消えた30人の野口さん
杏子と大和さんが生徒会室から出て10分ほど経過しただろうか。
息を切らしながら吉田が生徒会室にやって来た。
「よかった。まだ帰ってなかった…」
そう言いながら手元に持っていた千円札を俺に渡した。
呼吸がととのってない状態で話し始めたせいか最後の方はほとんど言葉になってなかった。
「期限は今日の放課後まででしたのでギリギリセーフですよ。それより椅子にでも座って落ちついて下さい」
俺は今にも倒れこみそうな吉田を気遣った。
ギリギリに持ってきやがってという気持ちも初めはあったが目の前でぜいぜいと苦しそうに呼吸をしている姿を見せられると、自然と怒りも鎮火してしまった。
まあ、明日にならなかっただけでも良しとするか。
「ありがとう、大丈夫だよ。もうだいぶ落ちついて来たから」
だんだん呼吸が楽になってきたようだ。
「それにしても随分急いで来たみたいですけど。何かギリギリになる理由でもあったんですか?」
少し嫌味な言い方になってしまったがこれくらいはいいだろう。
「それが、うちの母親の体調があまり良くなくてね。看病しなくちゃいけないから昨日は学校を休んだんだ。今日も急に母の体調が悪くなって学校を早退したんだけどお金をまだ渡してなかっただろう。さっき母の調子が落ちついたから学校まで走って来たんだ。」
なるほど、それはギリギリにもなるわけだ。
初めは吉田に対する印象はあまり良くなかったが、今では母親思いの優しい奴という印象にシフトチェンジしていた。
「そうでしたか、それは大変でしたね」
そう言って俺は吉田の千円札を封筒に入れた。
最後に俺の分を入れれば集金は終わりだ。
「千円札がここまでたまると金持ちにでもなった気がするね。くれぐれも盗まれたりしないよう注意してくれよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんとまとめて金庫の中に入れておくんで。任せてください」
生徒会は今回のようにお金を集める事がたまにある。そのため厳重な金庫を生徒会室に設置している。
金庫にはナンバー式の鍵を8個取り付けているのだが流石に8個もあると外すのにそこそこ時間がかかってしまう。
なので、よっぽどの事が無いかぎりは誰も入れようとする人はいない。
だが今回は仕方が無い。少々面倒だが中に入れておくに越したことはないだろう。
「それなら安心だ。それじゃあ僕はこれで帰るね」
そう言って吉田は生徒会室を出て行った。
吉田は生徒会室の扉の所にいたのだが、吉田が動いた事によりある異変に気がついた。
生徒会室の正面に男子トイレが見えるのだが。
そこの窓から煙が出ているのだ。
全く。生徒会室の真正面でタバコを吸うとは良い度胸した奴がいたもんだ。
正直めんどくさいとは思いつつも一応は風紀委員長。
見えてしまったからには一言注意しに行かなくてはいけないだろう。
封筒に入れたお金を金庫にしまわなくてはいけないと途中思ったが、8個の鍵を外している間に逃げられてしまうかもしれない。
まあ、トイレに行って怒鳴って帰って来るだけだからそう時間もかからないだろう。
俺は机の上に封筒を置いたままにして、ため息をつきながら生徒会室を出た。
廊下に出て左を見ると吉田が歩いている。
その途中電話がかかってきたのか携帯を取り出し耳にあてて喋り始めた。会話の内容が全て聞こえた訳ではないがどうやら千円札を渡すのが間に合った事を母親に話しているようだ。
視線を男子トイレの窓に戻すとまだ煙が出ている。
せっかく吉田の優しさを感じ穏やかな気分でいたのに一気に不機嫌な状態に戻る。
トイレに向かって歩き始めたが近づくにつれて怒りのボルテージもじわじわ上がって来る。自然と顔も険しくなってくる。
トイレに入ると大便用の個室の一つから煙が上がっていた。
その個室に向かって歩き出しドアを激しく叩いた。
「おい!コラァ!出てこいや!誰がここでタバコ吸っていいといったんじゃオラァ!」
これでは本物の取り立て屋だ。
すると、扉が勢いよく開いて中から一年生二人組が出てきた。
二人とも髪は茶髪に染め。髪の長さは男にしては長い。ホストがよくやりそうな髪型をしている。
二人とも扉を開ける勢いまでは良かったが、目の前に立つ俺の姿を見て言葉を失った。
もともと「闇金の正信」と言われ機嫌が悪かったのと、せっかく穏やかな気分になったのにタバコの煙を見てぶち壊されたのもあってか、今では殺気を垂れ流し顔は般若のような形相になっている。
そんな姿を見てすでに一年生二人は泣きそうな顔である。
俺は流しそびれたタバコの吸い殻を指差し低い声で言った。
「なぁ。タバコは何才から吸っていいか知ってるか?高校一年生ごときはまだ吸っちゃいけないんだよ。しかもそれをどうどうと生徒会室の前で吸いやがって…」
大きく息を吸い込み。
「てめぇら舐めてんじゃねぇぞコラァ!次俺が吸ってるとこ見つけたらてめぇらの(ピー)ちぎって(ピー)を(ピー)し、口に突っ込んだままぶっ(ピー)ぞ!」
ドアを叩いた時よりもさらに大きい声で一気に怒鳴った。
※あまりにも汚い言葉だったので補正を入れました。
一年生二人は完全に震え上がり、一人は目に涙を浮かべている。
二人は急いでタバコを流し、悲鳴をあげながらトイレから出て行った。
ざまぁみやがれ!
とりあえず一通り怒鳴った事により落ちつきを取り戻した俺は生徒会室に戻ることにした。
お金を机の上に置いたままにしているからすぐに戻らなければならない。
俺の怒鳴り声がそこまで聞こえていたのか生徒会室に戻る途中、学校の一棟と二棟を結ぶ渡り廊下にいた二人の女子生徒が怪物でも見るような怯えた目で俺を見ていた。
頭が冷静になって来ただけにやっちまったと言う気持ちも大きい。
辞めてくれそんな目で俺を見ないでくれ。根は優しい性格なんだ。多分…
生徒会室の扉の前に来ると、まだ帰っていなかったのか。吉田が俺の所にやって来た。
「随分大きな声を出してたみたいだね。僕が立ってた所まで声が聞こえてきたよ」
吉田が苦笑しながら言ってきた。
ん?まてよ?確か吉田はさっき電話してたよな?と言うことはもしかして、電話相手の吉田の母親にも聞こえてしまったんじゃ…
「一年生がトイレでタバコを吸ってて、それで仕方なく怒鳴ってしまって」
苦笑いで答える。
一応冷静を保ったが。ふと思った恐ろしい思いつきは。言葉に出さなかった。
吉田を適当にやり過ごし。生徒会室に入る。さてお金を金庫に入れるか。
そう思い封筒に目をやると、トイレに行く前より封筒が薄っぺらい気がする。
頭に最悪のシナリオを描いたが瞬時にそれを振りほどく。
まさかな、トイレに行って戻って来るのはそんなに時間はかかってないはず。
そんな短時間で盗まれるなんてありえるはずが…
そう思いながら封筒の上に手を置く。
ペシャ
もう一度手を置く。
ペシャ
いやいやそんなはずはない。
千円札の束は案外薄っぺらかったと自分に言い聞かせながら封筒の中身を見る。
「………え?」
「えーーーーーーーーーー!」
俺が今日出した声の中で一番大きい声だった。




