第一章2 『召喚』
――異世界召喚。
自分でも馬鹿なことを言っていると思う。
いくら俺が現実逃避願望ありありの中二病患者だからといって、異世界召喚などという非科学的現象が現実世界に起こるわけがないなんてこと百も承知だ。
しかし、リザードマンなんて超常の生物を目の前にしてすっとぼけてもられないだろう。
で、とりあえずここが異世界だとして、なんで俺はこんなことになっているのだろうか。
今現在、俺は武装した男たちに包囲されている。
男たちは皆西洋の甲冑を着込んでおり、その姿はまさに「中世の騎士」という感じだ。
俺の喉元半径30センチには、こいつらが突き出した槍の切っ先が所狭しと並んでおり、もし俺が怪しい行動をとった場合、この刃の群れが一斉に襲い掛かってくることは想像に難くない。
本来、異世界召喚されたとあらば、今すぐにでも駆け出して、夢のファンタジーライフを満喫するとこだが、この緊迫した状況の中ではそれも叶わない。それどころか、得物を握る者たちから立ち昇る並々ならぬ敵意は、今すぐにでも俺を串刺しにしてしまいそうだ。
包囲されて数分後。
満を持して、この一団の長らしき存在のリザードマンが、数歩こちらに近寄り口を開いた。
「今から貴様を拘束・連行する! これに抵抗すれば即刻、その首を叩き斬る!」
…………………………。
いやいやいやちょっと待てちょっと待て。
状況から察して絶対物騒なこと言うだろうとは思っていたが、連行ときたか。
しかも抵抗するなら殺人すらいとわない、と。
「え、えーと いくつか質問してもいいですかね……?」
「ならん!」
即答だった。
このままでは俺の異世界生活一発目はムショ暮らしになりそうだ。
念願の異世界に来たというのにそれはあんまりすぎるだろ。
「いや、俺もいきなり連行だ、叩き斬るだなんだ言われて混乱してるんですよ……!せ、せめて貴方たちが何者かだけでも教えてくれませんか?」
できるだけ相手の神経を逆なでしないよう慎重に言葉を重ねる。
声を荒げて反論したって今の立場をより悪くするだけだ。
まあ、単純にビビっているのもあるが……。
とにかく。
何より今は情報が欲しい。
「……我々はアスガルド聖王国に仕える兵士団の一隊で、私は隊の副長を任されている、名をリュークという者だ」
渋々といった感じでリザードマン――リュークは答えた。
話によると、リュークは今自分を取り囲んでいる連中よりは格上らしい。
一人だけ甲冑が派手なのもそれで合点がいく。
それにしてもアスガルド聖王国か……。
聞いたことのない国名だ。
やはりここは異世界で、アスガルド聖王国とはここに存在する数ある国の一つなのだろう。
よく見るとこの男たちが身に着けている甲冑の肩部分には、この国を象徴する紋章らしきものが刻まれてあった。アイロンのような形をした赤色のエスカッシャンに、翼を広げた金色の鳥が彫ってある。
国章にしてはいささか威圧的過ぎるようにも思えるが、異世界基準だとこれが普通なのだろうか。
「で、そのアスガルド聖王国に仕える兵士様が一体俺に何の御用でしょうか? …あ!白昼堂々公道で爆睡してたことでしたら、それには深い理由がありまして――
「……とぼけるな」
「え?」
リュークは忌々しそうに眉をひそめ、より一層強い目つきで俺を睨みつけた。
「『異界侵犯』……。 魔王の眷属がこの地に一体何の用だ!」
「え??」
リュークの剣幕に気圧されたせいだろうか。
直後、口を衝いて出てしまった言葉を、その軽率さを、俺はのちに後悔することとなる。
「異界侵犯って……俺が異世界から来たってこと知ってるんですか?」
その瞬間、明らかに場を包む空気が変わった。
より冷たく、より殺伐としたものへと変化したのだ。
俺はそれを肌で感じ取り、そこで初めて己が大きな過ちを犯してしまったことに気づいた。
だがもう全てが遅い。
「……先刻、巫女様からお告げがあった。『黒髪の男、黒の衣を纏いて異界よりバルバの地に降り立たん』とな。バルバとはこの都市の名だ。そうか、やはりお前が……」
リュークの黄色い双眸が、何かを決したかのように細く狭められる。その表情は今まで「警戒」に留められていたこちらに対する認識が、明確な「敵」へと移行したことを示していた。
その表情に俺は本能的に恐怖した。
今までの人生でこれほどの敵意――いや殺意を向けられたことがあっただろうか。
「連行するのはやめだ」
リュークの声が街に響く。
安堵はしなかった。次に続く言葉が容易に想像できたからだ。
「貴様はここで殺す」
※※※※※※※※※※※※※※
――首筋に突き付けられた刃物。その切っ先が怪しく揺れる。
殺す。
雨守テルマとして生きてきた16年の内、一体どれだけこの言葉を聞いてきただろうか。些細な喧嘩で、下らない冗談で、あるいはテレビドラマかなにかで日常的に耳にするこの言葉。
しかし今まで聞いたどれも、俺の心をここまで揺さぶったことはない。
「こ、殺すって……」
恐怖で奥歯が鳴りそうになるのをなんとか堪え、俺は弁明する。
「待て待て待ってくれ! 異世界から来たって言っても、それは俺の意思じゃないんだ! 気絶して、目が覚めたらいきなりこの世界に飛ばされてたんだよ!」
「では、異界から来たというのは認めるんだな?」
「それは……み、認める……。けど、アンタら俺がいた世界を魔界かなんかだと勘違いしてるんじゃないか? 俺は魔王なんて知らないし、もちろんアンタらになにか危害を加えるつもりもない!」
「フン、それを我々に信じろと? 貴様の恰好……魔王への忠誠を示す色である『黒』を全身にあしらったその姿で何をのたまうか!」
えっ?
