2話 いざ人の国へ
魔族は、『力』こそ正義、っていう人が多い。
平均して、他種族より力を持っているっていう優越感が、変なプライドを作っているんだと思う。
力がある=優れている=偉い、っていう短絡的な考えなんだよね。
お父さんが、その典型的なパターン。ダメな大人だよね。
そんなだから、魔族の大半は、特別な『力』を持っていない……中には勇者とか、特別な力を持っている人もいるけど、それは極少数だ……普通の人間を軽視する。
『力』のない弱者と侮る。
でも、私は、そうは思わないんだよね。
確かに、人間に特別な『力』はないのかもしれない。
だけど、『知恵』がある。
色々なものを作り出すことができて、窮地を切り抜けることができて……
とっても賢い種族だと思うんだよね。
だから、私は、そんな人間と友だちになりたい。
そんな夢を、ずっと昔から思い描いてきたんだけど……
「ホントに友だちを作れるかもしれないなんて……やったあああああーーーっ!!!」
私は喜びを爆発させて、おもいきり叫んだ。
近所迷惑?
ううん、そんなことはないよ。
だって、ここは空の上だからね。
魔王になった私は、その特権を活かして、さっそく人間の国に向かうことにした。
一応、名目上は、『人間の偵察』。
でもでも、本当の目的は、『人間の友だちを作ること』……なんだ♪
魔王の仕事を放棄してるように見えるかもしれないけど……
でも、やることって、そんなにないんだよね。
そもそも、私たち魔族の大半は、世界の南にある孤島に住んでいる。
他種族と交流を持つことなく、ひっそりと暮らしている。
それで、いずれ世界征服を……という夢を見て、日々、鍛錬に励んでいる。
そんな種族だから、私がいてもいなくても、大して変わらない。
今まで通り、みんなは慎ましく暮らすだろう。
だから、問題なし!
……というわけで、私は魔法で空を飛んで、人間が住む大陸に移動した。
「うーん……街とか村とか、ぜんぜん見つからないなあ」
私は海沿いを飛んでいた。
港町が見つかるかもしれない、って思ったからだ。
闇雲に平原を飛ぶよりは、街を見つけられる確率は高いと思う。
そう思ったんだけど……なかなかどうして。
街は見つからない。
村も見つからない。
それどころか、人影も見当たらない。
「誰かいないかなー? この際、誰でもいいよ。できれば、女の子。歳は私と同じくらい。気の合う子がいいな」
誰でもいいって言っておきながら、注文が細かい私だった。
「ん?」
陸地を奥に進んだところにある森から、悲鳴が聞こえてきた。
なんだろう?
私は興味を引かれて、進路を変える。
森を貫くように設置された道に、人の姿が見えた。
やった、人間だ!
私は喜んで降りようとするけど……どうも、様子がおかしい。
ぼさぼさの服を着た男たちが三人、剣を手にして、馬車を囲んでいた。
それと、身なりのいい格好をした、夫婦らしき男の人と女の人が見えた。
守るように、荷台を背にしている。
中に誰かいるのかな?
「へへへっ、ここを通りたければ、有り金を全部置いていきな」
「くっ……!」
少し高度を落とすと、声が聞こえてきた。
「んー? これは、盗賊っていうやつかな?」
まあ、盗賊でもなんでもいいや。
初めて見つけた人間。コンタクトをとらない、なんて選択肢はないよ。
私は魔法を制御して、盗賊と夫婦の間に着地した。
「な、なんだっ、お前は!?」
「こいつ、空から降ってきたぞ!?」
「もしかして、魔法使いか!?」
「ねえねえ」
とりあえず、元気な盗賊の方に話しかけることにした。
「あなたたち、人間だよね?」
「あん? 何を言ってやがる。当たり前だろうが」
「そっか! やっぱり、人間なんだ! わー、これが人間なんだね」
未知との遭遇。
私は今、ものすごく感動しているよ!
