16話 初めてのお仕事
入口の扉が開いて、設置されているベルがカランカランと音を鳴らした。
「「いらっしゃいませ」」
私とリリィで迎える。
お客さんは二人。
どちらも、冒険者というように剣や鎧を身につけていた。
冒険者!
本の登場人物みたいに、あちこちを旅しているのかな?
未開の地を探索したり、財宝を見つけたり、冒険をしているのかな?
話を聞きたい。
友だちになりたい。
うずうずしちゃうけど……
いけないいけない。
今は仕事中だよ、私。
そういうことは、仕事に慣れて、余裕ができてからにしないと。
「お? なんだ、おじょうちゃんたちは」
「今日から、ここで働くことになったルイフェ、っていいます」
「同じく、リリィです」
「へぇ。マスター、新しい子を雇ったんだ」
後で聞かされた話だけど、タチアナさんは、娘さんのリオナさんも含めて、みんなに『マスター』と呼ばれてるらしい。
なんでも、『マスター』って呼ばれることに憧れて、宿を開業したらしい。
うーん……正直、よくわからない。
私が子供だからなのかな?
大人の世界……人間の常識は難しいね。
「こちらの席へどうぞ」
二人を窓際の席に案内した。
特に指定がない場合は、端から順に案内する……と、説明されたんだ。
「水だ。思う存分に飲むがいい」
「リリィ。言葉遣いに気をつけて」
リリィは、私の友だちとか雇い主とか、自分より上の相手には丁寧語を使うんだけど……
それ以外の『普通の人間』に対しては、ドラゴンらしく、尊大にふるまうんだよね。
そんなことをしていたらトラブルを招きかねないから、こうして、ちょくちょく注意をしているんだ。
「……飲んでください」
「おう、サンキュー」
「ありがとう」
リリィの口調を気にしていないらしく、二人は笑顔だ。
「じゃあ、いつもの頼むわ」
「いつもの……?」
「っと……すまんすまん。おじょうちゃんたちには、いつものじゃわからねえよな」
「ステーキセットとポテトフライ。それとエールの大。僕たちは、いつもその組み合わせを頼んでいるんだ」
「ステーキセット、ポテトフライ、エール大ですね。了解です」
「オーダー!」
リリィが厨房にオーダーを伝えに行った。
他にお客さんはいないし、料理ができるまでの間、特にやることはない。
……ちょっとくらいなら、お話をしてもいいかな?
「お二人は、冒険者なんですか?」
「おう。自分で言うのもなんだが、ベテランだぜ」
「おーっ、すごいですね。今まで、色々な冒険を?」
「そうだな。あちこちを回り、色々な依頼を解決してきたな。けっこう、名は売れていると思うぜ」
「自分で言っちゃいますか、それ」
相方らしい男の人が苦笑した。
「今は、この街に腰を落ち着けているんだよ」
「ここは良い街だからな。永住したいくらいだ」
「なるほどー」
冒険者の人から見ると、ここは良い街らしい。
活気があるし、住んでいる人は明るい顔をしているし……
確かに、その通りなのかもしれない。
クロエちゃんと出会わなかったら、この街に来ることもなかったかも。
改めて、巡り合わせに感謝したい。
神さま、ありがとうございます。
……って、魔王にお祈りされても迷惑かな?
「お二人は、冒険の目的とか夢とかあるんですか?」
「んー、そうだなあ……やっぱり、男として生まれた以上、でっかい夢を持たねえとな! 俺は、いつか魔王を倒してみせるぜ!」
むせた。
「ん? どうした、おじょうちゃん」
「い、いえっ……なんでもありません」
その魔王は目の前にいますよー、なんて言えるわけがない。
「僕は、魔王討伐よりも、ドラゴンを退治してみたいな。伝説のエルダードラゴンを討ち果たすことが夢かな」
もう一回、むせた。
「あれ? どうかしたの?」
「い、いえっ……ホント、なんでもありませんから」
そのエルダードラゴンも、ここで働いていますよー、なんて言えるわけがない。
私たち、思っていたよりも有名なのかな?
「はい、お待たせだ」
リリィが料理を運んできた。
ジュウジュウと焼けるステーキが香ばしい。
「おっ、きたきた! こいつが最高にうまいんだよな」
「えっと、リリィちゃんだっけ? ありがとうね」
「うむ。これくらい、我には造作もないことだ」
リリィ、また口調が元に戻っているし……
カランカラン。
「あっ……いらっしゃいませー」
新しいお客さんがやってきて、私はにっこりと笑顔を浮かべて、接客に向かう。
――――――――――
『白猫亭』は、とても人気があるらしい。
開店当初は、ちらほらと人が入れ替わるくらいだったけど……
お昼時になると、たくさんの人が訪れて、列ができるほどだった。
他の店員さんも加わり、みんなで店を回す。
「いらっしゃいませー。三名さまですね? こちらの席へどうぞ」
「注文のランチセット、3つなのだ」
「おーい。水、くれないか?」
「はーい、ただいまー」
「すいません。追加注文いいですか?」
「うむ。少し待て」
一つの仕事が終わると、すぐに次の仕事が舞い込んできて……
接客をしてる最中も、新しい仕事が飛び込んできて……
い、忙しい……!
やることがたくさんで、てんてこまいだ。
仕事も完全に覚えたわけじゃないから、なおさら大変だ。
目が回りそうなくらいに忙しくて……
仕事をミスしないようにがんばることで、精一杯。
必死についていく。
これ、タチアナさんとリオナさんと、他数名だけで回していたなんて……
すごいなあ。
私だったら、すぐに根をあげていたと思う。
こんなことができるなんて……人間は侮れないね!
「ルイフェちゃん」
わずかに店内が落ち着いた時に、リオナさんにちょいちょいと手招きをされた。
「はい、なんですか? 私、なにかミスしちゃいました……?」
「いやいや、そんなことないって。ルイフェちゃんもリリィちゃんも、初めてとは思えないくらいがんばってくれてる。大助かりだ」
「よかった」
「疲れただろ? リリィちゃんと一緒に休憩に入ってきていいぞ」
「え? でも、まだまだお客さんはたくさんいますよ?」
「大丈夫か?」
「はい。まったく問題ないですよ」
一応、魔王だからね。
体力は自信がある。
「リリィも、問題ないと思いますよ」
「そう? でも、うーん」
リオナさんは、悩ましそうな顔をしてる。
どうしたんだろう?
「あの……なにか問題が? 私たち、やっぱり、ミスしてました?」
「いや。そうじゃないんだ。二人は、ホント、よくやってくれてるぜ。ただ、この時間帯になると、厄介な人が来るかもしれないんだよな」
「厄介な人?」
ガシャーンッ!
厄介な人、というワードに反応するように、グラスが割れる音が響いた。
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