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『夜の孤独』【短編小説】

作者: ハンス

 《元気してますか?》


 ある春の日の夜、絵里は自分の机に座って手紙を書いている。

 宛先は、誰か。それは絵里自身も知らない。《元気してますか?》 と書いた続きを、もう一時間以上書きあぐねている。すると突然ドアをノックする音が聴こえた。


 「……絵里?ご飯よ。……なによまた勉強してないの?」絵里の母が部屋に入ってきた。

 「うん。今行く」

 母が階段を登る足音さえ聴こえなかったほど、絵里はなにかを感じていた。


 今日から学校が始まった。絵里は今年で高校三年生になる。つまりは受験生だ。

 今日は所属しているバトミントン部の練習がなかったので、夕方には帰宅していた。塾もないから、久々に「適切な時間」に晩御飯を食べる。


「明日は?家で食べるの?」

 母がテレビに目を向けながら絵里に訊ねた。

「明日は、部活のあと、そのまま塾だからいいや」

 当たり前のように答えたあとで

 (もう明日の晩御飯の話か…)と絵里は思った。

 同じ世界にいるとは思えないほどの盛り上がりをテレビの画面は簡単に映し出す。

 

 「ははっ!いいわねーこんな楽しい仕事でお金たくさんもらえて」母が言った。

 「でも、この人達にもそれぞれ大変な事があるでしょ」そう私が応えると、「はぁ、宝くじ当たんないかしら」と、母が間髪入れずに、息を吐くように言った。

 お決まりのセリフだ。

 「もっとお金持ちの人と結婚すればよかったわ。絵里はお金持ちと結婚しなさいよ」

 「なんでよ…」


 母は平気でこんなことを言う。

 絵里の父親は土木現場で働く技術者だが、一向に給料は上がらない。絵里はそのことに対して「しょうがない」と思っていたし、家族が仲良く暮らしていければ「それでいい」と思っていた。


 現実はそううまくいかない。

 絵里の母は父に対してもはやなんの感情も抱いていない。「好き」「嫌い」とか、感情が抜け落ちている。絵里は、ただただ「お金のために奴隷のように働く」父が哀れに思えた。

 

 そして母はいつも絵里に向かって

 「あんたの為なんだからね、こうしてお父さんと一緒に暮らすのも。別々に暮らしたら家賃がもったいないでしょ」と、これまた息を吐くように言う。


 

 「ごちそうさま」

絵里は十分足らずでご飯を食べ終えて、すぐに自分で皿を洗う「フリ」をする。

 「いいわよ、お母さんが洗うから」

 「うん、ありがとう」

いつもどおりの流れだ。

テレビではケータイ会社のCMが流れる。「親がいるから学校にも行けるんだよ!」という誰かの声が部屋に響き渡った。

絵里は二階の自室にすぐに籠もる。


《これが、大切な変わらない日常、なのかな?》

 

絵里は、手紙の続きを、「誰か」に向けて再び書き始める。

窓の外をふと見ると、自分の顔が写っている。

(なんて悲しそうな顔なんだろう。)


絵里はそう思った。すこし目線を上げて目玉の水晶体を薄くすると、遥か彼方で煌々と光り輝く満月があった。

ベッドの上に放り投げてあるケータイがブルブル震えた。

LINEで誰かが声を出したんだ。

絵里はケータイを手に取って、制服姿にスニーカーを履いて外に飛び出した。


夜は、孤独の授業が始まる。

絵里はその授業が一番キライだ。

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