1話 魔王になっちゃいました
「ふぅはーっはっはっはっはっは!!! よくぞ来たな、勇者よっ! 我こそは、魔王ゼノス・マクバーン也! 我が城に足を踏み入れた貴様の勇気、称えてやろう。しかし、魔王である我に戦いを挑むなど、愚の骨頂! 我が手にかかり、地獄で後悔するがいい! 二度と復活できぬように、腸を食らいつくし……」
「お父さん、うるさい」
「お、おう……すまん、娘よ」
ギロリと睨みつけると、お父さんは、勇者が来た時の名乗り文句の練習を止めた。
私のお父さんは魔王だ。魔族の中で一番偉い。
それに、ここは魔王城。お父さんの城だ。
どこで名乗り文句の練習をしても自由なのかもしれないけど……
でも、中庭でのんびりしてる娘の隣で、わーわー騒ぐのは止めてほしい。
私は今、本を読んでいるんです。情操教育の最中なんです。
父親なら、その辺りのことをもっと気遣ってほしい。ホント、ダメなお父さんなんだから。魔王で偉いのかもしれないけど、父親としては0点だよね。
「あ、あのー……我が娘、ルイフェよ?」
「なに、お父さん?」
「全部、口に出ているのだが……ダメとか0点とか……」
「それで?」
「いや、その……そんなこと言われたら、お父さん、傷ついちゃうから止めて欲しいかなー……なんて思うのだが」
「毎日毎日、私の読書の時間を邪魔しなければ、ちょっとは考えてあげる」
そう、お父さんはいつも『こう』なんだ。
静かな場所で私が読書をしていると、なにかしらの手段で邪魔をしてくる。
この前は、『我の超絶すばらしい魔法を見せてやろう!』とか言って、魔法を連発していたっけ。
間違えてお城に誤爆して、四天王のみんなに怒られていた。部下に怒られる上司ってどうなんだろう、って思うよね。
そんな感じで、お父さんはいつも私の読書の邪魔をしてくるんだけど、一応、理由があるらしい。
その理由というのが……
「しかし、娘よ。我は、常々言っているであろう? 人間が書いた、くだらない書物を読むなど時間の無駄でしかない……と」
「くだらなくなんてないよ。人間は、たくさんの物語を書くことができて、どれもすごくおもしろいんだから。それに、読書は子供の情操教育に良いんだよ?」
「読書の有用性は認めなくはないが、人間の本というのは感心しないな。娘よ。お前は、いずれ我の跡を継いで、人間と戦わなければならないのだぞ? 人間の本などを読んでいる時間があるのならば、戦い方などを学んでおいた方がいいぞ」
これだ。
なにかある度に、跡を継げだの魔族らしくあれだの、つまらないことを強要してくる。
確かに、私は魔王の娘だけど、別に私が魔王になる必要はないよね? 世襲制なんて、もう古いんだよ。そういう制度は、組織を腐らせるだけなんだよ? なんで、そのことがわからないかなあ……
ずっと読書ばかりしていたから、そういう知識は持ち合わせているんだよね。
私は魔族で魔王の娘だけど、別に、争いが好きなわけじゃない。
人間も嫌いじゃない。
争ってばかりいないで、仲良くすればいいのに。
どうして、大人はそれができないのかな?
「お父さん。この際だからハッキリ言っておくけど、私、魔王を継ぐつもりなんてないからね?」
「またその話か。ルイフェよ、わがままを言ってくれるな。お前は私の娘だ、魔王の娘だ。ならば、次の魔王になるのが道理というものだろう」
「魔王なんて興味ないから。私は、もっと他のことがしたいの」
「なんだ? 欲しいものでもあるのか?」
「……あるよ」
今まで、お父さんと色々な話をしてきたけど……
私が本当に欲しいものは、一度も口にしていない。
だって、絶対に反対されるから。
「伝説の魔剣か? それとも、禁呪が書かれた魔導書か? なんだ? 我に教えるがいい」
「なんで知りたいの?」
「我は魔王だが、同時に父親でもある。ならば、たまには娘のためになにかしてもいいだろう」
「お父さん……」
いつも魔王になれ、魔族らしくなれ、とか言ってばかりだったけど、そんな風に思ってくれていたなんて……
……これなら、言ってみてもいいかな?
「あ、あのね……」
「うむ」
「私、友だちが欲しいの!」
魔王の娘ということで、私は、魔王城のみんなからとても丁寧に扱われている。それこそ、大切な宝物のように。
お父さんに継ぐ実力者の四天王のみんなも、私を見ると敬礼をして、とても礼儀正しい態度で接してくれる。
でも、それは友だちじゃないよね?
