雲量
雲がたくさん浮かんでいる。八割は占めているか。しかし、その日は晴れだった。
どんよりとした晴れの日の空を、一匹のカラスが横切った。
黒い服を着た人がたくさん家に来た。皆泣いている。
「まさか、あの人が亡くなってしまうなんて……」
猫には話の意味がわからなかった。
「新婚だったのに、奥さんこれからどうするの?」
「さあ。でも、あまり社会経験がないんでしょう? 再就職とか無理でしょ」
女性たちはとある人を見て言った。「オクサン」とはあの人のことか、と猫は察した。
「オクサン」は部屋の隅のほうで泣いている。何のために泣いているのかはわからない。どうもあの人の顔を見ると腹が減る。猫は、餌を貰おうと近づいた。
「何よ。不吉な体の色させて」
「オクサン」は猫を睨んだ。猫は構わず、餌を貰いたいがために擦り寄った。
「あんたがどれだけ私のこと好きでもね、私はあんたのこと嫌いなのよ。今までは、あの人があんたのこと大好きだったから何も言わなかったけど、あんたは黒い体をしてるのよ。存在するだけで、人から嫌われるのよ。」
「オクサン」は泣き腫らした目を充血させながら言った。余程我慢していたらしい。それだけは猫にもわかった。
突然体が浮いた。猫は暴れた。
「あら、どうしたの。猫ちゃん嫌がってるじゃないの」
「じゃれてるだけですよ、お義母様」
「オクサン」は気持ち悪い薄ら笑いを顔に貼り付けながら、猫を裏庭へ連れて行った。
前に餌皿が差し出された。キャットフードがこんもりと積み上げられている。猫は勢いよく顔を突っ込んだ。普段はあまり出されない、高めのキャットフードの味がした。
「いやらしいわね。それぐらいじゃないとこれから生きていけないでしょうけど」
「オクサン」は腕を組んで猫を見下ろしていた。目には蔑みの色が含まれている。
猫が全てのキャットフードを食べ終えると、「オクサン」は笑った。
「これでやっとあんたとおさらばできるわ。最後にいいキャットフード食べさせてやったんだから、感謝しなさいよね」
「オクサン」は他に飼っている犬を連れて来た。猫と犬は、双方睨み合った。仲はよくない。
「あんたの毛並みは黒い。不吉の象徴。だからあの人は死んだ。あんたに殺された。全部あんたのせい。あんたのせいで、私の金は、身分は、なくなりそうなのよ! 全部その毛並みのせい」
「オクサン」は何かに取り憑かれたかのようにブツブツと呟いた。そして犬のリードを引っ張った。犬が吠える。猫は追い出されるように塀を飛び越えていった。
「何やってるの? あれ、猫ちゃんはどこ?」
「どっか行っちゃいました。そのうち出て来ますよ。行きましょう、お義母様」
目の前におやつの家がある。しかし、ゴキブリはそれが罠だということを知っていた。
ゴキブリは不本意ながらそれを無視し、台所へ行った。カサカサと音が立つ。
台所へ着いたところで、ゴキブリは餌を探した。人間は寝静まっている。ゴキブリは悠々と餌を探した。他にゴキブリはいないようだ。これは餌がたくさんあるぞ、とゴキブリは口を緩ませた。
目が眩んだ。
「何かゴキブリがいる気がする」
「いるわけないだろ。ほら、ゴキブリホイホイも置いてあるし、大丈夫だろ」
人間か。ゴキブリはダルそうに口を開け閉めした。要はいることが人間にバレなければいい。ゴキブリは壁と棚の隙間に入り込んで息を潜めた。
「そうやって安心してるとゴキブリが住みつくのよ。ちゃんと探しましょ。ほら、こことか、あそことかに隠れてるかも」
女はそう言ってあちこちを覗き込んでいる。まずい、このままでは時間の問題だ。ゴキブリは命の危険を悟り焦った。動くか、動かないか。
結局は動かないことに決めた。
「そんな躍起になって探さなくてもいいだろ」
「ここが最後ね」
