18話 貴族が仕返しにやってきたから、返り討ちにした
「あのガキはいるかっ!!!?」
仕事を始めて2日目。
開店前の静かな時間。
テーブルをせっせと拭いていると、突然、騒々しくなった。
「あ。昨日の……」
「いたな!? 貴様……よくも、僕に恥をかかせてくれたな!」
怒り心頭といった感じで、マクダウェルがツカツカと歩み寄ってきた。
と、その間にリオナさんが立ちはだかる。
「ちょっと、なんだよ!? ウチ、まだ開店時間じゃないんだけど?」
「そんなこと知るか! 僕は、そこのガキに用があるんだっ、どけ!」
「はいそうですか、って道を開けるわけないだろ」
「僕に逆らうつもりか!?」
「必要とあれば、な。ルイフェちゃんは、うちの大事な従業員なんだ。なにをされるかわからないのに、通すわけにいくかよ」
「くそっ。これだから、話のわからない年増は!」
「と、年増ぁ!? 失礼ねっ、あたしはまだ22だ!」
「十分年増じゃないか! 女性は、18が一番魅力的に輝いているのだっ」
うわぁ。
傍で話を聞いている私は、ドン引きだ。
同い年くらいならともかく、マクダウェルはそこそこの歳だ。
見た感じ、20後半ってところかな?
そんな人が、18の女の人が一番だ! なんて叫ぶなんて……
この人、いわゆるロリコンなのかな?
珍しい人種なのかもしれない。
性格がアレじゃなければ、友だちになっておきたいところだ。
「私に何か用ですか?」
リオナさんを盾にするわけにはいかないので、私は前に出た。
「ルイフェちゃん!? こいつは危ないから、下がってて」
「大丈夫ですよ。なんとかしてみせますから」
リオナさんを安心させるように笑顔を向けて……
マクダウェルには、厳しい表情を見せた。
「出たな、忌々しいガキめ……昨日、僕に何をした!?」
「何といわれても……何もしていませんが?」
「ウソを言うな! お前が出てきたら、急に僕はおかしくなって、男に手を……くうううっ! しかも、あいつ、本当はそういう趣味だったなんて……二人になった途端、喜んで誘いに乗るなんてありえないだろう!?」
怪我でもしたのか、マクダウェルはお尻の辺りを手で押さえていた。
よくわからないけど……
追求するのはやめておこう。
聞いてはいけないことを聞こうとしているような……なんか、イヤな予感がする。
「って……ええいっ、あれから僕にナニがあったなんて、そんなことを語る必要はない! 問題は、このガキが妙なことをしたせいで、僕はとんでもない目に遭ったということだ。この落とし前、つけさせてもらうぞっ……おい!」
マクダウェルの合図で、わらわらと剣と鎧で武装した男たちが店になだれこんできた。
その数、おおよそ10人ちょい。
みんな剣呑な雰囲気で、一斉に抜刀した。
「ちょっ……あんた、正気か!? 街中で剣を抜くなんて、何を考えてるわけ!?」
リオナさんが悲鳴のような声をあげた。
「問題ないな。これは、僕に狼藉を働いた無礼なガキをこらしめるためにすること。いわば、躾だ。大人がやらなくてはいけないことだろう?」
「そんなバカな理屈、通ると思っているの? 今すぐ、憲兵隊に連絡するよ!」
「どうぞ、好きに。まあ、連中は忙しいだろうから、ここに来るまで時間がかかると思うけどな」
「あんた、まさか憲兵隊の連中を買収して……」
「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれ。憶測でそんなことを言うなんて、名誉毀損になるぞ?」
「くっ……!」
リオナさんは、厨房に引っ込んだ。
あれ!? 私、置いていかれた!?
