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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅸ 大罪と遺産の対峙
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チャプター63 暴食と怠惰

 望月みなもは考える。

自分の力がどれほど悪魔に対抗しうるのだろうかと。


目の前に立つ2メートルを有にこえる悪魔はこちらの様子を伺っているようで何かをしてくるような気配はなかった。

悪魔に遭遇した経験の乏しい彼女はともかく目の前の悪魔の存在を確かめていた。


「貴方はなんの悪魔?」

「俺かぁ?俺は暴食の悪魔ぁ、蠅の王とも呼ばれてるぅ、ベルゼブブぅ」

「蠅の…王…」


どことなくイメージの合わない望月は無意識で首を傾げていた。対峙していたベルゼブブはなぜ少女が首を傾げたのかがすぐに理解できた。


「あぁ!!お前今ぁ、俺がデブだからぁ、蠅みたいにはやく動けないと思ったんだろぉ?」

「そんなことは…思った」

「やっぱりぃ舐めるなよぉ小娘ぇ…」


悪魔はその言葉を吐き出すと何かを生み出すように全身に力を込める。悪魔の体が漆黒に覆われたかと思えば突如として目の前から消えていた。

望月はその目で捕らえた現象だけ頼りにベルゼブブの目的を考える。ベルゼブブの体が少しばかり細くなり、そして姿を消した。


結論がでた望月はすぐさま移動する。その行動に至るまで1秒を切った。

その即断と即決によって望月の行動は悪魔の攻撃を回避することにつながったのだった。


「ほうぅ避けるかぁ…しかし、もう遅いぞぉ…」

「…遅い?」


彼女は自分の体の異変にすぐさま気がついた。それは通常の戦闘よりも死力の消費が多いということ。

力が徐々に失われる感覚が望月におとずれていた。


「死力が無くなる…?」


望月は試しに死力を多く発生させていた。自身の死力はすぐさま無くなるというわけではなく、どこかに徐々に抜けていくそんな感覚に等しい。

彼女の頭の中では全ての可能性を考慮するために頭を回転を最大限に高めていく。ある一種の可能性が浮上しかけたときに再び悪魔は姿を消したのだった。


「まだわからないだろぉ?ヒントはぁ…暴食だぁ…」


望月の中にある可能性をたよりにし、すぐさま回避行動をとる。回避行動だけでは足りないことを予測していた彼女は瞬間的に死力を最大限に発生させた。再び悪魔が姿を表した時、悪魔は感嘆し、望月は驚嘆する。姿を表した悪魔は明らかに痩せていた。巨漢から中年男性程度にまで痩せた彼の声は濁ったものから透き通り闇の世界に響き渡る。


「ほう、気付いたか…ここにくる死神なだけはあるみたいだな。2度目の攻撃からはじくなんて…」

「痩せた…というか、これが攻撃?こんな蛆虫をつけることが?」


そういうと嫌そうに望月は自分の体にくっついた虫を引き離す。


「ま、どうせバレてるから言うけど、俺の子供たちは育ち盛りだ…君の躰を食べ尽くす」

「優先的に死力を食べる虫…キモイ…」

「キモイとか言うなよ。俺の子供たちは可愛いんだ…」


作り出した表情は”悦”、そしてその表情は次第に歪み、どんどんと身悶える。


「お前…生き物が輝く瞬間ってなんだと思う?」

「輝く瞬間?」

「そうだ、俺は…捕食している時が、いちばん輝いてると思うんだ」

「だから?」

「む…わからないか…お前の体内にいる子供たちは死力を食い尽くしたとき、次は柔らかくて栄養のある内臓を食べ始める…そして食べる所がなくなったらそのお腹を食い破って出てくる。これがどれほど素晴らしいことか理解できないのか?」

「趣味悪いのね…悪魔って」

「そうか?欲望に素直になればお前もわかるさ、さて俺の能力の一端を見破ったお前には敬意を表して褒美をあげよう…」

「悪魔って本当に意味がわからない…」

「俺を殺せばお前の体内にいる子供たちは死ぬ」

「そんなこと教えてもよかったわけ?」

「問題ない、お前はその希望すら抱けずに死ぬだけだ…」


そういうと悪魔は再びその姿を消した。

少女はもはや突如として消える悪魔に驚きすらしなかった。少女は自分の中に埋め込まれた蛆虫を気持悪いと思いながらも、そこに恐怖の感情は持たなかった。

それは彼女の一種の考察からくるものである。


この悪魔は二度も攻撃をしながらも直接的な攻撃をしてこなかった…つまりこいつは直接的に攻撃するつもりがない

それもそうね、私が死力を使うことは避けるはず…少しでも多くの死力を蛆虫どもに食べさせたいのだから…

どれほどの消費をするかはさっき確かめたさほど問題ない…これならやれる


そう思い悪魔の襲撃に備え、再び瞬間的に死力を発生させるが彼女の誤算がそこにはあった。

ふたたび現れた悪魔は先ほどの攻撃の速度よりも速さがましていた。それは彼女の防御が間に合わなかったということにほかならない。


「遅いな…まだまだ早くなるぞ?俺は」

「くぅぅ…一気に消費が…ふえた…」

「お前にはいい餌になってもらわんとな…」


一瞬にして望月は理解した。悪魔の技がどれほどえげつないものなのか。

悪魔の中に住む子供らを解き放てば悪魔は、その度に速度を速める。一方、蛆虫の餌となった者は死力を食われながら、悪魔の攻撃を避けつつベルゼブブを倒さなければならない。死力がなくなっていくことは死神たちの速度を奪う。それは悪魔の攻撃を更に受けやすくすることにつながった。


