変人貴族降臨
廊下を全速力で駆け抜ける。
廊下沿いの5個の教室には誰もいない。吹奏楽部の楽器の音が聞こえないから今日は練習が休みのようだ。
音楽室から左に折れ曲がり、2段飛ばしで階段を降りる。
途中人にぶつかりそうになったがなんとかかわし、走りながら謝る。
息を切らしながら中庭に着く。
芝生が敷いてあり、何本か細めの木が植えてある。その木の下には木のテーブルが設置してあり、昼休みは学生が昼ごはんをそこで食べる。
中庭の真ん中には池があり、メダカが気持ち良さそうに泳いでいる。
七夕高校に通う学生にとっては人気の場所だ。
あたりを見渡すが茶髪コンビはいない。
もう、どこかに行ってしまったか。
落胆していると驚きの光景が飛び込んできた。
この暑い中、学ランを着ている男子学生が中庭の木の下で立っている。
我が七夕高校の冬用の制服は学生ランではなくブレザーだ。
そんな妙な事をするのは俺が知る限り二人しか知らない、だが身長や髪型的に考えて一人に絞られる。
3年生の遠藤拓海〈えんどう たくみ〉だ。
俗に言うヤンキーで、髪型は坊主頭でサングラスをかけている。
どこからどう見てもあのダンスグループのボーカルに憧れているのが丸わかりで、ヤンキーといえば学ランといった自分の勝手なイメージから夏でも汗を流しながら学ランを着続けている。
よく熱中症にならないものだ。
いや、そんな話はどうでもいい。
遠藤の手には札束が握られている。
そこが一番重要だ。
遠藤が手下に金を集めさせているのは学校でも有名な話で、あの茶髪コンビが手下だったのだろう。
もう一つ遠藤についての有名な噂は、その見た目からは想像出来ないほどケンカが弱いらしく、ケンカの時は大物のふりをして自分は何もせず手下に戦わせているらしい。
そのため、遠藤の手下はその噂を知らない一年生ばかりで、一年生も後半になるとじわじわ噂が広がり、二年になる頃には手下を辞める。
そして新しく入って来た一年生を手下にする。 というのが、遠藤の手下スパイラルだ。
俺は遠藤に近寄って行った。
俺に気がついたのか札束を持った手を後ろに隠す。
「遠藤さん。そのお金どうしたんですか?」
俺は少し眉間に皺を寄せて言う。
「おっお前には関係ないだろ!」
言葉の出だしからつまずく。
おいおい。もう少し上手くヤンキーの仮面をかぶれよ。
「詳しくは言えませんが、さっきお金の盗難事件が起こりました。遠藤さん、何か知りませんか?」
「はぁ?知らねーよ」
「じゃあそのお金はどうやって手に入れたんですか?」
「だからなんでお前にそれを言わなきゃいけねーんだよ!」
自分でバイトして手に入れた、親からのおこずかいとは言わない。
もうボロが出始めている。
一気にたたみかけるか。
俺は遠藤に近づく。
「盗まれたのは札束でした。遠藤さん、あんたの手下がその金を盗んであんたの所に持ってきたんじゃないですか?」
「知らねーよ!」
「じゃあこのお金はどこで手に入れたんだ!」
俺は後ろに回している遠藤の腕を掴み空に向かって上げた。
手には千円札の束が握られている。
「それは…いえねーよ…」
とうとう、どこかで手に入れた事も否定しなくなった。
言葉も弱々しい。
サングラス越しにでも目がバシャバシャと泳いでるのがわかる。
目の泳ぎ方だけは池のメダカにも負けてはいない。
「とにかく、この金は返してもらいます」
そう言って俺は無理やり金をぶんどった。
「あ…」
遠藤は悲しそうな声で呟いた。
なんだか見た目からは俺が悪者の様だ。だが、仕方が無い。悪いのは人の金を盗むこいつの方だ。
まあ、盗んだのはこいつでは無いのだが。
札束をパラパラとめくるとやはり全て千円札だ。
「今回は先生に報告したりはしませんが、今後二度とこういう事はしないっ」
ようにしてください。が言えなかった。
俺の体に何か大きな物体がぶつかってきてそのせいで遠くに吹き飛ばされたからだ。
その衝撃で手に持っていた札束が芝生に散らばる。
何が起きたんだ⁉︎
芝生に倒れた俺はその大きな物体を見る。
馬⁉︎
茶色い大きな馬が学校の中庭にいる。
どうしてこんな所に馬なんかがいるんだ?