女はそう言ってこちらへ迫って来た。大丈夫だ、バレはしないはずだ。バレないように脚を縮こまらせようとした。脚と脚が触れ合えば音が立つ。触れさせないように細心の注意を払った。が、無理だった。微かな音がした。
「何か音がしたわ」
女はこんな微かな音を捕らえたらしい。
存在がバレたなら何か行動を起こさなければ。焦ってよく考えないまま、隙間の外へ出た。
「キャー!」
女が叫んだ。ゴキブリは外へ向かった。しかし人間は足が早い。男が蠅叩きを片手に走って来た。
バチン! 視界全体が蠅叩きで埋め尽くされた。しかしゴキブリは潰されていない。
バチン! 今度は左。バチン! 今度は右だ。
ゴキブリは、今ほど飛べたらいいのにと思ったときはなかった。羽があればいいのに。そんなことを考えながら部屋のドアへ向かった。男はまだ追いかけて来る。
影が迫って来る。ゴキブリの丁度真上だった。
バチン! 男はニヤリと笑った。ゴキブリもニヤリと笑った。男の足元を、女の顔の近くをゴキブリが通り抜けた。
「うわ! 飛んだぞ、このゴキブリ!」
「キャー!」
ゴキブリは開いている窓を目指した。何だ、飛べるのか。
ゴキブリは窓の縁に捕まった。再び羽を広げる。歓喜の余り口をパクパクさせた。生き残ったんだ。人間に勝ったんだ。ゴキブリはカサッという音を残して夜の暗闇に溶けた。
「何でゴキブリってあんなに醜いのかしら。気持ち悪い」
「ゴキブリは存在するだけで嫌われるからな。しょうがないんだよ」
緑のネットが袋に掛けられている。こんなもので除けられるとでも思っているのか。人間は愚かなものだ。カラスは鳴いた。
近くの窓が開いた。
「またカラス!」
女は憎たらしげに呟いて窓を閉めた。
カラスはくちばしでネットを突いた。ネットを挟み、羽を広げた。
袋が露わになった。カラスはくちばしで袋を裂いた。まだ腐ってはいない。カラスは顔を袋に突っ込んだ。
いろいろなものが混じった臭いがする。餌の匂いだ、とカラスは思った。
「また掃除しなきゃいけないじゃないの。何で私が燃えるゴミの日の掃除当番なのよ、まったく……」
一通り食い散らかしたカラスは鳴いた。その後女を見た。女は目を逸らした。
カラスは飛び立った。ゴミ捨て場には、黒い羽が落ちている。
「見てるだけでムカつくわ。あのカラス、してやったりって顔してたもの。カラスって害悪ね」
ネコが喧嘩している。カラスが遠くのほうで鳴いている。隣にはゴキブリがいる。カサカサッと音がした。少女は目だけをギロッと動かす。手を伸ばしてゴキブリを掴んだ。ゴキブリは足をモゾモゾさせている。背中の切れ目は開かない。
少女は大きく口を開けた。ゴキブリを口に放り込む。すかさず噛み潰した。後は咀嚼して飲み込んだ。
少女は横になった。脚に繋がった鎖がジャラッと音を立てた。
「飯だ。起きろ」
ゆっくりと目を開け、男を見つめる。膳に載っているものは少ないし、質素だった。
少女は手を伸ばし、カピカピに乾いたパンを掴んだ。少女は眉間に皺を寄せて辺りを見回した。虫はいない。
コップを手に取り液体を口に入れる。これは美味しかった。
男はどこかへ行った。また辺りを見回すが、虫はいない。少女は溜め息をつき、また横になった。
少女は目を覚ました。
大きな蜘蛛が壁を上っている。少女は立ち上がって手を伸ばしたが、届かない。
蜘蛛が窓のほうへ向かった。少女は壁を上ろうとしたが、鎖が邪魔だった。息を荒げながら鎖を引っ張る。十五年間生活を共にした鉄の鎖はボロッっと千切れた。少女は窓のほうへ振り返り蜘蛛を見た。まだいる。少女は壁を上った。ボコボコな壁は上りやすかった。
月の光が少女の目を刺した。初めて感じる、眩しいという感覚。少女はしばらく目を瞑った後、再び目を開けた。
眼前には見たことのない光景が広がっていた。こんなに綺麗な音を聞いたのも初めてだった。月明かりに照らされ、緑に輝いている一帯。猫が喧嘩する声、カエルが鳴く声。いろいろな音が聞こえて耳が痛い。
