19話 今後の問題を断ち切るために、領主を脅すことにした
領主の息子に手を出したら問題になることくらい、さすがの私も理解できる。
なので、対策は考えておいた。
適当に返り討ちにしたわけじゃないよ?
「ルイフェさま、この屋敷を薙ぎ払えばいいのですか?」
「よくないよくない」
翌日。
領主の屋敷を尋ねた。
リリィがいきなり物騒なことを言ったせいで、近くを通りかかった人が、ぎょっとした顔をしていた。
ただ、私たちの顔を見て、すぐに『なんだ冗談か』みたいな感じで立ち去る。
こういう時は、子供って便利だよね。
ちょっと過激なことを言っても、冗談の一言で済ませられるんだから。
「武力で解決されないのですか?」
「そうするのは簡単だけど……人間と対立しちゃうことになるからね。それは避けたいな。私は、人間とケンカをするつもりはないの」
「我が言うのもなんですが、変な魔王ですね」
「自覚はあるよ」
たぶん、歴代の魔王の中でも、私は一番の変わり者だろう。
自分のことだから、魔王の歴史についてはそこそこ詳しいけど……
人間との争いを望まない魔王なんて、今まで一人もいなかった。
みんな、好戦的だよね。
なんで、そんなに戦いたがるのかな?
仲良くすればいいのに。
お父さんも含めて、歴代の魔王って脳筋なのかな?
脳筋多すぎ。
「じゃあ、いくよ」
「はいっ」
私たちは真正面から屋敷を尋ねた。
門番をしている兵士の人に話しかける。
「すいませーん。領主さまに会いたいんですけど」
「ん? 会いたい、と言われてもなあ……約束はあるのかい?」
この兵士は、良い人らしい。
突然のことにも関わらず、子供の私の話をちゃんと聞いてくれている。
「いいえ、ありません」
「だったら、ちょっと難しいなあ。領主さまは仕事があるからね。いつでも簡単に会えるわけじゃないんだ。わかってくれるかな?」
「はい。それは理解しています。ただ、そこを曲げてなんとか……」
「なにか事情があるのかい?」
「事情というか、騒動の芽を詰みに来たというか……領主さんに、こう伝えてもらえませんか? 『白猫亭の一件で話をさせてくれませんか?』……って」
「白猫亭? よくわからないが……伝えるだけでいいんだね? その後、どうなるかまでは約束できないよ?」
「はい、構いません。お願いします」
「うん、わかったよ。じゃあ、ちょっと待っていてくれるかな?」
やっぱり、良い人だ。
兵士の人は気のいい笑みを浮かべて、屋敷の中に消えた。
そして、待つこと少し……
兵士の人が戻ってきて、門を開けてくれた。
「領主さまがお会いになるみたいだよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「領主さまは気の良い人だけど、失礼な態度はとらないようにね? まあ、君たちは礼儀正しい子だから、問題ないと思うけど」
ありがとうございます、と笑顔で言って、屋敷に入った。
屋敷はすごく広かった。
おーっ、と言っちゃうくらい広かった。
あちこちに美術品が飾られていて、絵画もあって……
まるでお城みたい。
「お客さま、こちらへどうぞ」
メイドさんだ!
すごい、本物のリアルメイドさんだ!
友だちになれないかな?