私は、一緒に楽しく遊んで、悩みを打ち明けることができて、時にケンカをして……
そんな『対等』の友だちが欲しいんだ。できれば、同年代。せめて、近い歳で。
今まで、ずっと一人で、読書くらいしかすることがなくて……
だから、友だちが欲しい。
そんな私の願いを、お父さんは……
「ルイフェよ……そのようなくだらぬ願いは捨てろ。魔王とは孤高の存在なのだ。友だちなどを作れば、心が弱くなるだろう。まったく……よもや、そんなつまらぬ夢を抱いていたとは……」
「つまらない……?」
ぷっつーん、と私の中でなにかが切れた。
「その言葉、撤回してっ! 私は、本当に友だちが欲しくて……!」
「だから、そのような存在は不要だと言っているだろうに。なぜわからない?」
「お父さんこそ、なんで私の気持ちをわかってくれないの!?」
魔王の娘ということで、誰も対等に接してくれなくて、いつも一人ぼっちで……私は寂しかった。
だから、友だちが欲しい。
そう思ってきたのに……そんなささやかな想いも否定するなんて……
「もーーーうっ、本当に頭に来たっ! 私の怒りが頂点に達したよっ!!! お父さんっ、決闘だよっ!!!」
――――――――――
古来より、魔族は、揉め事があった場合は決闘で全てを決める、というルールがある。
これは、強い力を持つ者の方が優れているという、魔族特有の価値観によるものだ。
決闘に勝利した者は、敗者になんでも命令できる。敗者は、その命令に逆らうことは決して許されない。これは絶対の掟であり、破ることは、例え魔王といえど許されない。
私は……その決闘を、魔王であるお父さんに申し込んだ。
溜まりに溜まった日頃の鬱憤、おもいきりぶつけてやるんだから!
「おいおい、なんだこの騒ぎは?」
「魔王さまと姫さまが決闘をするんだってよ」
「マジか!? 魔王さまが、姫さまに申し入れたのか?」
「いや、姫さまが申し入れたらしいぜ」
「だからって、受けるか? 普通。魔王さま、大人げないですぜ」
決闘場所の庭に、話を聞きつけた魔族のみんながやってきていた。城の全員が揃っているんじゃないかな? みんな、ヒマなのかな?
「ルイフェよ、本当に決闘をするというのか? 今なら、撤回しても構わぬぞ」
「お父さんこそ、逃げたりしないでよ!」
「ふう……仕方ないな。お前は、我のかわいい娘であるが……時に、厳しく接することも必要、ということなのだろう。我の愛のムチを受けるがいい!」
「いい? 私が勝ったら、私のやることに一切口を出さないこと!」
「我が勝利した場合は、おとなしく魔王の修行に励んでもらうぞ?」
バチバチと、私とお父さんの間で火花が散った。
「えー……では、お二人とも、準備はよろしいですか?」
審判役のアークデーモンさんに、私とお父さんは揃って頷いてみせた。
「では、両者、構えて……ファイトっ!!!」
アークデーモンさんの合図と共に、お父さんは拳に黒い炎をまとわせた。
「ふはははははっ! 行くぞ、我が娘、ルイフェよ! 我は娘が相手だろうと、決して手加減はしない! そう、これは試練なのだ。偉大なる魔王の父の力、思い知るがいい! そして、魔王の娘らしく、悪に染まるのだ!!!」
「えいやっ!」
「ぐるふぉおおおおおあああああああぁぁぁっ!!!!!?」
ぴょんとジャンプをして、平手打ち。
お父さんはヘンテコな悲鳴をあげて、ものすごい勢いで吹き飛んだ。
そのままお城の壁に激突した。
人の形に穴が空いた。
「「「……」」」
みんな唖然としていた。
でも、私はいつも通り、落ち着いていた。
実のところ、私は強い。
歴代の魔王候補の中で、群を抜いて、ぶっちぎりで魔王の才能があるらしい。
それこそ、現魔王であるお父さんを、平手打ち一発で倒せるほどに。
お父さんに、半ば無理矢理戦う訓練をさせられた時に、そのことに気づいたんだよね。
戦う力なんて不要だし、バレたら面倒なことになりそうだから、黙っていたんだけど……
今、初めて役に立ったような気がする。力があってよかった。
「審判さん。これ、決着ついてません?」
「えっ……あ、はい。そ、そうですね……勝者、ひめさ……」
「ま、待てぇーーーいっ!!!」
お父さんが壁から出てきた。
でも、フラフラしていて、今にも倒れてしまいそうだ。
「ふ、ふふふっ……我が娘よ。なかなか、や、やるではないか……見事也。しかし、我は魔王! 全ての魔族の頂点に立つ者也! いずれ、この座はお前に継いでもらうが、それは今ではない! 我が本当の力、思い知るが……」
「ていやっ!」
「でゅふはぁあああああああああああああぁぁぁっ!!!!!?」
もう一度、ジャンプをして……ジャンプをしないと、体格差があって攻撃が届かないんだよね……チョップ。
お父さんは、文字通り、地面にめり込んだ。
「勝者、姫さまっ!!!」
アークデーモンさんは、今度は迷うことなく、私の名前を勝者として告げた。
「うっ、ぐぐぐぐぐ……娘よ、いつの間に、このような力を……」
お父さんが、地面からすぽんっと顔を引っこ抜いた。
「約束だからね? 今後一切、私のやることに口を出さないでっ」
「し、しかしだな……」
「魔王とあろう人が、決闘のルールを破るの?」
「むぐぐぐ……」
お父さんは、すごく悔しそうにして……
審判のアークデーモンさんに抗議する。
「おいっ! 今のは練習試合だっ、そうだな!?」
「えっ? いや、しかし……」
「誰がなんて言おうと、今のは練習試合だ! よって、勝者のルールも敗者のルールも適用されない! そうだな!?」
うわ……大人げない。
怒るを通り越して、呆れちゃうよ。
もう一発、いっておくかな?
