馬はとりあえず置いて来い
清一の馬の話が止まらない。
最初は自分がどうして乗馬にはまったのかについて話していたのだが、今ではどういう訳か馬刺しの話になっている。
上の空で全く話を聞いていなかった俺は、乗馬の馬から馬刺しになるまでの行程はわからなかった。
もちろんその時俺は馬の事なんか一秒も考えてない。
金を盗んだ男は逃げてしまった。
今更走って追いかけた所で絶対追いつけないだろう。
仕方ない。吉田にこの事を報告する為に一旦戻ろう。
金を取り返せなかった悔しさと、風紀委員に対する申し訳なさが頭の中を埋め尽くす。
もと来た道を引き返すが自然と肩は落ち、足取りは重くなる。
「おや?どこに行くんだい?まだ話の途中じゃないか。」
いいんだよ。馬刺しなんかどうでも。そもそも俺は馬刺しが苦手なんだよ。
「人を待たせたままにしてるんだよ。その人にさっきあった出来事を話に行く」
「そうか。ならば僕も一緒に行こう」
「なんで、お前まで来るんだよ」
「わざとではないとはいえ、こうなった原因は僕にもあると思うからね。出来ることがあるなら協力しよう」
金は持ち逃げされたのだ今更出来る事なんて何も無い。
一瞬、目の前にいる馬に乗って遠藤を探すかと考えたが、あまりにも馬鹿げた考えだったのですぐに辞めた。
まずいな、崖っぷちに立たされて頭がおかしくなっている。落ち着け俺。
とりあえず歩き出す。
すると後ろからカポッカポッと聞こえて来る。
俺は後ろを振り向いた。
「馬は置いてこいよ!」
清一はビックリしたのか体をビクリとさせる。
「確かにそれもそうだな、校舎の中に入ってはビックリする人がいるかもしれない」
校舎に入れるつもりだったのか!
すると清一は大きな声を出した。
「おーい。原田さーん」
そう言うと、近くにあった一本の木が揺れ始め。上から一人の人間が飛び出して来た。
俺は目を丸くしたが、それがすぐに誰なのかわかった。
清一の八百屋で働く従業員の原田さんだ。
まるでボディビルダーでは無いかというほどの筋肉をしていて、服装はいつも白のタンクトップにジーンズ姿。腰には「家倉八百屋」と書かれたエプロンを巻いている。
かなりのヤクザ顏で顔にいくつか傷がある。
元本物なんじゃ無いかと思い清一に一度聞いた事があるが、清一曰く違うらしい。
こんな強面で八百屋が出来るのかと思ったりもするが、お客さんからは以外に大人気らしい。
人は見かけによらないものだ。
年齢は30代後半ぐらいで、下の名前を俺は知らない。
なぜか清一が呼ぶと必ず近くにいるのだが、八百屋の方はどうしているのかと聞きたくなる。
「どうなさいました。坊ちゃん」
原田さんは清一の事を坊ちゃんと呼ぶ。
家倉八百屋のメンバーは今だに謎だらけだ。
「トイレットペーパー号を家に送り届けて欲しいんだ。忙しいところ悪いけど大丈夫かな?」
木に登ってじっとしている事のどこが忙しいんだ。
「私にお任せあれ」
そう言うと原田さんはトイレットペーパー号にまたがり。あのよく暴れる将軍さまの様に颯爽と校門の外に飛び出して行った。
こいつと一緒にいると何が普通で何が普通じゃないかがわからなくなる。
「さて行こうか」
清一が何事もなかったかの様な顔でそう言うと。二人で歩き始めた。