すると、馬の上から声が聞こえてきた。
「いやすまない。どうやらトイレットペーパー号は君の事が嫌いなようだ。おや?我が友正信ではないか!はっはっは!そうか、体当たりされたのは君だったのか!それはすまない事をしたね」
声の主が馬から降りた。
こんな妙な事をするのはあいつしかいない。遠藤の時に迷ったもう一人の変人。
「大丈夫だったかい?いやー僕は最近乗馬にはまっていてね。ここで密かに練習をしていたのだよ」
長身の男が俺に近寄って来る。
この男こそが、七夕高校一の変人。
家倉清一〈いえくら せいいち〉だ。
鼻筋が通っていて、大きな瞳、髪は男にしては少し長めで少量の風で揺れるほどサラサラしている。
外国人なんじゃないかと思うほど身長が高く、超がつくほどのイケメン。そして、それらを全て打ち消すほどの超変人。
学ランでは無いが遠藤と同じく夏場でもブレザーを着用し、汗ひとつかかない。
所作のひとつひとつが優雅な事から「変人貴族」と噂される。
この変人貴族と俺は、とてもとても残念な事に中学からの同級生である。
見ると遠藤が芝生に近づき散らばった金を急いでかき集めている。
「おや?何やらお困りのようですね。僕も手伝いましょう」
そう言うと清一も一緒になって散らばった金を集め始めた。
馬鹿野郎!その金はそいつの金じゃねぇ!
口に出そうとするが体が痛すぎて大きな声が出せない。
「はいどうぞ。これが最後の一枚のようですね」
そう言って最後の一枚を差し出すと遠藤はそれをひったくって学校の外に逃げて行った。
追いかけたいが、体が動かない。
清一が馬を引きながら近づいてきた。
「まったく。せっかく困っている所を手助けしてあげたというのにあの態度はひどいと思わないか?ま、家倉家のものとしては困っている人を助けるのは当然の事なんだがね」
何が家倉家だ。お前の家はただの八百屋だろうが。
体の痛みも徐々に引いてきた。
「さあ、手を貸そう。いつまでも芝生の上に寝転んでいてはカラスにゴミと間違えられて持って行かれるぞ」
俺は清一の手を掴み一気に体を起こし、その勢いで清一の頭を叩いた。
「なっ!ひどいじゃないか!僕が一体何をしたっていうんだ⁉︎」
馬で吹き飛ばしたのは一体誰だ!
その言葉は飲み込む。
「馬鹿野郎!あいつが今持って行った金は、あいつの手下が生徒会室から盗んだ金なんだよ!」
「え!そうだったのかい⁉︎すまない、全く気がつかなかった。僕はてっきり彼のお金かと…」
「そもそも学校に馬なんか持ち込むんじゃねーよ!乗馬の練習ならよそでやれ!」
「おっ正信よ、よく気がついたね。このトイレットペーパー号は元々競馬の競争馬で。引退する前は凄い馬だったんだよ!今でも全盛期ほどではないがそこらへんの馬なんかより走るのは断然速いんだ!」
清一はとびっきりの笑顔で馬の自慢を始めた。
まず俺の言葉に対する返事としては、出だしから間違ってるし、トイレットペーパーなんてかわいそうな名前をつけるのもおかしいし、馬はそこらへんにはいない。
もちろんひとつひとつに対してツッコミをいちいち入れていたら日が暮れてしまう。
ツッコミたい気持ちを押さえるかわりに、大きなため息が出る。
ああ…。今なら某人気長寿アニメのいじめっ子の気持ちがわかる気がする。
誰でもいいから殴らせろ!
遠藤。お前を次見かけたら問答無用でぶん殴るかもしれないが、そこは仕方ないと思ってくれ。




