攻防
吉田は笑いながら言う。
「確かに君の考えは辻褄があっているように見える、だけどあくまでも予想の域を越えないんじゃないかな?」
清一は珍しく険しい表情だ。
「確かにそうかもしれませんね」
吉田が質問する。
「聞くけど、家倉君の言った方法なら渡り廊下にいた女子二人や、一階と三階にいた人達でも出来たんじゃないかな?」
その通りだ。俺がトイレに行った隙に忍び込めば、清一が今言った事に似た事を出来なくもない。
「いえ、その人達に犯行は不可能です。彼らは正信が『闇金の正信』となぜ呼ばれているか知りませんでした。つまり風紀委員がお金を集めている事自体を知らなかったんです」
それを確認するためにあんな事をやったのか。
だが、吉田はそれを聞いてもまだ笑っている。
「そんな事は嘘をつけば簡単なことじゃないか」
渡り廊下にいた女子生徒はわからないが少なくとも俺が見たメンバーは嘘をついているようには思えない。
だが、俺の主観なんかこの場ではなんの証拠にもならない。
清一はさらに険しい表情になる。
「あの時、中庭で散らばった千円札の枚数は30枚でした。ですが札束は正信が自分の分のお金を入れる前に盗み出されました。したがって散らばった枚数は本来なら29枚でないといけないはずです。30枚あったのはあなたがあらかじめ30枚準備して渡していたからではないですか?」
俺が自分のお金を入れていないというのは犯人にとってはハプニングだったのだろう。
「それは、数え間違えたんじゃないかい?もしくは遠藤君があらかじめ千円を持っていたのかもしれない。それに、さっきも言ったようにそれなら渡り廊下にいた女子や一階、三階にいたメンバーにも出来たはずだ。僕じゃないといけない理由にはならないね」
「それなら、なぜあなたは茶髪コンビが中庭に行ったとわかったんですか?あなたが立っていた廊下から階段は見えない。階段を昇ったか降りたかはわからないはず。しかも音楽室前の渡り廊下を渡った可能性だってある。それはどう説明するつもりですか?」
「なんとなくだよ。なんとなく中庭に行ったんじゃないかなと思っただけさ」
吉田は余裕の表情だ。
清一の言葉は決定打に欠けている。このままでは負ける。
「では、あなたが読んだ文ならどうですか?僕は原田さんに頼んで夜学校に潜り込み生徒会室の近く、または生徒会室にお金が隠されてないか調べるよう頼んでおいたんです。すると原田さんは29枚分の札束を机の中から見つけ出した。原田さんはそれを抜き取り、代わりに机の中を覗きこまないとわからない場所に文を書いてもらっていたんです。あなたは、朝早く学校に来てお金を回収しようとしたが見つからなかった。不思議に思ったあなたは机の中を覗きこみ札束の代わりに書いてあった文章を読んだ。違いますか?」
あの時生徒会室で清一が原田さんに耳打ちしたのはこの指示だったのか。
「それは生徒会室に入ってきた時言ったじゃないかたまたま見つけたんだよ」
「あんな所に書いてあった文章をたまたま読んだと?まさか!」
「じゃあ、家倉君はそれがあり得ないと言い切れるのかな?」
限りなく可能性は低いがゼロではない。
「わかったかい?君がさっき言った推理は予想の一つでしかない。僕が犯人だという決定的な証拠はどこにも無いんだよ!」
吉田は笑いながら大きな声で言う。
完全に負けてしまった。
清一はうつむいている。
「それじゃあ、僕はこれで帰るね。君達も遅くならないうちに帰った方がいいよ」
そう言うと吉田は生徒会室を出て行こうと扉に向かった。
が、清一が呼び止めた。
「ちょっと待ってください。まだ終わっていません」
清一はまっすぐ吉田を見つめている。
その目つきは普段ふざけている時には想像もつかない。猛獣のような鋭い目つきだ。
開けていた窓からかすかに風が入る。清一の髪が小さく揺れる。
俺は一瞬寒気がした。過去にもこいつは同じような目をしたことが何度かあった。
「なんだい?これ以上証拠も無いのに僕を疑うのはあんまりじゃないかな?」
清一は目を瞑る。
「正直これを出すまでもなく勝てると思っていたのですが。まさか吉田氏にここまで追い詰められるとは予想もしていませんでした」
そう言うと清一はポケットに手を突っ込み何かを取り出した。




