黒歴史の勇者たち
辺境の最前線であるグランには先住民は殆どいない、いずれも流れ者で冒険者も住人もグランに郷愁は抱かない、ただ己の手でイチから築き上げたと言う所有感はあっただろう。
グランの人口は数ヶ月前に比べて、だいぶ少なくなった。
グランの近郊に突如できた迷宮のせいだった。冒険者ギルドのクエストは、その迷宮の攻略関連で埋め尽くされている。その迷宮は数ヶ月前に発見されて以来、樹が周囲に根を張るように広がった。その根はとうとう街の城壁に穴を開け、グランの冒険者達はゴブリンの大軍と一戦を交えたそうだ。
形成は圧倒的に不利だったが、なんとか押し返すことができたようだ。
その時期、俺とアリエルは別の仕事で街を出ていたので、街に迷宮への穴があるのには驚いた。そのせいか街から逃げ出す人が多い一方、荒くれ者が集まり街の治安は悪化していた。
この国では珍しい黄色人種のアリエルが荒くれ者の髭面の大男に絡まれ、道の反対側まで髭面の男を吹き飛ばしていた。アリエルの特殊スキルを街中で発動させるとは愚かとしか言えなかった。
「ふざけやがって」
久方ぶりに得た金で、一般人の一ヶ月分の給料の酒を手に持っていた。蒸留酒で女王陛下が愛飲しているという酒だ。絡まれて危うく落としそうになったのを、そうとう頭にきているようだ。
「どうする。宿で飲むか?」
俺としては静かに飲みたいが、酒場で飲んでも、宿で飲んでもアリエルに絡まれるので、このさいどちらでも良かった。はっきり言って、大して変わらない、人間諦めが肝心だった。
「酒はみんなで飲むもんよ」
俺たちは酒を飲みながら、冒険者ギルドから持ってきたクエストの依頼を眺めていた。と言っても、真剣に見ているのは俺だけだ。アリエルは頭を使うことは全面的に俺に任せている。
クエストの中でも目玉なのは、迷宮討伐隊の募集だろう。迷宮の中は洞窟なので、大勢の人数だと身動きが取れなくなるから、討伐隊が作られることは無かった。だが今回は違うようだ。募集の中で魔法を使える人間の報酬が高いので、おそらく魔法を使いながら強制突破をするつもりなのだろう。生きて帰れる人間も少ないだろう。
「これは危険すぎるな。アリエルはどう思う?」
「生活するために働いているのに、死んでどうするのよ」
「街のためにとか?」
「くだらねえ」
アリエルは酒を氷で冷やしながら飲み、極楽の笑みを浮かべている。完全に天国へと片足を突っ込んでいる表情だ。美人の範疇にいるが、彼女が至福の笑みを浮かべるときは酒を飲むときだけなので、男たちは長く一緒にいればいるほど失望していくそうだ。俺は基本的にアリエルの実力しか気にしていないため、相棒として一番長く続いているそうだ。
「その他には殆ど無いぞ。……引っ越す連中の護衛とかもあるけど」
「それはつまらないわね」
「生死の狭間にしか生きがいを見出せないか……相変わらずだな」
首輪をつけられた女のエルフが男の声で喋っていた。召喚術士『奴隷商人グリム』が真の名前を盗んで、奴隷としたエルフだろう。相変わらず趣味が悪い男だ。スキルも持つものの中でも凶悪な部類に入るが、基本的に悪党なので仲良くしたくは無かった。
「なんかようか、グリム。酒が不味くなるんだが?」
当然というか、女のアリエルは異常に嫌っている。
「用があるのは、酒中毒じゃないほうだ」
「俺に何か?」
「ギルド長がお前を探している。緊急事態だそうだ」
アリエルを酒場に置いて行き、冒険者ギルドへ再び向った。本当なら、夜も遅いので呼び出される筋は無いのだが、いつも世話になっているので心の中だけで文句を言った。
「討伐隊が組織されているのを知っているな」
誰もいないギルドの中を老齢のギルド長がいた。
「参加しませんよ。アリエルも反対ですから。それに俺は冒険者ランクCですよ」
一番上がA、一番下はGだ。近々Sも追加されるらしいが、興味が無い。
「そんなものタダの目安だ。そもそもランク昇格試験も受けないで何を抜かす」
「天下りの受け皿になる冒険者ギルドに対してのせめてもの抵抗ですね」
嫌味を発射、だがギルド長にはたいして効かなかった。
「スキル持ちの義務だ。この仕事、請けてもらうぞ」
「金を前払いしてください」
「……良いだろう。相手はアリエルだな?」
「頼みます」
アリエルの母親には土下座で「娘と結婚してください」と言われたことがある。アリエルの両親は娘を心配しているようだ。その一人娘を預かっているためか、身内が誰もいないせいか、危ない仕事のときはアリエルに金が払われるように手配をしている。