「あのねあのね、私と友だちに……」
言いかけて、盗賊たちの容姿に気がついた。
モヒカン。
モヒカン。
モヒカン。
うん。これは、ちょっとないかな。
「ねえねえ、あなたたちも人間だよね?」
私は盗賊たちを無視して、襲われているらしい夫婦に話しかけた。
「え? あ、ああ……そうだが、君はいったい……?」
「んー」
共にかばい合うようにしている夫婦を、品定めするように見る。
歳は、3~40ってところかな?
歳は離れているけど、二人とも優しそう。
身なりもいいし、清潔そうだし、とても賢そうだ。
うん、決めた!
「ねえねえ、私と友だちになってくれない?」
「え?」
「ダメ?」
「君は、いったい何を……いやっ、そんな話をしている場合じゃない!」
「あなた、もしかして魔法が使えるのかしら?」
「うん。使えるけど?」
「お願い! 私たちはいいから、娘を連れて逃げてほしいの……!」
「娘?」
「おいおいおい……なんだかよくわからねえが、せっかくの獲物を逃がすわけないだろうが!」
盗賊の一人が斬りかかってきた。
もうっ!
人が大事な話をしているのに、邪魔をするなんて……許せない!
「風よ」
ゴウッ! と、暴風が吹いた。
盗賊は吹き飛ばされて、一瞬で遙か彼方へ。
「てめえっ!」
「よくも兄貴をっ!」
残りの二人も剣を構えて、突撃してきた。
攻撃がワンパターンなんだけど。
こんな攻撃しかできないなんて、頭が残念なのかな?
私は、ひょいっとジャンプをして、二人の頭を飛び越えた。
小さな女の子に……中身は魔王なんだけどね……軽々と飛び越えられたことに、二人は驚いて目を丸くした。
隙だらけだよ?
スタスタと歩み寄り、バチンとデコピン。
兄貴とやらと同じく吹き飛んで、森の奥に消えた。
一応、手加減はしておいたよ?
盗賊とはいえ、魔族の私が人間を殺したら、どんなトラブルになるかわからないからね。
それに、人間は好きだから、なるべく手荒いことはしたくない。
「な、なんなんだよっ、このガキは!?」
「私はガキじゃないよ。ルイフェ、っていう名前があるんだから!」
「ふぐぉおおおおおっ!!!?」
おもいきり手加減したパンチ!
最後の一人は、お星様になった。
……たぶん、生きているよね?
「「……」」
私の活躍を見て、二人の夫婦はぽかんとしていた。
驚かせちゃったかな?
普通の人間は、こんな力ないからなあ……
うーん、怖がられたらどうしよう? 盗賊から助けて、友だちになる計画が……
「えっと……大丈夫だった?」
「あ、ああ……ありがとう。君は、命の恩人だ」
「まだ小さいのに、すごく強いのね」
二人は我に返り、ペコリと頭を下げた。
よかった。怖がられていないみたい。
これなら、友だちになれるかも!
私はルンルン気分で、笑顔で友だちになろうと声を……
「……お父さま?」
ふと、馬車の中から声が聞こえた。
「どうなったのですか? 盗賊は……?」
「ああ、もう大丈夫だ。えっと……親切な方に助けていただいた」
私の素性を知らない男の人は、とりあえず、『親切な人』と曖昧な言い方をした。
そうだ!
私の素性はどうしよう?
まさか、素直に魔王です、なんて言うわけにはいかないし……
うーん……旅の魔法使い、っていうことにしておこうかな?
「クロエ。もう安全だから、お前も挨拶しなさい」
「はい、お父さま」
馬車から、小さな女の子が降りてきた。
歳は、たぶん、私と同じくらい。
両親に似た、夜空のように鮮やかな黒髪。
どこか儚い雰囲気がして、庇護欲をそそられる。
同性の私から見ても、とてもかわいい女の子だ。
「はじめまして。クロエ・ハーヴェイと申します。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
……これが、生涯の親友になるクロエとの出会いだった。