チビという巨大犬がとりもつ淡い恋
恋の行方
圭吾は半年前からピザの宅配をしている。
高校時代から続けているアルバイトだ。
3月の最初の日曜日、アルバイトを終えた圭吾は自慢のオンボロ愛車に乗った。
これは圭吾の汗とナミダの結晶と言えるクルマだ。
ゆっくりと疲れた体をのばして、さて発信させようとしたとき、思わず叫んだ。
「わっ」
突然圭吾が後ろから手で目隠しをされたのだ。
「驚いた?」
後ろの座席からそういう声が聞こえた。
圭吾が振り向くと、そこには黒木麗佳が首をすくめて茶目っ気たっぷりの顔をしている。
圭吾と黒木麗佳とのそもそもの出会いは半年前にさかのぼる。初日、三軒目のピザの配達に行った圭吾は、黒木麗佳の家の大きさに驚いた。
・・・こんな家に住んでいるひともいるんだ・・
巨大な石積みの塀が長さ100メートルも続いている。門を見つけた圭吾は、インターフォンを押した。
「えー、ドンキーピザですが配達に来ました」
しばらくすると、可愛い声で返事があった。
「あら、遅かったじゃない、そのドアを開けるから
入ってきてちょうだい」
すぐさま自動的にドアが開けられる音がした。
恐る恐るドアを開けて、石たたみの上を歩き始めた。奥の家まで広い庭が続いている。そのとき、
巨大な白い生き物が正面から飛びかかってきた。
「わっ」
それはあとでわかったことなんだけど、
グレート・ピレニーズという犬だったのだ。
そいつは、圭吾の顔をなめ回し、大きな手で胸をかきむしってくる。
「ダメよ!チビちゃん」
若い声がした途端に巨大犬は圭吾から離れた。
さいわい、ピザは横においていたから良かったんだが、もう少しで商品を無茶クチャにされるところだった。
・・・何がチビなんだ、でっかい図体をして・・
そういえば、店長が黒木さんところは犬がいるから気をつけろって言っていたことを思い出した。
・・それまであまり笑顔のない店長が笑いながらそう言ったわけがわかったぞ・・
「ごめんなさいね、ピザ屋さん、でもこのワンコが
初めて会ったひとにこれだけなつくのは初めてよ」
「いいえ、かまいません、あの、ピザです」
「ありがとう、でもあなたの服、チビのよだれでずいぶん汚れたみたいね、家に入ってちょうだい、きれいに拭かせて」
「いやー、いいですよ」
「そんなことを言わないで、、、」
「そうですか、、、、」
二人で玄関に向かうと巨大犬が先に入っていった。
50平米くらいのマンションに住む圭吾は、建物の大きさに圧倒されていた。
「ふーん、こんな家もあるんだ」
「そうよ、パパは何でも大きいのが好きなの」
「お父さんは」
「今、イタリアにいるわ、今月いっぱいは」
「じゃお母さんと」
「質問が多いわね、パパとママは離婚したの」
「そうだったんですか」
「少し待ってね、上着を拭いてくるから、、
それとあなたアルバイトしない」
「えっ、今アルバイトしてるんですが」
「そのバイトしながらよ」
「どんなバイトですか」
「このチビちゃんの散歩、シャンプー、そんな世話すべてよ」
「まあ、週に1、2回なら、、、」
「それでいいわ、ギャラは1回1万円よ」
「えっ、そんなにたくさんですか」
「あなた、これは簡単な仕事じゃないのよ、パパからチビちゃんのために毎月20万をもらっているんだから」
そういうわけで圭吾の第2のバイトが始まったのだ。
そして、簡単な仕事じゃないのよと言っていた黒木麗佳の言葉の意味を深く理解することになった。