戦闘前の下準備
昼食を食べ終わると原田さんは清一が食べ終わった食器を片付けてどこかへ行ってしまった。
俺は食べ終わった食器を食堂に戻し、またもとのテーブルに戻った。
「いやー実に美味しかった。原田さんの料理はいつ食べても絶品だね」
イケメンの顔にまんべんの笑みを浮かべながら言う。
こいつは目立たないような生き方が出来ないんだろうか?
「さて正信。君に聞いておきたい事があるんだ」
「なんだ?」
俺はついでに食堂の自販機で買ったジュースを飲みつつ言った。
「生徒会というのは夕方の6時までしか生徒会室にいてはいけないのかい?」
「そうだな。生徒会メンバーで会議などがある場合は6時以降までいても大丈夫なんだが原則としては6時までだ」
「なるほど。だがあの日君だけは例外だったんだね」
「ああ、集金の最終日だったからな。あの時は吉田さんがお金を持って来ていなかったから特別だったんだ」
「この時期に会議はよくあったりするのかい?」
「いや、七夕祭りの会議は来週の14日からだ。だけど毎年恒例の事だから文化部はそれより前から自分達で勝手に準備を始めるな」
美術部員や花道部員は会議で具体的な事が決まっていないがすでに準備を始めていたのだ。
「まあ今聞いたことは全て知っていたんだがね」
俺は椅子からずり落ちる。
「じゃあなんで聞いたんだ!」
「すまないすまない。一応確認のためにね」
清一は本当に申し訳なく思っているのか笑いながら言う。
それを先に言えよ。俺がそう言うと清一は軽い感じで謝った。
「さあ気を取り直して次の質問だ。君はお金をどのようにして管理していたんだい?」
「普段は生徒会室の金庫の中に入れていた。授業と授業の間の休み時間の時にお金を持ってきた人がいれば、金庫を開けて封筒を取り出してお金を入れたらすぐ金庫にしまっていたな」
「だが、放課後だけは違う?」
「そうだな、放課後が一番皆持って来るからな。その度にいちいち金庫を開けたり閉めたりしていたら面倒だから、生徒会室にいる間は封筒は出しっ放しにしていたんだ」
「その間金庫の鍵は開けたまま?」
「いや、金庫の中には他にも重要な書類が入っているから開けっ放しには出来ない。そもそも生徒会は金庫を開けたらすぐ閉める習慣をつけさせられるから、無意識にすぐ閉めてしまうんだけどな」
「なるほどね。ま、この事も実は知っていたんだけどね」
俺は清一の頭を叩いた。
「ぐはっ!」
清一は痛そうに頭を両手で押さえている。少し涙目だ。
これでも一応空手部。力を入れすぎたか。
中庭に風が通る。痛みにうずくまった男のサラサラの髪が綺麗になびく。
変人だけ直せば良い意味で目立っていたはずの友人を見て、案外世の中は平等に出来てるんじゃないかと思い始めた。
中庭を出て一緒に教室へ戻っている途中清一が歩きながら話し始めた。
「今日の夕方6時に生徒会室にいてくれないかい?僕ももちろんくるんだが」
「6時にか?用事も無いのにいるわけにはいかないんだが」
「その点は大丈夫。原則とは壊すためにある」
今の言葉のどこに大丈夫な部分があったんだ?
反論しようとしたが大和さんの言葉を思い出す。
仕方ない。一体何をするつもりか知らないがここまで来たらどうにでもなれ!
俺は了解の意思を伝えた。
夕方。
風紀委員の会議を行った。三万円の使い道を考える会議だがその肝心のお金が無いことをこの場で知っているのは吉田さんと俺しかいない。
居心地が悪い状態のまま何を買うかの会議を行う。吉田さんもソワソワしている。ばれないか心配なのだろう。
その日の会議では途中俺のわざとの妨害もあり、なんとか今日買い物に行く事だけはまぬがれた。
首の皮一枚繋がったのだが肝心の遠藤が一週間来ないのだ。正直意味があったのかどうか。
会議が終わり生徒会室に戻ると杏子と大和さんがいた。約束の6時にはまだ少し早い。あいつはまだ来ていない。
「正信。あんたお金を盗まれたらしいじゃないの」
美人の冷たい視線が突き刺さる。
なんでこいつが知ってるんだ!
隣の大和さんを見るとニヤニヤしている。
この野郎喋りやがったな。信用したのは間違いだったか!
この場で言い訳をするのも火に油を注ぐだけだ。ここは素直に謝ろう。
「悪かった。俺の不注意で大事な金を盗まれてしまった」
杏子は腕を組んで言う。
「えらく素直じゃない。見つからなかったら自腹切ってちゃんと出すんでしょうね?」
「いや、それが、俺の貯金は一万しか無くて…」
どんどん声が小さくなる。
「はあ⁉︎じゃああんた見つかんなかったらどうするつもりなのよ!誰かに土下座でもして借りるつもり?」
杏子は完全に眉間に皺がよっている。
やばい、このままでは殺される。
すると大和さんが突然笑い出した。
「杏子。もうその辺にしてやりな。正信が可哀想だ」
「でもこのままじゃ盗んだ犯人は退学になってしまうんですよ?」
杏子が不安な表情で言う。
杏子の言った通りだ。このままでは遠藤が退学になってしまう。
「大丈夫。後は正信と家倉に任せよう」
大和さんが笑顔で言う。
杏子はまだ不安なのだろう心配そうな顔をしている。
それもそうだ、俺ですら不安なのに。
すると大和さんが俺に言った。
「生徒会室は6時以降も使えるよう先生に頼んでおいたから問題ない」
どうしてこの人は6時以降生徒会室を使う事を知ってるんだ。
「6時以降も生徒会室を使えるようにするには生徒会長の杏子が先生に頼むしかない。だからどうしても杏子の協力は必要だったんだよ」
俺は杏子を見た。透き通った瞳で今回だけは特別よと言っている。
助かる!
だが、俺自身これからどうなるかわからない。杏子達の協力は嬉しいが不安は消せない。
こうなったらあの変人貴族がハッピーエンドに持って行ってくれるのを願うしかない。
「さて、杏子。俺たちはそろそろ帰えるか。ここにいても邪魔になるだけだ」
「わかりました」
そう言うと二人は帰る準備を始めた。
帰り際二人は俺に声をかけて行く。
「大丈夫。全て丸く収まると思うからどんと構えていればいい」
そう言って大和さんは俺の肩に手をポンと置いた。
「ちゃんと頑張りなさいよ」
杏子は俺の腹に軽くパンチをして部屋を出て行った。
取り残された俺は使命感に燃えていた。
だが、冷静になると俺は今から何をしたらいいのかわからない。
結局不安になった俺は原田さんの真似をして生徒会室の掃除を始めた。




