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あまもり君の怠惰な異世界奇譚  作者: 夜のトビウオ
第一章 彼が見た世界
5/5

第一章3  『グレート・エスケープ』

☆☆☆☆


 まずは状況の整理から始めよう。


 俺を中心として円を描くように兵士が20人余り。俺の正面に少し離れてリザードマンが一人(?)。俺は首に得物を突き付けられていて、ロクに身動きが取れない状態。

 うん、絵にかいたような絶体絶命だ。


 さて、俺はこんな状況からこいつらに特攻をかまそうと思う。

 もちろん特攻と言っても、馬鹿正直に真正面から突っ込んでいくわけじゃない。当たり前だ。そんな100%返り討ちに遭うことが分かっておきながら、それに命を懸けるほど俺は勇猛でも馬鹿でもない。


 だからせめて、この特攻を「自殺行為」から「一か八か」くらいの成功率にはもっていきたい。そのために、事前にコイツらの包囲の『隙』を見つけるぐらいのことはしておくべきだ。


 隙か……。

 ………………………………………………………。


 全ッ然見当たらないな……。

 なんなんだこいつら、どいつもこいつも殺気立ってて、油断も隙も慢心も微塵も感じられない。

 

 いや、発想を変えよう。

 なければ作り出せばいい。こいつらが俺の脱出を許してしまう程の隙を俺自身が作るんだ。

 

 うーん、泣き落としでもして油断を誘うか?

 ……ハッ、そんなお優しい連中なわけがないか。

 

 考えろ。考えるんだ。

 

 戦闘

 もちろん却下。


 弁明

 さっきやった。


 命乞い

 望み薄。


 交渉

 交渉材料が何もない。少なくとも残りの時間で見つけるのは無理。


 えーっと他、他に何か策は……!

 くそっ駄目だ……! 考えれば考えるほどこの状況が詰んでるように思えてくる……!

 もう時間もない。

 せめてこいつらがナメてかかってきてくれてたら、まだやりようはあったんだが……。


 ……。


 ………………。


 …………………………………………あれ?



 ――そもそも、なんでコイツらは俺を『ナメてない』んだっけ?



 こいつらの目……。

 相変わらず俺への憎しみに満ちた強い目だ。


 でも、なんなんだこの余裕のなさは。

 いくらなんでもこの敵意は常軌を逸している。逸し過ぎている。


 誰がどう見たって優位に立ってるのはそっちだろ?

 俺みたいなガキひとり、この戦力の前じゃ虫ケラ同然だ。

 ……なのに、なんでだ? なんでこいつらはこんな顔をしているんだ? 


 なんで……圧倒的優位のお前らがそんなに『必死』になってるんだよ……?


 よく見りゃこの状況自体おかしなことだらけだ。

 俺ひとりにこの大所帯。これだけの武器に防具。オーバーキルにも程があるだろ? こいつらが俺にそこまでしなきゃいけない理由……それは――

 

 「死ぬ覚悟はできたか?」


 俺の思考を遮るように飛んできた声。

 リュークだ。

 どうやらタイムアップの時間が来たらしい。


 いきなり黙りこくった俺を見て、彼も少しは逡巡したんだろうか。

 おかげでその間に俺も一つの「仮説」を立てることができた。まあ、あくまで推測にすぎないが、もうコレに賭けるしかない。


 よし……!やるか『脅迫』……!



☆☆☆☆



 真上から太陽の熱線が降り注ぐ。

 うだるような暑さの中、ここにいる全員が俺の返答を待っていた。

 

