15話 スカウトされました
振り返ると、見知らぬお姉さんがいた。
見た目は……18くらい?
勝ち気な表情が印象的だけど、とても美人さんだ。
ただ、綺麗っていうよりは……女の人にどうかという感想だけど……格好良い。
「えっと……あなたは?」
お姉さんはエプロンをつけていた。
飲食関係の人なのかな?
「突然、悪いね。あたしは、リオナ・ストラスト。そこの『白猫亭』で働いてんだ」
お姉さん……リオナさんが指差した先に、宿屋が見えた。
建物は三階建て。
よくあるタイプで、一階は食事をするところ。
二階、三階に泊まる部屋があるのかな?
「小さき者よ。我が師に何用だ?」
リリィが警戒するように、一歩前に出た。
「小さいって……あたしの方が大きいんだけど?」
「背の問題ではない。力と器の問題だ」
「我が師って、こっちのかわいい子?」
「うむ。我が師は、唯一、我を倒したことのある偉大な方だ。なにしろ、10歳でありながら魔……」
「そ、それでお姉さんは私たちになにか用ですか!?」
リリィが簡単に秘密を暴露しそうになったから、慌てて会話に割り込んだ。
もしかしなくても、リリィって口が軽い?
頭も軽そうだからなあ……
「おじょうちゃんたち、仕事を探してるんでしょ? よかったら、ウチで働かない?」
「ウチって……『白猫亭』で?」
「そそ。ウチは宿だけじゃなくて、食事も提供してんだ。昼は食事、夜は酒、って感じでね。宿の仕事や夜は問題ないんだけど、今、昼の人手が足りないんだよな。で、おじょうちゃんたちに声をかけた、っていうわけさ」
「どうして私たちに?」
「かわいいから」
そんなストレートに言われると、照れちゃう。
「おじょうちゃんたちなら、看板娘になること間違いなし! 売上もアップして、素敵な人材を発掘してきたあたしの給料もアップする! っていう算段だ」
そんなことまで言っちゃうんだ。
ある意味で、とても素直な人だなあ。
でも、こういう人は嫌いじゃない。
「どうだ? 大金、ってわけにはいかないけど、それなりの待遇は約束するぜ」
「うーん……良い話だと思いますけど、普通、もうちょっと考えてから決めません? 出会って一日も経っていない人を雇おうなんて、おかしいような」
「まあ、もっともな話だな。そこは、あたしを信じてもらうしかないけど」
「ふむ」
リオナさんからは悪意を感じない。
純粋に、私たちっていう『看板娘』が欲しいみたいだ。
食事処の仕事なら、私たちにもできると思うし……
仮に、なにか罠が仕掛けられていたとしても、なんとかなると思う。
魔王とドラゴンだからね。
それになにより……
リオナさんに興味がある!
いやいや、変な意味じゃないよ?
友だちになりたいな、っていう方向で、興味があるんだよね。
いきなり話しかけて、ウチで働かない? なんて言える人はなかなかいない。
おもしろい人だ。
そして、おもしろい人は大好きだ。
「リリィはどう思う?」
「我は、ルイフェさまに従うまでです」
もうちょっと自分の意見を口にしてほしいんだけど……
まあ、師弟関係になって間もないし、仕方ないか。
いつか、こういう堅苦しいものじゃなくて、もっと気さくな関係になれるといいけど。
「ひょっとして、リオナさんってそそっかしい人です?」
「え? どうして?」
「だって、私たち、まだ名乗ってませんよ?」
「あー……そういえば、そうだったか。とんでもない逸材を見つけたから、ついつい……って、そう言うってことは?」
「私は、ルイフェ。こっちの子は、リリィ。お世話になりますね」
「うんっ、よろしく!」
――――――――――
リオナさんの案内で、『白猫亭』に入った。
外観のイメージと違い、中はとても広い。
きっと、冒険者向けの宿&食事処なんだろう。
たくさんの人を迎えられるように、たくさんのテーブルが並んでいた。
「マスター! ただいまー」
「やっと帰ってきたのかい、リオナ。買い物に、どれだけ時間をかけるつもりだい?」
奥の厨房から、ふくよかなおばさんが出てきた。
どことなく、リオナさんに顔が似てる。
もしかして……
「あら? そっちの子たちは?」
「そこでスカウトしてきた! 人手、足りないって言ってただろ?」
「確かに足りないけど、無断で勝手なことをするんじゃないよっ」
「あいたっ」
ごつん、とリオナさんの頭にげんこつが落ちた。
うわー、痛そう。
「ごめんなさいね。このバカ娘に、変なこと言われたりしなかった?」
あっ、やっぱり親子なんだ。
顔も似てるし、どことなく性格も似てるし、納得。
「いえ。変なことは……」
出会いを思い返した。
「……ちょっと言われたかも」
「リオナっ!」
「えーっ、そりゃないぜ、ルイフェちゃん」
「ウチの娘が失礼したね。ほら、あんたも頭を下げなさい」
「えっと……ごめんね?」
「いえいえ、別に気にしてないので」
「それよりも、我らは仕事があると聞いて来たのだが?」
「ふむ」
リオナさんのお母さんが、じーっと私たちを見つめた。
値踏みしてるみたいだ。
「ふむ。娘の目は確かみたいだね。良い看板娘になれそうだ」
「ルイフェ、っていいます」
「我はリリィだ」
「あたしは、タチアナ。このバカ娘の母で、この『白猫亭』のマスターさ。二人とも、ウチで働くかい?」
「はいっ、ぜひ!」
「元気がいいね。気に入ったよ。じゃあ、仕事についての話をしようか。店を開けるまで、まだ時間があるから、その間に説明するよ」
「お願いします」
――――――――――
タチアナさんと、仕事の内容、待遇について、色々な話をした。
特に問題なく、スムーズに話がまとまった。
私たちは、昼のランチタイムのお手伝い。
料理はできないから、接客。
注文を聞いたり、メニューを運んだり……このあたりは、以前、読んだ本にそういうシーンが出てきたから、なんとなくわかる。
実践あるのみ。
ちなみに、学校に通うためにお金を稼ぎたいということは話したから、ひとまず、短期間の採用、という形になった。
後に、両者の都合が良ければ長期の採用で、仕事も増える……ということに。
「おーっ、二人ともかわいいな」
リオナさんが笑顔を浮かべる。
「そ、そうですか?」
「このカチューシャ、落ち着かないですね……」
私とリリィは仕事着に着替えた。
フリフリがついたかわいいエプロンと、ネコミミのカチューシャ。
『白猫亭』だから、ということで、このカチューシャをつけるらしい。
でも、リオナさんとタチアナさんはつけていない。
二人曰く、『うちらは厨房担当だから』……らしい。
「いきなり仕事に入ってもらったけど、大丈夫か?」
「はい、問題ありませんよ」
「ふふふ。我の力があれば、人間の仕事など造作もないな」
「人間?」
「あ、なんでもありません。この子、たまに変わったことを言うので、気にしないでください」
「ルイフェさま!?」
ガーン、というような顔をするリリィ。
ショックを受けるなら、正体をバラすようなことを言わないでほしいんだけど……
やっぱり、リリィは脳筋なのかなあ?
わりとひどいことを考える私だった。
「それじゃ、さっき教えた通りに頼んだ。あたしと母さん……マスターは、厨房にいるから。なにかあったら、気軽に呼んでくれ」
「はいっ」
「じゃあ、がんばろうね!」
「「おーっ!」」
人間の国で、初めて体験する仕事……ちょっと楽しみだった。
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