蜘蛛が外に出てしまった。追いかけなければ。少女は脚を窓からそーっと出し、外へ出た。
風が少女の顔を撫でる。とても気持ちがよかった。
蜘蛛は地面に着いた直後だった。少女は蜘蛛を食べた。
村人が少女の脱走に気づいた様子はない。少女は新たな食べ物を探し、静かなほうへ歩いて行った。
前方に白いものが見える。ブロロロとエンジンが蒸かされる音がした。
男がそれに乗り込んだ。服装が村人のそれと違う。この人は村人ではない。少女は微笑んだ。
白いものは村人も持っている。確か「ケイトラ」と言っていた。「ケイトラ」の後方は荷物を置くスペースか。しかし何も置かれていない。少女は乗り込んだ。
そのまま待っていると「ケイトラ」は走り出した。周りの景色が信じられないほど早く動いた。
山と田畑しかない景色から、段々と高い建物がそびえる景色になった。人は見えない。
そのうち「ケイトラ」が道の脇に止まった。男が「ケイトラ」から出て来る。
「何か物音がするんだよな。何だろ」
男はこっちへ来て、動きを止めた。男の視線は少女の顔を捉えた。
「え…… どちら様ですか?」
少女と男の数奇な出会いだった。
男は彼女を助手席に招き、街のほうへ出発した。
「君名前は? 何歳? どこから来たの?」
少女は口を開かない。顔には何も変化はない。
「……見たところ十歳って感じだけどさ、お母さんとかは一緒じゃないの?」
口は閉ざされたままだ。
「この子喋らないのか?」
それから一年がすぎ、少女は瞬く間に成長した。お節介な男が少し世話を見た結果情が湧いてしまい、結果一年間一緒に生活をしていた。
その間に少女はたくさんの経験をした。初めてお腹がいっぱいだと感じた。初めて人に優しくしてもらった。初めて感情を抱いた。初めて、言葉を話すことで人と意思疎通ができることを知った。とは言っても、少女の言葉はまだ拙かった。
「お腹、減った」
「今すぐ用意するよ」
少女は顔を綻ばせた。
「明日、一人で外に行っていい?」
「いいよ。でも、あまり遠くへ行くと迷子になるから、遠くへは行くなよ。あと、最近は物騒だから早く帰って来いよ」
「わかった。……お母さんみたい」
男はハッとした。
「その言葉どこで覚えた?」
「テレビ」
「寂しいか?」
「ううん」
「何で?」
「知らないから」
少女は無邪気に答えた。
「ならよかった」
男は間違えて自分の指を包丁で切ってしまった。
「行って来る」
「行ってらっしゃい。あまり遠くへ行くなよ。早く帰って来いよ」
少女は玄関の外へ出た。
黒い猫がいる。少女は近寄った。
「一人? 私も一人」
猫はこちらを見つめている。尻尾をくいくいっと曲げて、歩いて行った。少女は着いて行く。
しばらくすると海岸へ出た。
「ここ海って言う。テレビで見た」
「海で全ては始まった」
どこからか声が聞こえた。しかし、周りに人はいない。
「我は猫だ。お前の目の前にいる」
静寂が二人を包む。波の音だけが耳に響いた。
「お主は一人なのか? 我もだ。前は飼い主がいたが追い出されてしまった」
「私は今は一人じゃない。猫は、何で追い出された?」
「黒猫は不吉の象徴だ。だから飼い主の妻に毛嫌いされてな」
「それだけ?」
「人間なんてそんなものだ」
「私はそういうの気にしない」
「そういう人間が増えれば、世界は我にいいように回るのにな」
次の日も少女は玄関を出た。昨日行ったあの海に行く。
少女は猫の隣に座った。目の前では波が行ったり来たりしている。
「今日も一人?」
「我はずっと一人だ」
少女は波の音に耳を澄ませる。
「私も皆に嫌われてた。『汚れた血』だって」
「何だそれは」
「よくわからない。でも私なりに考えた。多分、私はいるだけで嫌われてた。人として扱われてなかった。でも辛くなかった。それ以外を知らないから。暗い部屋に十五年間閉じ込められて、ずっと皆と離れ離れでも、それが普通だったから」
