チャプター7 夢の世界
シロは夢を見ていた。もちろんそれは希望に満ち溢れたものではない。気づくと自分が育った孤児院にシロはいた。シロは夢の中でも意識を保っていて自分が明晰夢を見ていることに気づいた。孤児院の様子や雰囲気は当時のままであるシロの眼前に広がった世界は懐かしい感情とともに過去のつらい記憶を呼び覚ます。実のことをを言えば、シロには幼少の頃の記憶が途切れ途切れにしか存在していない。ありていに言えば記憶がないのである。完全に忘れているわけではないが、シロが幼少の頃に出会った唯一の味方である職員の名前や顔が思い出せないのであった。
ふと孤児院の入り口に在籍していた職員とともに見慣れない立ち姿の人間が立っていることに気づいた。シロは当然、その見慣れない人間が自分を支えてくれた職員であることに気づいたため、近くによって顔知りたくなってしまった。人間の性には勝てないものである。
しかし、近くによってもその顔を確認することは出来なかった。そうしていると遠くから走ってくる少年がいた、それは幼少の頃のシロであった。年齢は大体5歳あたりといったところであろうか、幼少のシロは何も言わず、その職員へ近づくといきなり、すねを蹴り走り去ったのであった。なぜそんなことをしてしまったのか今のシロにはわからなかった。
悶絶しその場へしゃがみこむ、その職員は在籍していた職員へさっきの少年のことを聞いているようであった。
「あの子は一体…?」
「あの子は一之宮 白って言うんです。職員にも子供たちにも手を上げるので関わらないほうがいいですよ」
そう確実に聞こえたわけではなかったが、なぜかそんな気がしていた。
世界がある程度、時間がたったようであった。新しくきた職員が窓越しに見ているのは幼少の頃のシロ。誰にも関わろうとしないシロを気遣ったのだろうか、彼は外へ出て小さいシロへ話しかける。
「やぁ、僕は……、はじめまして」
名前は聞こえなかった。絶対に聞き逃さないようにしていたつもりだが、名前の部分にだけノイズが入ったようになり、彼の名前を知ることが出来なかった。
幼少のシロはその職員をじっと見るだけで何も話そうとしなかった。シロの目は子供が持つような希望や楽しさなどの感情がなく暗く淀んでいることに職員は気づき、やさしく語りかける。
「お友達は?」
「おともだち?」
幼少のシロはその言葉の意味を理解していないようであった。
「あの子達のこと嫌いなの?」
職員がそういいながら指差した先には約6名ほどからなるグループであった。そのグループは他愛もなく鬼ごっこをして遊んでいるようであった。
シロはそのグループを見るやいなや即座に結論を言い放つ。
「きらい」
その言葉に驚きもしなかった職員は続けて理由を聞き始めていた。
「何でだい?」
「ぼくがなくしたもの、みんなはもってるから」
そうか、とひどく小さく答えると職員はシロとの会話を続けていた。
「ぼくのことを蹴ったのは、覚えているかい」
「おぼえてる。おじさんもぼくをおこるの?」
幼少のシロは怒られることに対して恐怖しているわけではなく、もはや怒られることは容認しているような口調であり、淀んだ目をしていた。
そんなシロにまたやさしく職員は答える。
「そんなことはしないよ、君はなくしたものを探していただけなんじゃないのかな」
その言葉の意味を小さいシロは理解しているかのようにコクンと頷く。職員はそんなシロをみて
「君は頭がいい。だけど、だからこそ周りと自分を比較し、足りないものは何かと探してしまうんだね…君の探し物はもう君の中にあるよ、けどそれは君が手を傷めたり、相手を傷つけたりしちゃうと出てこないんだ。恥ずかしがり屋さんだからね」
真剣なまなざしで職員のことを見る小さいシロは早くどうすればそのなくしたものを取り戻せるのか聞きたそうに静かに職員を見つめていた。
「じゃあ、まず私とお話をしようっか」
