意気込まないでね? また、血がどばーっと出ちゃうよ」
「す、すみません。つい……」
「落ち着いて、ゆっくり話して。私は、ちゃんと聞いているから」
「はい」
すーはーと深呼吸をして……
私をまっすぐに見つめながら、クロエちゃんは口を開いた。
「私と、お友だちになっていただけませんか?」
「……ふぇ?」
「ルイフェさまはとても素敵な方で、ぜひ、お友だちになりたくて……」
「友だち……私と、友だちに……」
「その……ダメでしょうか?」
「ううんっ! そんなことないよ!!!」
「ひゃっ」
私は身を乗り出すような勢いで、クロエちゃんの手を握る。
それから、喜びを伝えるように、ブンブンと上下に振る。
「あのねあのねっ、実は、私もクロエちゃんと友だちになりたいなあ、って思っていたの!」
「まあ、本当ですか?」
「うんっ! なんていうか、こう……一目惚れみたいな! 初めて会った時から、友だちになりたいな、って思っていて……わあわあ! これ、夢じゃないよね? 私、寝てたりしないよね?」
「ふふっ。ルイフェさま、大げさですよ」
「だってだって、本当にうれしいんだもん!」
「そんな喜ばれると、私は、いつ喜んでいいのやら……くすくす」
私は、満面の笑顔を浮かべた。
クロエちゃんは、花が咲いたように笑った。
「あのっ、そのっ……私、ルイフェ・マクバーン! よろしくねっ」
「クロエ・ハーヴェイです。よろしくお願いします」
握手を交わして……
初めての友だちができた。