「何で我々は嫌われるんだろうな」
「それはものの見方の違いだろうな。俺たちは世間のものの見方では、差別される側ってわけだ。俺はカラス。通りすがりのカラスさ」
「カラスが何の用だ」
「俺も生きるのに疲れてな。さっき人間に石を投げられたんだ」
「お家に帰る」
「そんな気力はないな。そこ、並んでもいいか? さっきの話でも続けてくれ」
「話が切れた。お主が話をしろ」
「俺はこの通り、皆の嫌われ者カラスだからな。生きるためにゴミ捨て場漁ってるだけで石を投げられる有り様だ」
「何で投げられた」
「ゴミ捨て場を荒らされるのは、人間にとって不都合らしい。よって俺は害鳥だ」
「それ人間の都合。生きるためならしょうがない」
「それは人間に言ってくれ。言っても変わらないだろうけどな」
「私はわかる」
「お嬢ちゃんにはわかるか? それはありがたいな。その心、忘れないでくれよ」
「私が忘れるわけない」
少女は明くる日も海へ行った。
着いた丁度そのとき、カサカサッと音がした。少女の腕がピクッと動く。
「ゴキブリ」
「我は腹が減っている。我の獲物にしていいか?」
「俺の獲物だ」
「私のえも……何でもない」
「嬢ちゃんゴキブリ食うのかよ」
「昔はお腹減ってたから食べてた。今食べてない。人間はゴキブリ食べない。私は人間。だから食べない」
「……ゴキブリ逃げる」
「俺がとりあえず仕留めるということでいいか? いいな?」
「ダメよ。私は食べてはいけないわ。私は特別なゴキブリだから」
「何だ。お主も生きるのに疲れたのか」
「疲れたというか、既に諦めたって感じね。この先の人生に希望はないわ」
「お前、ゴキブリのくせに頭いいな。俺はてっきり、ゴキブリってトロいやつらだとばかり思ってたけど」
「だから私は特別だって言ってるでしょ。人間に殺されかけて、目覚めたの。ほんとはゴキブリって飛べるのよ。なのに、殺されかける前の私はそのことを知らなかった。でも飛べることを知って、いろんなところに行って、殺されかけてたら頭よくなったのよ」
「経験がお主の頭をよくしたと?」
「人間も動物も、ものを言うのは経験よ」
「殺されかけてる、大変」
「ありがとうお嬢さん。人間でそんなこと言ってくれるのお嬢さんだけよ」
「何で」
「それは私の姿が醜いからよ。虫の中でも一際醜いから、嫌われっぷりが凄いの」
「私、ゴキブリ知ってる。何でそんなに嫌われてるかわからない」
「やってることは他の虫と変わらないのにね。違うのは、ものの見方、感じ方だけ。私の姿が醜いから、殺したくなるのよ」
「我々は全員、世間の嫌われ者ってことだ」
「仲良くしようぜ」
「私は猫とカラスと仲良くするなんてごめんよ」
「折角食欲を我慢してやってるのに!」
「恩知らずなゴキブリだ。食べるぞ。いいかカラス、我の獲物だ」
「あらごめんなさい。でも私を食べたら、体の内部掻き切るわよ」
「それは遠慮する」
彼らは三ヶ月間毎日海に集まった。不思議と人はいなかった。そこは穴場らしかった。
しかし次第にそれぞれの足が遠のき、半年後には誰もいなくなった。
朝の光が眩しい。女は苛立たしげに窓を睨んだ。
「もう朝? 会社行くのめんどくさ」
彼女は朝の用意を済ませ、家を出た。
十五歳のときに村を出て、ここに住み着いて十五年。彼女は三十歳、出世株ののOLになっていた。
もう電車にも乗り慣れていた。満員電車に乗り込んだ。スマホを見ると、メールが来ていた。あの男からだった。
三十歳の誕生日おめでとう。
俺とお前が出会って十五年が経ったな。あの日を誕生日にしたんだからあたりまえなんだけどさ。
十五年前は、十歳に見間違うほど小さかったのにな。今や大企業の課長だぜ? 凄いよな。
俺はもう定年退職する年になってしまいました。相変わらず結婚相手は見つかりません。
一人立ちして八年。ジジイは寂しいよ。忙しいと思うけど遊びに来いよ!