「ルイフェさま? どうかされたのですか?」
「ううん、なんでもないよ」
ハッと我に返り、メイドさんの後について行く。
やがて、大きな扉の前で立ち止まる。
「アクスさま。お客人をお連れいたしました」
「うむ、入ってもらいなさい」
「どうぞ」
「失礼しまーす」
「邪魔するぞ」
扉をくぐり、部屋に入る。
私は、再び驚いた。
執務室も、すごく豪華だ。
部屋中が輝いているような気がする。
こんな執務室、魔王城にもないよ。
さすが人間。こんな部屋を作ることができるなんて、やっぱり、文化レベルは高いなあ。
「人払いを頼む」
「はい」
メイドさんが一礼して、部屋を後にした。
残されたのは、私とリリィと領主さん。
「はじめまして。私が、この街の領主を務めるアクスだ」
「はじめまして。私は、ま……旅の魔法使いのルイフェです。こっちは、弟子のリリィ」
リリィがペコリと頭を下げた。
「綺麗な部屋ですね」
「客室も兼ねているからね。領主ということもあり、ある程度、見栄えはよくしておかないといけないんだよ」
「なるほど」
街のトップの部屋がみすぼらしかったら、舐められちゃうかもしれないからね。
そういう見栄は必要だ。
うんうん、と心の中で納得する。
「それで……白猫亭の話があるそうだけど、どういうことかな?」
「はい。昨日、領主さまの息子さんが魔法で攻撃されて、病院に運ばれたことは知っていると思いますけど……」
「うむ。本人の口から聞いたよ。白猫亭の者にやられた、とな」
「それ、やったのは私です」
隣のリリィが、えっ!? というような顔をした。
まさか、素直に話すなんて思っていなかったんだろう。
「ふむ……」
領主さんの目が鋭くなる。
この後の私の出方次第では容赦しない……という、厳しい雰囲気に切り替わる。
「もしかして、今日は、その謝罪に来たのかな?」
「いいえ。逆です。息子さんの謝罪を要求しに来ました」
再び、リリィが、えええぇっ!? というような顔をした。
領主さんも、この返答は予想外だったらしく、ぽかんとしている。
「息子さんは、白猫亭でイヤがる従業員に無理矢理手を出そうとして、断られると、今度は恥をかかされたと武装した男の人たちを連れてきました。とんでもない狼藉です。だから、私は正当防衛として、魔法で攻撃したまでです」
「……息子から聞いた話とずいぶん内容が違うようだが、証拠でもあるのかな?」
「ありますよ。これを聞いてください。……記録再生」
私は、とある魔法を使用した。
すると……
『もういいっ、こんなガキと話をするだけ無駄だ! お前らっ、このガキを痛い目に遭わせてやれ!』
『ふんっ。これくらいのこと、俺の力でもみ消すことは可能だ。憲兵隊に訴えようとしても無駄だ』
『貴様のようなバカなヤツは、図に乗りやすいからな。徹底的に叩いておかないといけない。これは正しい行為なのだ』
バカ息子の声が部屋に流れた。
声を魔力に変換して、保存しておく魔法だ。
証拠になると思い、あの時、わざと挑発して、それらしい言葉を録音しておいたんだよね。
「いかがですか?」
「むう……」
「息子さんは、常日頃からこんなことをしている様子。それを許していいんですか? 領主として、正さないといけないのでは?」
「おぉ、さすがルイフェさま。そのような証拠を用意しておくとは。抜け目がありませんね。実に狡猾です。その悪魔のような知恵、我も見習いたいと思います」
それ、褒め言葉なの?
「ふぅ……」
領主さまは、難しい顔をして……
やがて、疲れたようなため息をこぼした。
「いつかは目を覚ましてくれるだろうと、何度も大目に見てきたのだが……どうやら、私が甘かったみたいだな。息子に代わり、謝罪しよう。そして、息子に責任をとらせると約束しよう」
『息子を放置しない』という言質を取ることができた。
成果としては十分だけど……念のために、もう一押し、欲しいかな?
「二度と変な気を起こさないように、徹底的におしおきしてくださいね? それこそ、人格が変わるレベルでやってください。下手に手を抜いて、また逆恨みでもされたら困りますから」
「それは……」
あんなのでも、領主さまにとっては息子。
厳しすぎる罰を与えることに、まだ、戸惑いがあるらしい。
なら、その迷いを私が取り払ってあげる。
「もしも、息子さんがまたバカなことをしたら……私、本気で対応しますよ?」
ニッコリと笑いながら……
一瞬だけ、リミッターを解除した。
「っ!!!?」
あふれる魔力が圧となり、領主さまを飲み込んだ。
魔王の本気の魔力をその身で感じて……
領主さまは顔を青くして、言葉も出せない様子で、コクコクと何度も頷いた。
よし。
これなら、あのバカ息子をちゃんと躾けてくれるだろう。もう心配はいらない。
「お願いしますね。じゃあ、行こうか、リリィ」
「はっ……はひ!?」
……リリィも怯えていた。
やりすぎたかもしれない、と反省する私だった。