 俺は意を決して、自分の生死を賭けた言葉を腹の底からしぼりだした。


「……ふ、フハハハハ アッハッハッハッハ!!!」


「!?」


 殺伐とした空気に場違いな声が響く。


 刃で描かれた円。

 取り囲む屈強な肉体をした男たちは皆、敵。

 まさに絶体絶命。

 その中心にいて、俺は笑った。

 眉を八の字に引き寄せ、唇の端を吊り上げて、文字通り腹を抱えて、この状況が楽しくてしょうがないというように。


「なっ、なっ……」


「なッ、なにがおかしいッ!!!」

「貴様ァ、俺たちを舐めているのか!?」

「殺ってやる!殺ってやるぞぉ!」


 一拍の空白を置いて、兵士たちは激昂した。

 割れんばかりの怒号が飛び交う。

 兵士たちは額に青筋を浮かべ、唾を飛ばし、自分たちの怒りを言葉に載せて俺にぶつけている。


 この瞬間、俺の疑惑は確信へと変わった。


 先ほど俺がとった凶行。

 敵陣のど真ん中で大爆笑するという自殺行為以外の何物でもないこの行為。

 豪胆な豪傑がやるならいざ知らず、俺みたいな雑魚やった場合、普通なら周囲は「こいつは死への恐怖で気でも触れたのだ」と一笑にふすところだろう。しかし、この兵士たちの反応は違った。怒ったのだ。どう見ても格下の俺に対して。


 周囲にいる兵士たちの顔を伺う。

 皆怒りを露わにしているものの、その表情はどこか余裕がない。


 違う。

 強者は弱者に対してそんな顔はしない。

 長い間、クラスという狭い檻の中でスクールカーストなんてものを見せられてきた俺だから分かる。強者っていう奴は格下が何しようが余裕たっぷりの表情で見下しているものだ。

 決して、この兵士たちのように「必死」になったりはしない。


「お前ら……ほんとは俺が怖いんだろ?」

 

 兵士たちの動きが止まった。

 さっきまでの騒ぎが嘘のように、辺りを静寂が支配する。


 とどのつまり、最初からこいつらは俺が怖くて怖くてしょうがなかったのだ。

 正確にいうと「魔王の眷属かもしれない俺」が。

 だからこいつらは俺への恐怖心を強大な「戦力」で紛らわせ、過剰な「敵意」で隠し、戦士の仮面の奥に封じ込めたというわけだ。

 まあ、隠れ蓑が大きすぎて逆に俺に勘づかせてしまったというのだから皮肉なものだが……。


 口にしてしまえば、なんとも肩透かしを食らってしまいそうなオチ。

 そこにたどり着くまでの推理も、結局は俺が歩んできた負け犬人生からの勘だというのだからひどいものだ。


 だけど良かった。

 これで俺の前に「一か八か」へと続く道が見えた。

  

「いやぁ、気張ってるお前らを見てたら思わず笑っちまったよ で、お前らはこれっぽっちの戦力で俺をどうにかするつもりなのか?」


 ここからはハッタリだ。

 こいつらの恐怖を煽りに煽って、包囲の突破口を拓く。

 

「それはどういう意味だ……!?」


 リュークが口を開く。

 やはり副隊長とだけあって一人だけ落ち着きが違う。だが彼も少なからず動揺はしているようで、先ほどまでの険が鳴りを潜めている。


「彼のお方のため、ここは大人しくしとこうと思ってたんだが……。お前らはどーしても俺を殺したいみたいだからなぁ…… こうなったらもう……しょうがねえよなぁ?」


「ぐっ、やはり貴様魔王の――」


「一瞬だッ!!!」


 俺が声を荒げると、リザードマンは身を強張らせた。

 面白いくらいに揺すられている。

 このペース絶対に逃すわけにはいかない。


「お前らがその刃を俺に喰いこませるより早く!俺はお前らを皆殺しにする!」


 ここからが二回目の大博打だ。

 こいつらが丸腰の俺への警戒を緩めない理由。

 それはこの状況をひっくり返す『力』を『こいつら』が『知っている』からだ。

 魔王、リザードマンがいるのなら、アレがこの世界にあっても不思議じゃない。

  

 この状況をもひっ繰り返す超常の力――『魔法』が


 バッ!と勢いよく俺は右手を天にかざす。

 兵士たちの体が恐怖に震える。

 その顔は今にも泣きだしてしまいそうだ。

 この時点ですでに彼らの闘争心は完全に折られているようだった。


「喰らぇええええええええ!」


「や、やめろぉッ……!」


 もちろん、この世界に魔法があったとして、俺がその術を知ってるワケがない。

 だから俺は自分がこれまで二次元で得てきた知識を総動員して、その中から最も「強そうな技名」を選び、力の限り叫んだ。



「『バベ●ガ・グラ●ドォォォォン』!!!!!!」


「……!!!」


 俺の水平線まで届きそうな大音声。

 リザードマンを含め、兵士たちは体が硬直して動けない。

 

