チュウモク×チュウショク
朝、彼女と共に登校するのは二日連続。
周囲の視線が気にならないわけがない。
彼女は校内外で人気があるのだ。
今日一日の平穏を、諦めざるをえない。
教室にたどり着くまでのあからさまな視線。
彼女と別れて席に着いてからのクラスメイトの動き。
授業中にもこちらを窺う者数名。
中には彼女に好意を寄せている者もいたり。
いつもと違うそれらのせいで、心休まる時間がない。
昼休みに席を立つと、誰も気にとめなかった今までと違い行き先を尋ねる者が。聞こえないフリで無視をしておいた。
後をつける者あり。
視線で追う者多数。
これでは、空き教室には誰が来るかわからない。
面倒だがなるべく生徒のいない道を通って屋上に逃げた。
いつもは誰も来ないから、唯一の出入り口である扉に背をつけて座る。扉に触れても錆が付かないことは確認済み。
誰かが来ればすぐに、音で知れる。
視線に曝されながらでは、集中して情報を集めることさえ出来はしない。それでも集めた些細な情報を、メモ帳に記していく。
そこに陰がかかり、とっさにメモ帳を閉じて両手で挟むと顔を上げる。
そこにいたのはあの、女生徒。
「何書いてるのー?」
それよりも、なぜ貴女がここに居るのかという方が私には疑問である。
黙って見上げていると、察したのか彼女の方が口を開いた。
「私がここにいるのはねー、君が来そうだなって思ったからなんだ」
なぜ私が来そうだと先回りするんだ。
「……君がまた危ないことをするんじゃないかって、心配になっちゃってね」
そう言うと、彼女は私の隣に座った。
すぐそこに他人がいるのに情報の整理なんて出来ようはずもない。
持ってきた弁当を膝のうえに広げて手を合わせてから食べ始めた。
彼女は何も持っていない。少なくとも手には。
隣からの視線を感じる。
目をやると、やはり彼女がこちらを見ていた。
私の知っている限りではいつも彼女は弁当を持参する派だった。財布も持ち歩く習慣がない。
購買で買ってでもいない限り彼女は昼食を持っていないはずだが、おそらく購入するためのお金がない。
彼女は金の貸し借りをするような間柄の友人を持っていなかったはずだ。彼女が自己申告すれば昼食をわけてくれるような間柄の友人はいるはずだが、彼女は自己申告をしない。
毎日特定の友人と昼食を共にするわけでもないから、彼女の姿が見えなくても疑問を抱くような相手はいないだろうと推測される。
そして事実、彼女は時々、昼食をとっていなかった。
昼休みの間一人で行動して教室に戻ったところで、彼女が誰かと昼食をとったのだということに疑問を抱く者はなかった。
だから私がここで彼女に何かをする必要はないのだ。求められていないのだから。
それでも今朝、自分には必要のない塩むすびをにぎった。
彼女に差し出すと、受け取って首を傾げた。
「……このおむすび、くれるの?」
顔も見ずに頷くと、彼女はいただきます。と呟いて食べ始める。
そうすると、彼女のおなかが今更ながらに空腹を主張した。
今朝の朝食は結局とっていないし、もしかすると昨晩も食事をとっていないかもしれないから、道理だろう。
これもどうぞ。と掠れた声で言って残りのおにぎりと漬け物も赤面した彼女の側に置く。
意外にも、彼女は漬け物が嫌いではないらしい。糠漬けも粕漬けも糀漬けも、おいしいと言って食べていた。
「このお礼は絶対するからね」
必要ない。という意味を込めて首を振ると、「絶対する!!」と手を掴まれた。
その日それ以降の接触はなく、家に押し掛けてくることもなかったから、集めた情報の整理とファイルの更新が捗った。
それから数日、廊下ですれ違えば挨拶をされる程度のことはあったが、彼女からの積極的な接触は一切なかった。
だから探していた情報を集め終え、辻褄合わせと整理もでき、作りたかったものが完成した。