「やれやれ……ちょっと、おいたがすぎるんじゃないかねえ?」
「あたし、もう我慢できないよっ」
タチアナさんを連れて、リオナさんが戻ってきた。
フライパンを武器のように構えていた。
断固としてマクダウェルの暴挙を認めない、という構えだ。
そこまでして、私のことを守ってくれるなんて……
置いて行かれた、なんて考えた自分が恥ずかしい。
「……ルイフェさま」
様子を見ていたリリィが、そっと耳打ちしてきた。
「察するに……昨日のあの愚か者が、ルイフェさまに言いがかりをつけてきた、ということでよろしいですか?」
「うん……まあ、そんな感じかな?」
「あれだけの恥をかかされておいて、まだルイフェさまに歯向かおうとするなんて……愚かの極みですね。しかし、愚かすぎる故に、偉大な方を相手にしているとは気づくことができない様子……やはり、我が手を下しましょうか?」
「……ちなみに、どんな方法で?」
「潰しましょう。文字通り」
すごくシンプルで、やっぱりバイオレンスだった。
「今回も私に任せて」
「はっ」
私は、逃げも隠れもしないというように、マクダウェルの前に移動した。
「ちょっと、そこのバカなあなた!」
「な、なんだと!? この僕をバカ呼ばわりとは……」
「こんなことをする人はバカだよね? だから、バカって呼んだんだけど、間違っていないよね? それとも、やったらいけないこともわからないくらいバカなの? なら、仕方ないか。バカなんだもんね」
「くうううっ!!!」
おもいきり挑発してみたら、マクダウェルの顔が青くなったり赤くなったりした。
最終的に湯気を吹き出しそうなくらい赤くなって、怒鳴る。
「もういいっ、こんなガキと話をするだけ無駄だ! お前らっ、このガキを痛い目に遭わせてやれ!」
「うわー……子供相手に大人気ないね。あなた、領主の息子なんだよね? こんなことしていいの?」
「ふんっ。これくらいのこと、俺の力でもみ消すことは可能だ。憲兵隊に訴えようとしても無駄だ」
「ふーん。ちなみに、いつもそんなことをしているの?」
「貴様のようなバカなヤツは、図に乗りやすいからな。徹底的に叩いておかないといけない。これは正しい行為なのだ」
「ふんふん、なるほど……まあ、これくらいでいいかな?」
「なんの話をしている? 今更、謝っても遅いぞ? まあ、命までは取らないから安心しろ。もっとも……それ以外は諦めてもらおうか」
「うわっ、すごい典型的な悪役の台詞が出た! 本当に領主の息子? 悪人の方が似合っているよ」
「うるさいっ、ほっとけ! おいっ」
マクダウェルの合図で、部下の男が斬りかかってきた。
さすがに、子供相手に剣を向けるのはためらわれたらしく、剣を横にして、剣の腹で殴る算段らしい。
でも、甘いんだよね。
そっちが手を抜いても、私は容赦しないからね?
「電撃よ」
パチン、と指を鳴らした。
人の目に捉えきれないほどの高速の雷撃が、男の体を撃つ。
男は一瞬で意識を失い、その場に崩れ落ちた。
もちろん、手加減はしたよ?
意識を失う程度で、怪我はしていないはず。
ひょっとしたら、軽い火傷くらいはしてるかもしれないけど……まあ、子供に剣を向けたんだから、自業自得っていうことで。
「次はまとめて……雷の嵐よ」
ゴウッ!
紫電の雷がクモの巣のように広がる。
マクダウェルの部下たちは、一人残らず絡み取られて……
そのまま昏倒した。
「は?」
何が起きたかわからないという感じで、マクダウェルが目を丸くした。
「これで、あなたの部下は全滅だよ」
「なっ、なっ……貴様、い、いったい何を……? ま、魔法? 魔法使いなのか……?」
「正解」
ホントは魔王なんだけど、さすがに、そのことは伏せておく。
「バカなっ。ガキが、このような魔法を使うなんて……」
「目の前で起きたことが信じられないの?」
「くっ……」
「じゃあ、次はあなたの番だからね。トラウマになるくらい、痛いのにしてあげる♪」
「なっ……ぼ、僕に手を出すというのか!? ふっ、ふははは!」
なぜか、マクダウェルがおかしそうに笑う。
どうしたんだろう?
頭のネジ、外れちゃったのかな?
「そのようなこと、できるわけがない! 僕は、この街を治める領主の息子なのだ。その僕に手を出せばどうなるか……わかっているな?」
「ううん、わからない」
「な、なんだとっ?」
「わからないから、おもいきりやらせてもらうね♪」
「ちょっ……ま、待て! 待て待て! よく考えろ! そのようなことをしたら、タダで済まないことくらいわかるだろう!? その貧相な胸に似て、頭の中身も……」
「かなり痛い雷撃っ!!!」
マクダウェルは声にならない悲鳴をあげて、気絶した。
まったく……なんて失礼な人なんだろう!
女の子の胸をバカにするなんて、男として礼儀がなっていないよ!
多少は、顔が良いかもしれないけど、心は三枚目だ。
「ルイフェちゃん、大丈夫!?」
リオナさんとタチアナさん、それにリリィが心配そうに声をかけてくれる。
「はい、問題ありませんよ。見ての通り、全部、私が倒したので」
「それならいいんだけど……ルイフェちゃんって、強いんだなあ。魔法も使えるなんて、驚きかも」
「ただ、厄介なことになっちまったね……」
タチアナさんが苦い顔をしていた。
「この放蕩息子に手を出したのは、さすがにまずいね。一応、領主の息子だ。なにがあるかわからない……あぁ、咎めてるわけじゃないよ? このバカ息子には、あたしたちもいい加減頭に来ていたからねえ。おじょうちゃんがやらなかったら、あたしたちがやっていたところさ。ただ……どうしたものかね」
「それなら任せてください」
「え?」
「私に考えがあるので」