チャプター70 白と傲慢
世界が残酷であるという事実は何も人間や死神だけに適用されるものではない。その世界に存在しているものであれば、世界が非情で残酷で、慈悲のない世界に見えても不思議はない。傲慢の悪魔の目の前では、まさに非情で残酷な世界が広がり始めていた。目の前で白い光を放ち、大鎌を肩に抱えた死神がいなければよかったとルシファーは改めて痛感していた。
振り回される神の遺産が悪魔の体を炙るように周囲を照らす中、悪魔はただ自分のできることを繰り返す。悪魔のなかで最強の強度を誇るリヴィアタンの体すらも容易に破壊する神の遺産を前に彼ができることは距離をおいての砲撃しかなかった。
「神の遺産…ふざけるなよ…悪魔を蹂躙するためだけの…力のくせに…」
彼の攻撃が悪魔の力によって行われていることは言うまでもなく、その砲撃はシロに着弾するまえに消滅する。シロはただ逃げ惑う悪魔に歩いて行くだけだった。
「もう終わりか?ルシファー…」
彼の挑戦的で自分を見下した言葉で悪魔の神経を逆撫でる。シロには悪魔を見下すつもりはない。ただ悪魔にとって現実が非情だっただけだ。
「僕は…僕以上のやつがいるなんてことはない!!それが世界の理だ!!」
「だから、俺はその世界を壊すだけだ」
「だまれ…だまれだまれだまれぇ!!」
悪魔の力がさらに増大しようともシロは眉一つ動かすこともしなかった。肩に抱えた大鎌を構え直し悪魔に向けて走り出した。ルシファーは自分を表す傲慢という意味を死神に理解させるためにフィンガースナップと共に叫ぶ。
「ひれ伏せろ!!一之宮シロ!!」
その言葉とともに襲い掛かる違和感がシロの体を動きづらくする。高速で悪魔に向かっていたはずのシロの体は急に速度を低下させ、ついには速度をなくし立ち止まる。
「とまった…?」
「そうりゃそうさ、万物は俺以下の存在…俺よりも優れたものなどない!!もちろん、お前の戦闘能力だって、この世界の法則すらも僕以下だ!!」
動きの鈍った体は動くことは可能だったが、明らかに運動能力が劣る。自分が作り出したはずの鎌ですらシロは重く感じていた。その現象にあせることなく死神は白い力を増大させる。
「お前の能力はわからないが…神の遺産があれば…」
白い力は悪魔の力が影響するものを全て拒絶し、シロは悪魔の束縛を断ち切る。運動能力を取り戻した死神は止まることなくルシファーのもとにたどり着き、射程内にいる悪魔の首めがけて大鎌を振りぬいた。
「悪魔の力なんて問題ない」
鎌の速度は人の目には捉えられない。かろうじて避けた悪魔は悔しさを噛み締めながら体勢を整えていた。
「ちぃ…だが、予想済みだ…”雪花満開”」
「これは!!」
シロの目にはどこかで見た事があるその魔法に驚きながらもすぐさま地面を蹴り後退し、魔法の範囲から遠ざかる。
死神がいた場所は冷気を発し、全てを凍らせていく。
「このえが使っていた魔法…」
篠崎が使用していた魔法の何倍も威力のあるその攻撃に驚きを隠せなかったシロは思わず足をとめていた。
「魔法の使用って…詠唱が必要なんじゃなかったのかよ…」
「そんなものこの僕には必要ないのさ!!魔法なんて僕の力による物理法則の崩壊と再構築でしかない!!君たち死神たちとは違うんだよ!!」
地面は今もまだ凍り付く範囲を広げ、靴底からは冷気が伝わる。それが意味することは、ルシファーの能力による物理法則の崩壊、つまり魔法は神の遺産をもつ死神にも効果があるということだった。シロ自身にかけられる魔法であれば発生も防げるのだろうが、世界にもたらされた魔法の発生を防げないと思ったシロはその場から後退する。
「さすがに防げないのか…」
「余裕なんてあたえないよ?…”猛火鉄槌”」
魔法の発動と共に凍り付いた大地は解溶け、地面はひび割れて火柱がシロを囲い尽くす。身動きが取れなくなる前にシロは悪魔に向かって走り出した。噴出する場所を瞬間的に見極めて空中に飛び上がり、体をひねりながらせりあがる火柱を掻い潜る。