俺が冒険者ギルドから戻ると酒中毒のアリエルは稼いだ金を使い果たし高級な酒を浴びるように飲んで、乾いた体を濡らして、寝息をたてていた。酒を飲んでいるときは恐ろしいほどに鋭いが、いったん酒が抜けると廃人になってしまう。酒場から担いで宿兵器、ベッドの上に下ろした。そのまま朝までいびきをたてて寝ていた。
起きたようだが、身動き一つせず、ぼーっとしている。
「おい、俺はしばらく迷宮に行くからな。金も置いていくから」
こくん、と頷いた。
「あと、風呂入れよ。酒臭いぞ」
こくん。
「脱がしてー」
アリエルにそう言われて脱がし、酷い目にあった男がいっぱいいるのを俺は知っている。担いで脱がさず、風呂に入れた。
「つめてー」
「あのな、俺は迷宮に行くからな」
大事なことなので繰り返して言い聞かせた。
「おー、待っているぞー」
街の西側は街道もあったのだが、地中に迷宮が形成されていて、馬では歩くのが困難なくらいに自然が侵食して来ていた。地面に脈が這っているように見える。
街を振り返ると、城壁に開けられた迷宮へ続く穴には討伐隊の先遣隊(魔法系)が入っていき、爆発音が何度も響いている。
俺が侵入するのは別の場所だった。
ギルド長は討伐隊が失敗する可能性を考えて、俺に依頼してきた。討伐隊が敵を引き付けている間に、俺は別の方法で迷宮の奥へと侵入して、根源を断つ、その根源はどのようになっているか分からないが魔法陣があるのは確実だそうだ。複雑に作成された魔法陣が予想されるため、紋様を破壊すればただちに魔法は解けるそうだが、そこまで進入するのが大変難しい、だから俺なのだろう。
俺を案内してくれるのは、奴隷商人グリムがあらたに奴隷にした上半身は人間、下半身は蜘蛛の女アラクネだった。迷宮から出てきたのを捕まえて、真の名前を盗んで奴隷契約をしたそうだ。蜘蛛女は迷宮に生きた人間を引きずりこみ、迷宮の最深部へ運び入れて、魔法陣を操っている女への供物にしているそうだ。ここ数ヶ月で行方不明者が何十人もいたのは、供物として捧げられていたからだろう。
俺はグリムから貰った毒消しを口に含み、蜘蛛女に毒を注入され、糸で体を巻かれた。俺は供物に化けて、迷宮内に侵入しようとしていた。蜘蛛女は迷宮の風穴から俺を運び込んだ。
しばらくのあいだ、毒で意識を失っていた。気付いた時には蜘蛛女が同属から襲われていた。俺は剣を持ち、糸を斬って、加勢をしたが、結局死んでしまった。
これは、グリムに怒られるな……。
剣の血を払い、周囲を見渡すと、糸で丸められたものが幾つもあった。何個か中身を確認してみると、仮死状態の人間が寝ていた。死体では駄目なのだろうか? という疑問が浮かんだが、考えても仕方が無いので、迷宮の最深部を探した。迷宮の中は発光する茸が点在していたので、歩くのに不自由はしなかった。
ギルド長はスキルなどと言ったが、俺の能力はたいしたものではない。ただの念写能力だ。母が言うには父親の能力を受け継いだものだそうだ。映像を映すという貧弱な力だが、迷宮の内壁の映像を体の前の宙に映してしまえば、簡単に隠れられると言うだけのことだ。当然臭いも音も隠せないので、注意を払う必要はあった。なので何度か邪魔な魔物を殺して、死体は岩の映像で隠して、どんどん奥へと進んだ。
アリエルがいれば百人力だっただろう。だが隠す人が二人になれば、その分疲れるので連れてこられなかった。ギルド長もそれを分かっていたので、俺だけに依頼したのだろう。服が汗まみれになる頃に、迷宮の最深部に辿り着けた。
そこは大きな魔法陣があり、見たことの無い複雑で芸術的な紋様だった。その真ん中に裸の女がいた。八重歯がみえる。吸血鬼の女だ。
魔法陣に剣を突き立てると、電撃が走ったが無視して線を引いた。魔法陣は力なくなったが、すぐさま線が回復して、剣を雷撃ではじいた。途端に女が呻いた。
あの女が魔法陣の力の源なのだろう。吸血鬼は不老不死と聞いたことがある。おそらく蜘蛛女が生きて捕まえていたのは、吸血鬼に生き血を吸わせるためなのだろう。死体では血が固まり飲むのは困難だ。
俺は魔法陣から少し離れて魔法陣をコピーして、持って来ていた本に魔法陣を映した。魔法はありとあらゆる魔法文字によって作られているが、個人ごとに魔法陣が変わる。というのも、魔法陣には使い手の署名が必要だからだ。なので、魔法陣を模倣しても、発動する人間が違うから、意味が無い。だが、署名の名前は解読されてしまえば終わりだ。それは真の名だからだ。
奴隷商人のグリムは真の名を盗み、美女を奴隷契約して手篭めにしている。俺は奴隷契約――召喚契約は出来ないが、グリムに名前を教えれば女吸血鬼を支配することができるだろう。そうなれば、突如現れた迷宮の謎も明らかにすることが出来るだろう。だが、それは出来ればの話だ。難しいならば、殺して終わりにすることは念頭に入れた。