 望月みなもは思い知る。

悪魔の強さが一般的な守護霊と言われる存在を悠然とこえていることを。

どうすればこの負の連鎖を断ち切ることができるかを考えてみるが、考えれば考えるほど抱かなかったはずの恐怖が身近に忍び寄る。彼女の絶望が枯渇し腹を裂いて蛆虫が出てくるのが先なのか、彼女の絶望がベルゼブブを討ち滅ぼすのが先か…それは彼女が容易に想像できてしまった。


 裸体の少女はただ気だるそうだった。今にも座り込んでしまいそうなほどに体を大きく揺らしながら近づいて来る。


「めんどくさぁ~い…なんでここにきちゃったのよ…」

「レイちゃんを…助けるために…」

「そんなこと知らないよぉ…相手をさせられる身にもなってよぉ~…だるいよぉ…」


ついには座り込んでしまった金髪の悪魔は、勢いそのままに膝を抱え横になる。自分の尻尾を眼前にもってきてその尻尾を触っていた。

篠崎はこの隙を見逃すわけもなく、すぐさま悪魔の頭上に巨大化した図鑑を作り出し、そのまま叩き落す。巨大化した本が有した質量と高さによって生み出された位置エネルギーは悪魔と地面にそのエネルギーを余すことなく伝えたことで、それは衝撃となった。


「もう…終わった…?」


篠崎は悪魔の状態を確認するために一度巨大な本を消す。瓦解していく本の欠片の中でみた光景に篠崎は驚くほかなかった。完全につぶしたはずの悪魔は横になったまま、くつろいでいた。


「…っ!!なんで?!」


すぐさまその悪魔との距離をとるが、悪魔の追撃はなくただ静寂が訪れる。ビクビクしながら篠崎は悪魔のほうに歩みよると、それを知っていたかのように横たわり尻尾を弄ったままの少女は篠崎に声をかけた。


「そこの死神~死力を使い切ったら教えて~」

「なにを…言ってるの…?」

「だから~…めんどくさぁ…」

「貴方は…何の悪魔なの…」


横たわる奇妙な悪魔に篠崎は問いかける。


「怠惰の悪魔…ベルフェゴール…」

「怠惰…」

「簡単に言えば引きこもりってこと…先にいっておくけど…私は何もしないから~…でも逃がさないよ」


その言葉は篠崎に不安をもたらしたが、悪魔の”なにもしない”という言葉を確かめるようにその場を一歩また一歩と後退する。ベルフェゴールの討伐にかける時間を他の悪魔を討伐に使うためにその行動を行った。1メートル、また1メートルと悪魔との距離をとる。20メートルほど歩いた所で篠崎は悪魔の言葉を理解した。突如として現れた見えない壁に背中を強打し思わず振り向いた。


「イタッ……壁?」


力のこもっていない悪魔の大きな声は篠崎に届けられていた。


「逃がさないっていったじゃん~私に大きな声出させないでよ~」

「これは…どういうこと?」

「どういうことって…聞かないでよ…説明するの面倒なんだから…ま、どうせ暇だから教えてもいいけど…」


悪魔は髪の毛の一部を摘み、先端の枝毛を抜きながら篠崎に説明していた。


「その壁は壊せない…私を包む壁も壊せない…と思う」


枝毛を抜く作業を続けながら悪魔は言葉を続ける。


「死神の貴方は死力を使いきるまでに私を殺す…もしくは…外側の壁を壊せば…逃げられる」


悪魔はついに同じ姿勢でいることがつらくなったのだろうここで一度寝返りをうつと、再び枝毛を探していく。


「私は貴方が死力を使い終わるのを待って、貴方を殺す…」

「そんな面倒なこと…」

「私にとっては…動き回る死神を捕まえて殺すほうが面倒だもんっ」


考えることをやめ一度に使用することができる量を全て使い切り、篠崎は強度を極限まで高めた巨大な本を悪魔の左右に2冊作りだし勢いよく挟み込む。

その本は圧倒的なまでの圧力をもたらした。しかし、悪魔の周りを覆う壁はそれでも壊れることはなく、そのなかに横たわる悪魔の姿勢も変わることなくただ枝毛を探すだけ。


「これでも…壊れない…?!」

「いいぞ~死神~もっと力を使え~」


篠崎は再び死力を放出し、巨大な本を作り出す。今度は左右と上下、前後から同時に悪魔に攻撃する。その衝撃はその場に漂う空気ですら衝撃波に変えるほどのもの。なんどもなんども悪魔を叩き潰そうとするが悪魔の障壁が壊れることはなかった。


「うそ…でしょ…」


死神は落胆するしかなかった。間違いなく最大限の攻撃、それすらも凌ぐ悪魔の作り出した障壁に。

ベルフェゴールは横たわったまま、何をするわけでもなくただ呆けている。悪魔は退屈そうに一言だけ呟いた。


「あ~あ、こんなことなら携帯ゲームでも持って来るんだったなぁ…」


鉄壁という言葉では足りることのない、悪魔の絶対障壁。それを壊すための方法を考えるが、篠崎にはその方法が思いつかなかった。それでも諦めるわけにはいかない、零花を助け出すと決めた心が強引に力を発生させ、攻撃を続けさせた。


4人の死神が一人の仲間を助けるために死力を尽くし戦う。それをあざ笑うように悪魔たちは未だ無傷。

それが死神たちに共通の考えを埋め込んだ。それでも死神たちはその考えを心の奥底に隠し、悪魔たちに向かっていく。


彼らの死力が尽きるまでその行為は続くだろう。

尽き果てたとしても、彼らは立ち上がるだろう。

立ち上がった先に絶望が待っていることを彼らの誰しもがわかっていても立ち止まることは誰もしなかった。

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