リストバンド×トモダチ
目を覚ますと、見慣れた天井が、少し離れた高い位置にあった。
カーテンレールには生成の薄いカーテンがかかり、僕が横になっているベッドを囲んでいた。
ここは、よく運ばれる病院。
たしか、数日前にも、こんな感じで、父に怒られた。
普段は離れて暮らしている父だが、あの時は、急いで仕事を切り上げて駆けつけてくれた。
別に、そう大したことでもなかったのだから、あんなに慌てなくてもよかっただろうに。
そのとき、ふと、あの時父に握られた手に意識を向けた。
──なにか、圧力を感じる。
左手の上に、重ねられている。
おそらく、人の右手。
この体温は、父のものではない。
父の手はもっと大きく、堅く、熱いから。
この暖かい手は、誰のものだろう。
看護師さんが手を握っているなんて、よほど重傷だったりしないと有り得ないんじゃないかな。
ゆっくりと瞬きをして、顔の向きを変え、左手に眼を向ける。
そこには、僕の左手に両手を重ね、うつらうつらと船を漕いでいる彼女が──あのリストバンドの女生徒がいた。
もちろん驚いた。
だが、なぜか納得してもいた。
心のどこかで、この温もりは彼女だと察していたのかもしれない。
彼女は眠そうに、背を曲げている。
その顔の目元は、心なしか少し腫れているように感じた。
一際大きく傾き、ハッとしたように目を見開くと、両手に力を込め、こちらを向いた。
「……──痛いです……」
その言葉は、静かな病室に響いた。
小さな声でも、静寂を破るには充分だったようだ。
今まで気付いていなかった、腕につながれた点滴の音も、共に響いた。
大きく息を一つ吐いて、彼女は弱々しい声を絞り出した。
「──どうして……?」
「……?」
「どうして、また、あんなことしたの?」
屋上から落ちたのは、もちろん故意ではない。偶然だ。
「──偶然です」
その言葉を聞いた彼女の瞳からは静かに涙が零れる。
「嘘。」
屋上は、人の目が届かない。
監視カメラももちろんない。
だから、ありのままの、素の自分が出せる。
大声を出すとさすがにマズいが、僕の声は学校の敷地内ではどこでも掠れてでないから、大概のことはできる。
だからつい、ハメを外してしまうのだ。
生来の不注意な性分と相まって、怪我や青あざが絶えないが。
「その気がないんなら、どうしてあんなとこ行ったの?」
その気とは、どういった意味なのか、尋ねなくてもわかってしまう。
別にそうなってしまっても構わないとは思っているが、進んでしようとは思わない。
「──行くのは自由でしょう?」
数日前には彼女もそこにいたのだし。
「……そうだけど」
何か言いたそうではあるが、うまい言葉が見あたらないようで、女生徒は口を開閉していた。
「……はい」
そして何を思ったのか、彼女は目元を袖で拭い、鞄からリストバンドをとりだした。
材質はいつも彼女がしているものと同じだが、その柄のものを彼女がしていたことはない。
「はいっ」
差し出されたそれを前に意味が分からず首を傾げると、ズイッと顔の前まで持ち上げられた。
それでも意味が分からず止まっていると、「左手をだして」と言われた。
大人しく左手を出すと、手首にそれをはめられる。
「目測だったから、ちょっとキツいかな?」
きつくも緩くもなく、何となく存在が感じられる。
暖かい。
「これ……」
「あげるよ」
「なぜ……」
「友達だから」
友達。その安っぽい言葉に、いったいどんな意味を、彼女は込めているのだろうか。
「あと、この間のお礼も兼ねて」
「この間……?」
「お昼ご飯を分けてくれたでしょう?」
そういえば、絶対にお礼をすると彼女は言っていたっけ。
そういうことなら、もらわない訳にはいかないか。
最近接触がなかったのも、そのせいかもしれない。