 そしてこの瞬間――、

 決定的な『隙』が生まれた。

 

 俺は瞬時に動き出し、右手で自分を取り囲む刃、その一か所を強引に薙ぎ払う。

 払った右手からは鮮血が噴き出す。


「なっ……!?」


 コンマ数秒遅れて、兵士たちは正気を取り戻したが、もう遅い。

 槍を払った勢いそのまま、俺は一部の兵士たちの足元めがけてスライディングした。

 甲冑の構造上、真下は完全な死角になっているため、兵士たちは自分の真下に滑り込んだ俺を上手く捕捉することができない。

 

「悪いな!俺はここで死んでやることはできないんでね!」


「ぐっ、こいつ足元をちょこまかと……!」


「俺は逃げて逃げて逃げ延びて――」


 粗い地面に身をこすりつけ、硬い甲冑の隙間に身をめり込ませている俺の体はすでにズタボロだ。そこに直撃ではないにしろ、槍の切っ先が身を削いでいく。学ランの下はすでに悲惨な状態だ。

 こんなズタボロの格好で、ゴキブリのように地面を這いながら威勢を張っても何もキマらない。ただただ無様だ。

 それでも俺は自分の決意を力いっぱいに叫んだ。

 

「この異世界を脱出する!!!」


 言い終わると同時に、体が軽くなる。

 さっきまで体をギュウギュウに締め付けていた閉塞感がなくなったのだ。

 目の前にはもう誰もいない。石畳の地面と石材でできた建物だけが続いている。

 そう、俺は包囲を――


「抜けたぜこんちくしょぉぉぉ!」


 足に力を込めて、思いっきり地面を踏みつけた。

 起き上がるのと同時に、体が自然と前へと走り出す。


今度は道を遮る者はいない。

 トップスピードに乗った俺は石畳でできた路地をひたすらに駆け抜ける。

 道は長く、奥はゆるやかにカーブしているため、どこに通じているのか見当もつかないが、とにかく今は兵士たちから離れたい。


 方角はさっき逃げ損ねた時と一緒――、つまりリザードマンがいる方向とは真逆だ。


「お、追えぇー! 逃がすなぁー!」


 後方でリザードマンの怒号が聴こえる。

 振り返ると、兵士たちは俺の後方70~80m付近でモタついていた。案の定、甲冑を身につけているせいで足取りが重い。


 彼らがもっと軽装だったら、俺なんかに包囲を抜けられることも、こんな醜態を晒すこともなかったはずだ。ここでも俺への警戒心が仇になった。


 もうすでに俺と兵士たちの距離は200mになろうかとしている。懸念していたリザードマンの身体能力もそこまでのものではないようだ。


「よし!これなら――


 ドッガァァァ!

 突然、轟音と共に俺の目の前の地面が抉れた。


 俺は宙に浮いていた。

 凄まじい衝撃波に吹っ飛ばされたのだと気づいたのは、そこから数拍置いてからだった。


 「ぐぁぁっ!」


 受け身など取る余裕もなく、乱暴に地面に叩きつけられる。

 背中に鈍い痛みを負いつつも、俺は地面を抉ったモノの正体を見た。


 「こ、氷……?」


 砲丸のような形をした氷塊。

 直径が俺の身の丈程にもなろうかというそれは、俺の後方から飛来して、硬い地面を抉り、俺を紙きれのように吹き飛ばした。


 もし、俺がもう少し前進していたなら、飛び散る破片の中に俺の臓物も含まれていたことだろう。

 そう考えると、吹き飛ばされただけで済んだのは幸運だったといえるかもしれない。


 しかし、なんなんだこれは。

 でっかい雹が降ってきた?いやいやまさか……。

 

 後方を振り返ると答えはそこにあった。


 リザードマンの頭上にこれと同じ大きさの氷が浮かんでいたのだ。

 リザードマンは両手を天に掲げ、ここからは遠くて聴こえないが何か呪文のようなものを唱えている。


 「あー、ご本人登場ってわけね……」


 自分がさっき使ったハッタリとは違う。

 正真正銘、本物の魔法の登場だ。


 ここからが第2ラウンド。

 捕まったら即死の鬼ごっこが始まった。




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