シロの前髪がチリッと焦げる音がした時、横に浮遊する悪魔の姿が目に飛び込んでいた。ルシファーはにっこりと笑ったと思えばフィンガースナップを繰り出した。
「”世界の礎”」
火柱を避け切った先で襲いくる巨大な石柱は容赦なくシロを潰そうと左右から迫りきていた。右側に体の正面を向け、破壊という自分の願いを心に満たし、神の遺産を増大させる。その力を込めて石柱の一つを打ち砕いた。
後から迫り来る石柱に足が触れた瞬間に膝を曲げ、その衝撃を吸収させ石柱に乗ったままその場を離れると石柱は魔法の効力範囲外に出たのか自然と消えていた。石柱が消えたことでシロの体はそのまま落下した。
「やりづらいな…ここまで乱発されると…もう来たか」
石柱に張り付き強引に距離を引き離したつもりだったが、ルシファーは背中に羽根をはやし空中を速度を速め近寄ってきていた。
空を飛びこちらに近づいてくる悪魔の体が黒く光ったときに死神の体はふたたび動きを遅くなる。ルシファーの体は今も変わらず光り続ける。次の攻撃に備えるために自分の体を神の遺産を発生させ、呪いとも言える悪魔の力を払いのける。
その作業によってシロが一瞬だけ足を止めることになることを悪魔は知っていた。だからこそ、悪魔はその一瞬を狙い撃つ。
「君の存在は…絶対に許さないぃぃ!!!!"冥王の吐息"」
シロの眼前を魔法によって作り出されたエネルギー体が覆い隠す。それはまさしく全てを滅ぼしかねない暗闇の集合体。それを照らすように自分の持つ大鎌にできる限りの神の遺産の注ぎ込み、発生源にむけて投げつけた。
大鎌と魔法が触れ合った瞬間にそれらの持つエネルギーが正面衝突することで生まれる衝撃波は周りにある建物を吹き飛ばしていた。大鎌の崩壊とともに暗闇も消えていく。悪魔の攻撃は限度を知らずに続いていた。
「どれほど君は…罪深いんだ!!"魔王の愛撫"」
地平の彼方から聞こえてくる轟音にシロも気がつき、思わず音がするほうを見る。地面を抉り、向かってくるのは巨大な刀身のようなものでそれは次第に速度を速めてくる。全てをなぎ払う力にシロは溜息を吐き出した。
「こんなもん…ここでぶっ放すなよ…」
仕方ないという表情をを作り出した死神は、音速を超えて迫り来る圧倒的な力のまえで一度深呼吸をして、自分の願いを思い出す。再び白い光は悪魔の世界を照らし出してから全てを右手に圧縮し、渾身の力と絶対的な思いを乗せて殴りつける。すぐさま白い力は悪魔の放った刀身に伝わり、物体を風化させたのだった。ルシファーの拳は今、改めて震え始めていた。
「この技すら…効かない…だと…」
「終わりだ…ルシファー」
怒りに震えた悪魔には見えていなかった、シロが背後に移動していたことに。移動の途中で大鎌を再び作り出していたシロは焦ることなくその刃をルシファーの首元にもって行く。その行為は常人にとっては見えないほどの速度だったが、死神にとってはやさしく、そしてゆっくりと行われる。それはまるで縄を首にかけるように静かだった。
あとは、ただ引くだけだった。
だが鎌が引かれることはなかった。それは決して悪魔を哀れんだわけではないし、神の遺産が枯渇したわけでもない。
目の端で捕らえたものが彼の手を止めることになった。
暗闇の世界に同調した色、わずかな光が反射したことで生まれる艶。
漆黒の髪
それは初めて見た時と同じようにシロの心を惹きつけて離さない。
結論はわかっていたが、それでもシロは覚悟せざる終えなかった。どこかで聞いたことのある詩が響く。
奏でられた詩が完成すれば、体が危険に晒されるために発生源を速やかに特定する必要があった。
ルシファーの首元においた鎌を急いで退かし、距離をとる。距離を離れたことでシロが得たものは俯瞰する権利。
その代わり彼は現実を抱えたのだった。
「レイ…」
一言だけ呟いたシロは彼女と出会った日を思い返す。憂いを帯びた彼女の心を表すように黒髪は揺れていた。




