チャプター64 抜け殻
黒髪の少女は大罪の悪魔と死神4人の戦いをただ見ていた。
そこには自分の感情も、自分の思いも、自分の願いもない。だから彼女の行動を形容するならば”ただ見ていた”と表現するしかできない。
座り込んだ少女は虚ろな目で行われている戦闘を観察する。
仲間だった死神たちは一体なんのために戦っているのか彼女は理解ができなかった。
立ち上がれどもそこには絶望しかないことをわかっていながらなぜ立つの?
そう心のなかで呟いた少女は更にその身を戦闘が行われている広場に移したのだった。
悪魔の絶対的優位、その中で死神たちは奮闘する。すべては自分の願いを叶えるために枯れ始めた死力を振り絞り立ち上がる。悪魔はあざ笑うことすら飽きていた。暇つぶしにも成りえない死神たちとの戦闘は戦いの真っ只中でも溜息が出るほど。
「もう諦めなよ、一之宮シロ…勝てるわけないじゃん、ただの死神が悪魔に」
「はぁ…はぁ…黙…れ…」
すでにシロの体は裂傷や打撲によって痛み以外の感覚しかない。地面には戦闘中に垂れ落ちた血液が斑模様を作り出していた。左手の神経はすでに切れているようで動かない、右目は完全に光を失った。
傲慢の悪魔にはなぜ死神がそこまで諦めないのかが理解できずにいた。
「な~んで、死神一人のためにそこまで頑張るかねぇ…」
「な…仲間…だからだ」
「そもそも仲間ってなに?自分以外はゴミクズでしょ?」
「てめぇには…理解できねぇもんだよ…永遠にな…」
シロは自分自身が吐き出した”仲間”という言葉に驚いていた。以前の自分であれば仲間という言葉は使わなかった。しかし、今は仲間という言葉でしか桐彦や、望月、このえ、そして零花を表すことができない。どうしてなのかと考えた時、彼らとの思い出が蘇る。
楽しかったこと、つらかったこと、悲しかったこと、怒ったこと全てが蘇る。
それは今までシロが得られなかったものであった。
正確に表すならば、得ていたとしても彼が自分の人生を拒絶したことにより気がつかなかったもの。
それに気がついたとき、シロは悲しんだ。それと同時に微笑んだ。
「仲間が…苦しんでるんだ…だから…俺は助けるんだ…」
傲慢の悪魔には彼の言葉を理解することはできない。ぼやける視界では仮面をしたままのスーツ姿の悪魔は首をかしげる。ルシファーは対等な立場を持ちえないことこそが美だと信じて疑わない。自分とそれ以外という立場でしか物事を考えたことがないからだろう。
「わからないねぇ…どうして自分以外のためにそこまで…あ、でも僕が君を見守っていたのと同じか」
シロがなんのために戦うのかをずっと考えた結果の答えが吐露された時、シロに不穏な動悸が訪れる。その原因がルシファーの言葉にあったことは間違いはない。
「見守っていた…?」
「気付いてなかったの?まあ、他の悪魔たちも遊んでるみたいだから、僕が直々に説明してあげるよ」
シロの鼓動はどんどんと不規則になる。その悪魔の囁く言葉が何を意味するのか嫌な予感しか与えていないからだ。
「”久瀬狩夜”…その名を持つものは実在していたよ…君の傍でね」
そういいながら、ルシファーは唯一自分の体を隠している仮面を取り去った。
「久瀬…かり…や…先生…」
「名前だけじゃ思い出せなかったか…そうさ、僕は君の幼少を知っているんだ」
「あ…ありえない…なんでお前が先生に…」
「久瀬狩夜は君と出会う以前から死神だった、神の側近によって命令されてお前を監視していたんだよ」
神の側近とはサタンのとり憑いた八鳥辰狼はシロに神の遺産があることを知っていた。それゆえに神の遺産が実体を持たない者たちの世界に来るようにする必要があった。そして、それを任されたのは久瀬狩夜だった。久瀬狩夜は神の遺産という存在を知っていたが、シロにそれがあることを知らされていなかった。ていのよい嘘をつかれ、サタンにより"監視"という命令されていた。
このとき久瀬にはルシファーはいなかった。ルシファーが取り付いたのはシロに出会った後のこと。
「僕がこの久瀬狩夜にとり憑いたのは君と出会ったよりも少し後さ…思ったよりも久瀬狩夜の心が強くてさぁ…なかなか乗っ取れなくて苦労したよ」
「どういうことだよ!!」
「まだ…わからないのかい?」