彼女は自然と笑みが零れた。
ありがとう。
もう六十五歳なんだね。あれ? 結婚相手は?
一緒にすごした八年間は忘れないよ。最初は言葉さえ喋れなかった私を面倒見て、大学まで行かせてくれて、本当に感謝してる。
行ってあげるよ(笑) 今度ボーナス出るから、そのお金で海外旅行行こうよ。
女は疲れ切った顔をしている。真っ暗な空は、彼女の心を表しているかのようだった。
「コンビニ寄って帰ろ」
女はコンビニ弁当とビールを買った。再び家へと歩き出す。
家の前に野良猫がいる。黒猫だ。女は不快な気分になる。
猫は甘えた声を出した。餌をねだっているのか。
「根拠はないといっても、やっぱりちょっと不安だね」
そういって手を振って猫を追いやった。
「我を忘れたのか。我だぞ」
その声は女に届かなかったようだった。
「まさか、聞こえていないのか?」
彼女が家に帰って一息つくと、台所のほうでカサカサという音がした。
「やだ、ゴキブリ? キモいなぁ」
女は片手に蠅叩きを持って行った。
やはりゴキブリだ。しかしこのゴキブリ、ブンブン飛んでいる。
「元気あるな」
元気がありすぎて、女が蠅叩きで叩こうとしても逃げる。
「お嬢さん。お嬢さんったら。私よ、ゴキブリよ」
ゴキブリは蠅叩きから逃げはしても、決してその場から離れようとはしなかった。
「ちょっと、何なのマジで」
「嘘でしょ、私を忘れたとは言わせないわよ」
翌日女がゴミ捨て場に燃えるゴミを出すと、そこにはカラスがいた。
「カラスだ。絶対これ狙ってる。ネットかけとこ」
「嬢ちゃん。俺だ。毎日一緒に話した、あのカラスだよ」
「住み着かれたらやだな。毎朝鳴き声聞くとか無理。喋るならまだ別だけど」
彼女はいつもの電車に乗った。彼女はスマホを取り出した。メールの返信が来ている。
何だよ、悪いか?(笑)
子どもを面倒見る者にはあたりまえのことだ。気にすんな。
海外旅行なんていいよ。申し訳ない。
俺にボーナス使うより、お前が話してたあの三匹にご飯あげたらどうだ? 久し振りに会ってやれよ。
本当にありがとうね。
海外旅行行こう。もう決めちゃったから、遠慮されると逆に迷惑(笑)
もうあの三匹はいいんだよ。あのときの私はまだ何も知らなかったんだよ。黒猫、カラス、ゴキブリなんて、世界の三大嫌われ者じゃん。そんなのと近くにいたなんて、今では信じられないし。正直今思い出すと不快。
女は目的の駅に着いたので電車を降りた。改札を出るとカラスがいた。
「今日よくカラス見るな。目合わせないようにしよう」
「お嬢ちゃん! お嬢ちゃん! 聞こえないのか!?」
「うるさいな」
「久し振りにあの町に来たから、嬢ちゃんに会おうとしたのに…… 猫とゴキブリと落ち合って、お嬢ちゃんを驚かせようとしたのにこのざまかよ……」
女にはもう三匹の声は届かない。
空を占める雲の割合は九割。紛れもなく、どんよりとした曇りだ。