そう職員が語りかけたところで一度シロの夢は終わった。暖かい気持ちに包まれていたシロはこのまま目を覚ますつもりでいたが、突如として夢の舞台は変化した。
シロは走っていた。ただただ走っていた。何かから逃げるように、何かを避けるように走っていた。
体は言うことを聞かず、走ることをやめることは出来なかった。走っているときの感覚が妙に違和感があったため、足元や手を見てみるとかなり小さくなっていた、子供の頃の体型になっていたのである。ただただ走るその夢は時には遠くから、時には近くから声がしていた。
「あいつ、またけんかしたんだって…」
「なに考えてるかわかんないし…気持ち悪い」
「また、あの子が暴力を振るったそうですよ…どういう教育受けてるんだか…親の顔が見てみたいわ…」
「どっかに行けばいいのに…」
「もう私はあなたのこと嫌いなの…別れましょう…」
「だれもあんたのことなんか気にしてないから…」
「お前、消えろよ…」
聞こえてくる声はどれもシロに言われた言葉であった。心が過去の絶望を思い出し、何から逃げているのかを理解したためシロは全速力で逃げることを決意した。
しかし声はいくら走っても消えることはなくいつまでも付きまとう。
「俺が何をした?悪いのは俺の存在なのか?誰か…誰か、助けてくれーー!!」
シロは声に出して叫んでいた。心の中でも必死に。
気づくと前方に人影が見えていた、それは味方である職員の後姿であったので急いで彼の元へとシロは走った。その職員に近づけば近づくほど声が聞こえなくなってきたので、速度をあげた。ようやく彼の元へたどり着いたシロはせめて顔だけでも知りたいと話しかけようとすると、その職員が何かを言っていることに気がついた。その瞬間、職員はシロのほうへ振り返り、あのときの事故のように顔はつぶれ、腕はもげている状況で
「お前のせいで……お前のせいで…俺は死んだんだ!!!!!!」
ハッとシロは目が覚めた。
皮膚という皮膚に汗がしみだしているのがわかった、また鼓動が壊れそうな勢いで脈打っていた。一度死んだ身である以上、そんなことはありえないとわかっていても、その感覚は存在していた。
篠崎と別れ現世に行ったのはいいが、シロは予想以上に篠崎のマシンガントークにやられ、昼飯がてらファミレスに入り注文をしたところで眠ってしまっていた。おそらく、うなされていたのだろう、心配した店員が水を新たに注ぎなおしていた。その水を一気に飲み干すと注文したものが出てきたが、もはや食欲などシロにはなかった。
とりあえず一口食べてはみたが、やはり食欲はない。シロはファミレスを出て、買い物をすぐさま終わらせ、帰還することにした。
たいした買い物はしなかった。いくつかの服と、いくつかの家具類、そして書籍を数冊、買った。それらの品々を端末の物品転送システムで自分の部屋へと送り、すぐさま帰還のボタンを押した。死神の本拠地へ帰還したシロが時刻を確認すると午後五時をまわるところであった。日は傾きかけ、ちょうど夕日が差し込みかけていた。とりあえず宿舎にある自分の部屋へと急いでいた。誰にも会わなかったことだけが幸いだった。部屋に着いたシロは今日購入した物品をある程度まとめあげ、ベッドに自分の身を放り込み今日の夢を思い出す。身の毛がよだつほどの恐怖に駆られたシロは眠ることは出来ず、ベッドに顔をうずめていた。
どれぐらい時間が経ったのかわからなかったが端末にいつの間にかメールが届いていた。それは大門からのメールであった。その内容は初任務が明日行われるということと詳細は明日の朝10時にミーティングを行うということだったので、今日は早めに寝るためにシロはシャワーを浴び幾分か回復した食欲を満たすため食堂で食事をとり自分の部屋へと戻った。
再びベッドへ自分の身を放り込むが、眠れそうにない。シロはいろいろなものを諦めて、今日購入してきた本を開いて、明日になるのを静かに待っていた。