悪魔は楽しさを噛み締めていた。それはシロが知らなかった事実を知らしめる、それは見下すという行為。傲慢の悪魔にとっては最高ともいえる瞬間だった。
シロは自分の中にある絶望を思い出し始める。夕陽に染まるバス、ちぎれた腕、潰れた顔面、すべてのパーツが彼に与えるトラウマを思い出させる。
悪魔はほくそ笑みながらに呟いた。
「あのバス事故は僕が起こしたんだよ…サタンと一緒にね…そしてその事故に紛れて彼を殺した。それだけじゃあない、君が絶望をしっかりと抱いて死ねるようにしてあげたのは僕さ!!どうだった?僕の演出は?」
シロの脳内で全ての映像がフラッシュバックする。怖気、吐き気すべてが蘇りはじめて、体には力が入らなくなる。それとは対照的に死力は膨張していた。
「君の目がさぁ…綺麗だったんだ…久瀬狩夜の体から覗いていたよ…その瞬間思ったんだよ、この目を曇らせて闇に引きずり込んだらどうなるんだろうってね…その絶望を抱えた目で見つめて欲しかったんだ」
シロの眼球は自然と光を失う。
「そうだよ!!その目がいいんだっ!!もっと僕を…その目で…」
「こんな…ことのために…俺は…」
「うん、絶望を与えたよ。久瀬狩夜を殺し、周りの人間から疎まれるようにして、君を取り巻くすべてに君を疎外させたんだ!!」
うなだれた体はいつまでも動こうとはしなかった。心が壊れかけていくと同時にシロの過去が音を立てて崩れ落ちていく。それでも彼は抗った。
「先生が死神だったのなら死ぬわけがないっ!!」
「死神が死ぬためには、死にたくないと思うこと…彼は思っていたんだよ…僕という悪魔の存在から君を守ると…そして、”ここで死ぬわけにはいかない”とね」
「ふざけんな!!そんなのは…」
「また嘘だと?残念ながら事実さ…証明するものはないけどね」
シロは全ての記憶を辿るなかで、記憶の中の絶望は傷口を広げ顔をだす。
俺を…守るために…先生が…死んだ…
俺のせいで…先生は…
動かなくなった死神に興味が失せたルシファーは辺りを見渡した。桐彦、望月、このえ、すべての死神が地面にひれ伏したことを確認すると傲慢の悪魔は目の前で死力ばかりが膨れ上がる死神をあざ笑うための詩を歌った。
だ~まされた だまされた
馬鹿で 愚かな 青年は
篭にいれられ 売られてく
王様、王妃に 笑われて
騎士や、兵士に 笑われて
商人、民に 笑われて
道化にすらも 笑われて
世界は一つの理を 篭に込めて送り出す
愚かなものは 消えていく
笑われるために 生きている
大きく響く 笑い声
最後に嗤うの 誰だろう
篭の中の 青年だ
悪魔は満面の笑みで最後の言葉を作り出す。
「嗤笑の磔」
その詩が完成すると、シロの背後には突如として十字架が現れる。腕は強引に魔法の力で十字架にひきつけられ、動かなくなった。
右手はシロの体重を支えるために等間隔に釘が打ち込まれる。左手はすでになくなっていたためにその所業を免れた。右手の釘が刺さり終わると、右足、左足は骨ごと釘を打ち込まれていく。
シロはもう動くことは叶わなかった。
「いやぁ…楽しませてもらったよ…闇に落ちた目の光は…とくに君の視線は素晴らしかった。世界を恨むようなその目はたまらなかった」
シロは自分の絶望が体を支配する。虚ろな目で仲間たちをみるがそこに広がるのは新たな絶望、言葉は出なかった。”自分のせい”という想いが彼を縛りつける本当の釘だった。
「さて、この外面も、もういらないな…」
そういうとルシファーは久瀬狩夜という入れ物を捨て、自分本体を形成する。
抜け殻は無残にシロの足元に転がった。傲慢の悪魔が黒い光を久瀬狩夜に向け放出すると抜け殻は粉々に砕け散る。
「先生…桐彦…望月さん…このえ…こんなの…」
シロは絶望の中で声を聞く。とても冷たく低い声…誰のものかもわからないその声はシロを問い詰めた。
”お前の願いを…思い出せ…”
死神は自分の願ったことを心で呟く。
俺は…仲間を信じたかった…先生を救いたかった…
冷たい声はそれを否定していた。
それは貴様の上部の願い…心の底にある願いを…思い出せ…
シロは言われるがまま、自分の思い出そうと静かに瞼を閉じた。
悪魔はなにも知らないまま、はりつけられた死神に近づき胸に手を当てた。
「ささっと、禁忌もらっておくか…」
その行為が行われようとしたとき、死神は自分の心の深淵に足を踏み入れたところだった。