「あ・な・た」
「はぐぅうううううっ!!!?」
バシィッ! と、天から雷が落ちて、お父さんを直撃した。
魔法だ。
その使い手は……
「お母さん!?」
シルフィール・マクバーン。
天使のような翼が生えていて……実際は天使じゃなくて、堕天使らしい……とても綺麗な女の人。
名前からわかると思うけど、私のお母さんだ。
つまり、魔王の奥さん。この魔王城で、二番目に偉い人。
いつものように、ニコニコと笑顔を浮かべている。
笑っているんだけど……
私にはわかる。
お母さん、怒っているよ……
周囲の魔族のみんなは、ガクガクと震えている。
怒ったお母さんは、ホントに怖いからね……うん、よくわかるよ。
私も、いたずらをして怒られた時は……やめよ。トラウマをわざわざ思い出すことないよね。
「あなた、これはどういうことかしら?」
「あっ、いや、その……こ、これは違うんだ! 我は、ルイフェの教育のために……」
「ルイフェちゃんのささやかなお願いを『くだらない』と一蹴して、力づくで言うことを聞かせようとして、挙句、決闘に負けたらなかったことにしようとして……どういうことなのかしら?」
訂正。
一番偉いのはお父さんって言ったけど、本当はお母さんかもしれない。
「ルイフェちゃんは魔王の娘。そのことは私も理解しているわ。だから、あなたの教育に口を挟むことはしなかったけれど……こんなに見苦しい真似をするなんて……どうやら、私が間違っていたみたいね」
「ち、違うぞ! これは、我の崇高な考えのもとに……ぎゃあああああっ!?」
おしおきという名のお母さんの魔法が炸裂して、お父さんは黒焦げになった。
文字通り、黒焦げになった。
「ルイフェちゃん……ごめんね」
「お母さん?」
そっと、優しく抱きしめられた。
「私たちのせいで、今まで辛い思いをさせて……言い訳になってしまうけれど、そんなつもりはなかったの。ルイフェちゃんのためを考えていたの」
「……うん。わかっているよ、お母さん」
「もう我慢する必要はないわ。これからは、次の魔王として、ルイフェちゃんの好きなようにしなさい」
「うん……うん?」
今、なんて?
「えっと……お母さん? 次の魔王って、どういうこと?」
「あら? 知らないの? 魔王と決闘する時は、ルールが一つ追加されるのよ」
「……それは、もしかして」
「『魔王に勝利した場合、その者が次の魔王となる』……それが、追加されるルールよ」
「やっぱり!?」
イヤな予感が的中しちゃった!
「わ、私は魔王になるつもりなんてないよ!?」
「んー……でも、ルイフェちゃんはお父さんに勝ったから。それに、ルイフェちゃんの力を見た今、誰も反対する人はいないと思うし」
周りの魔族のみんなが、コクコクと揃って頷いた。
しまったぁーーー!!!?
力を見せつけたせいで、こんなことになるなんて!
慌てて、混乱する私に、お母さんは優しく言う。
「あのね、ルイフェちゃん。私は、なにも、お父さんのようになれ、なんて言うつもりはないわ」
「ふぇ?」
「ルイフェちゃんの好きにしていいの。ルイフェちゃんらしい魔王になればいいの」
「私らしい……私の好きに……」
「お母さんに聞かせて? これから、ルイフェちゃんはどうしたい? なにをする?」
「私は……」
一歩、前に出る。
そして、お母さんに……みんなに聞かせるように、大きな声で宣言する。
「私は……魔王になるけど、世界征服なんてしないよ! 人間の友だちを作るっ!!!」