いやいやいや、「黒を全身にあしらった姿」って、これ学ランなんですけど……?
何?この世界って「黒色」NGなの?
「いや、これはだな、俺らの世界じゃ若者しか着ることが許されない特殊アイテムで――」
「言い訳は不要だ!己の身が潔白であると言うのなら、確固たる証拠をこの場で提示してみせるがいい それができないというのなら即刻、我らは貴様の首を刎ねるまでだ!」
言葉を失う。
なんだこの魔女裁判は。俺が処刑されることを前提に全てが進行していく。
断頭台へ続く道を真っすぐ歩かされているような気分だ。
証拠だって?
そんなものないに決まってるじゃないか。
いや――仮にあったとしても、こいつらは難癖つけて結局は俺を殺すだろう。向けられた殺意から、ここに充満している空気から、それが分かる。分かってしまう。
全裸になって土下座でもすれば見逃してくれる、なんて甘い考えも通じないだろう。
「お前がどういう経緯でこの世界に来たのかは知らん。だが、貴様が異界から来た人間で、魔王の眷属でないと己の身の潔白を証明できない以上、ここで貴様を見逃すわけにはいかんのだ」
絶望する俺をよそにリュークは死刑宣告とも取れる言葉を告げる。
もうこれはどうしようもない。
弁明や交渉なんて小手先のやり方ではこの窮地を脱することはできない。
体中の力が抜けていくような感覚に襲われながら、俺はそう悟る。
こうして、俺に残された手札は『逃走』という原始的なものただ一つを残して、全て消滅してしまった。
逃走か……。
先ほどは待ち伏せをくらい逃げ損なってしまったが、足の速さにはそこそこの自信がある。それにリュークを含め、兵士たちは皆、重そうな甲冑を装備していることだし、そのハンデがあればこいつらから逃げ切れる可能性もあるんじゃないか?
……いやでも、やっぱ無理だな。
現在、丸腰の俺一人に対し、武装した兵士20人超が取り囲むように陣を構えている。
逃げるためにはどうしてもこの包囲を突破しなければならないわけだが……。
うん、無理だ。戦力差が絶望的すぎる。
包囲の突破だなんて、そんなの冗談にもなってない。それこそ自殺じゃないか。
頬を撫でる汗がやけに冷たく感じる。
呼吸はしているが、酸素をきちんと体内に取り込めている気がしない。
――怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
「死」を自覚した途端、今まで抑えた恐怖が一気に押し寄せてきた。
手の震えが止まらない。心臓が締め付けられる。呼吸が浅い。
失意と絶望の奔流に、今にも発狂してしまいそうだ。
こういう時、俺が好きな物語の主人公ならば大胆不敵に笑うのだろう。
眠っていた力を覚醒させるとか、隠し持っていた奥の手を使ったりとかして、颯爽とピンチを切り抜けていくんだ。
それに比べて俺はどこまでいっても凡人。有象無象。その他大勢のエトセトラ。
異世界召喚なんてトンデモに巻き込まれたところで、やっぱりゴミみたいに死んでいく。
そうさ、どうせ俺なんて――
『アマモリってさーwww』
アマモリ?
ああ、俺の名前か。
あれ、なんで急に俺は『アイツ』のことを思い出してるんだ?
事あるごとに俺を小馬鹿にしてきたクラスメイト。
アイツが俺をからかう時によくしていた悪戯っぽい笑顔を、何の脈絡もなく、俺は思い出している。
なんでだろう。
アイツとは付き合っていたというわけでも、別段仲が良かったわけでもない。
でもなぜか今、俺は無性にアイツに会いたい。
そうか……。
もしここで死んだら俺は、もう二度とアイツに馬鹿にされることもないのか……。
……いや、別に俺Mじゃないんだけどね?
Mじゃないんだけど――
それはちょっと嫌だなぁ……。
……ハッ、どうせこのまま殺されるんだ。
最期に少しくらいあがいてみようか。
――手の震えは止まっていた。