魔法陣が三つは欲しいところだ。そうすれば時間をかけて真の名前を解読することができる。吸血鬼に魔法を使わせたい、使わせるには戦いを始めるしかない。俺は本を開いて、別の魔法陣を探して、地面に魔法陣を念写した。今度は傷一つではない、魔法陣を塗りつぶしたことで、魔法陣は修復不可能なまでに壊された。
魔法陣の中心にした女吸血鬼は俺を睨みつけた。凄惨なまでに美しい女吸血鬼は、銀色の髪に真っ白な肌、貝紫色の高貴なローブを羽織っていた。王族の色だ。それは、魔族も人間も変わらないことだ。
「ここまで人間が来るとは、思わなかったぞ」
品がある。第一印象はそれだった。吸血鬼は何度か殺したことがあるが、血に餓えた者たちばかりで、醜くくも美しいと言う印象だった。それが、この女からは高貴な印象しかなかった。
「選帝侯に一騎打ちとは勇ましいのぉ」
選帝侯――魔族の皇帝を選ぶ権利を持つ魔貴族、だがそれが何故最前線にいるのだろう。いや、考えても仕方が無いことだ。今は相手に魔法を使わせるときだ。
「待て……話をしようではないか」
完全な嘘だった。宙に爆発系の魔法『エクスプロージョンB』が発動して、俺の頭上が爆発した。俺は魔法陣を盗み、続いて煙を利用して、右側に動画を移した。俺の姿だ。女吸血鬼が俺の幻影を手で薙いだ。
「幻術か?」
すぐに偽者だと気づかれたため、後ろからの上段斬りは不発になった。
女吸血鬼は手を真っ直ぐ伸ばした。とたんに俺の体は動かなくなり、力が抜け落ちるようだ。見たことの無い魔法だ。どうやら俺の体力を奪っているようだ。エナジードレインと言ったところだろうか。体力を奪われつつも俺は三つ目の魔法陣を奪い取った。本に写し取った魔法陣を念写して、署名を探した。
「本を開いて、何かの授業かえ?」
女吸血鬼は俺を甘く見すぎていたようだ。名前は盗んだ。
「ああ、そうだよ。ロザリー・ラ・ガブリエル。学んで死にな」
俺は女吸血鬼の署名を、聖なる魔法のホーリー・コミュニオンの魔法陣に加えた。俺は聖なる魔法を使えるほどではないが、魔法陣を覚えていて、相手の署名さえあれば、相手の魔法力を使い、それを相手に叩きつけることができる。ロザリーの背に魔法陣は輝き、光の蛇の群れに貪り食われ始めた。こうなれば、終わりだ。俺は五度、ホーリー・コミュニオンを唱えて、ロザリーをボロ雑巾のようにした。
「面白いことをする……」
「悪いな。こっちも生活がかかっているんでね」
俺は剣をロザリーの首筋にあてた。本当だったら生かした方が良いのだが、そうなるとグリムが口を出してくるだろう。それは他の連中も望んでいることだ。選帝侯の情報となれば金塊よりも価値がある。だが奴隷契約をしてしまえば、高貴な吸血鬼も見る影も無いくらいになるだろう。品のある吸血鬼の末路としては考えたくも無かった。
「どうした? 殺さないのか」
「考えている」
俺はロザリーをつれて、迷宮の外まで出た。その出入口は誰も知らない場所に隠して作られてあり、俺は日が沈むまで迷宮の入口の影に隠れていた。
「陽にあたれば、死ねる」
「……あなたを捕虜にします」
「ほう? どうしてだ?」
「あの街には、真の名前を強奪するスキルを持つものがいる」
「そなたも盗んだではないか」
「それが出来ても、奴隷契約は出来ない」
「召喚術の最上級の奴隷契約をできるのか」
ロザリーは覚悟したように溜息をついた。
「あなたの身内はいらっしゃいますか? それも女性で」
「……いるが、それがどうかした」
「あなたはその女性になりきるのですよ」
ロザリーは幽閉された。ただ、彼女の妹に名を変えてだ。
俺は冒険者ギルドに迷宮の経緯を語った。まず、ロザリーと呼ばれる選帝侯は他の選帝侯と権力争いを行っていると告げた。そして、他の選帝侯にロザリーの妹は誘拐されて、吸血鬼の力を利用されて迷宮を作成する魔法陣の動力とされた。そのことに、ロザリー選帝侯は感謝しているという、手紙はロザリーが幽閉されて数日後に届いた。それは俺の念写能力だと、誰も気付かなかっただろう。
実際、ロザリーが迷宮の魔法陣に封じ込められていたのは権力争いに負けたからだそうだ。なので、その嘘は信憑性があった。
ロザリーは誰かと交換で国へ帰ることが出来るだろう。そのときまで、俺は彼女の文字で嘘の手紙を書き続ける。
それが何年先になるかは分からないが、女吸血鬼の美しい字にしばらくの間、酔いしれることができると思うと、体の内から充実感が溢れだした。
女吸血鬼はハンニバル的なことをする予定です。




