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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅸ 大罪と遺産の対峙
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チャプター56 死力の光と闇

 対峙する桐彦は判決が出るとすぐさま移動する。その行為はシロの命を刈り取るために行われていることに間違いはないが、それが彼の意思ではないことは誰にでもわかる。わかっていながらもシロには止める術はなかった。紅い光を纏い向かってくる死神が繰り出した拳を受け止め、シロは叫んでいた。


「桐彦!!しっかりしろよ!!」


悲痛な叫びが響き渡る。だが、本当に届いてほしい相手にはその言葉は届かない。受け止めた拳はさらに力を強め、吹き飛ばされそうになる。足元にはまだ目を瞑ったままの少女がいることでシロは受け止めた拳の手首を掴み遠くへ放り投げた。桐彦は空中で体勢を整え、地面へと着地するだけで大したダメージは与えられていなかった。


「桐彦っ、やめて!!なにしてるの!!」


聞き覚えのある声が悲しみを伴いながらその場に響いていた。シロは思わずその発生源に目を向ける。そこには大きく肩を揺らした望月がいたのだった。彼女の額には遠くから走ってきたことで汗が滴る。しかし、そんな彼女の叫びも桐彦に届くことはなく、視線を逸らしたシロの隙を桐彦は見逃すことなく再び襲い掛かっていた。桐彦はシロの頭を容赦なく蹴り上げ、その衝撃でシロは大きく吹き飛ばされた。吹き飛ばされながらシロは追撃を覚悟していたが、追撃は来ないことに安堵するも、それは一瞬のものでしかなかった。桐彦はその場に立ち止まり、死力をさらに増大させる。燃え上がる彼の死力はマグマのように光り輝いていた。吹き飛ばされた体を起き上がらせ、シロは望月の元へ歩いていた。


「望月さん…篠崎を…このえを守ってくれ…」

「一之宮…桐彦のこと…」


望月は申し訳なさそうに下を向く、彼女の言葉の後には彼女の願いがあるはずだった。彼女が最後まで言葉にできなかったのは現状シロが攻撃を受けてしまったからだろう。シロは望月の言葉も願いも理解して、ただ静かに死力を開放した。


「…ああ、あいつは俺がどんなことをしても、戻してやる…」


その言葉を聴いた望月は下を向いたまま小さく”ありがとう”と呟くと、そのまま篠崎の体を持ち上げて遠くへ移動した。二人が遠くに移動したことを確認するとシロは眼前に悠然と立つ一人の死神を睨みつける。訪れた感情は悲しみだった。彼が静かに"バカやろう…"と口に出し、死力を放出させた。


シロが発する黒い死力、桐彦が発する紅い死力、それは二人よりも先行して触れ合った。お互いの死力は混ざり合うことなく揺らめき、互いの距離を測りあう。せめぎあった死力が最大限にまで高まった時、二人は拳を交えた。シロは拳をよけることはせずにただ渾身の力を込めて桐彦の顔面を殴りつけた。それは桐彦も同じで、互いの体を破壊するために繰り出される拳に二人の死神の体は痛みを訴える。互いの攻撃によって吹き飛ばされそうになるが、必死にその場に踏みとどまっていた。


先に痛みを乗り越えたのは桐彦、シロの下腹部に拳を振り上げる。シロは内臓が潰れるような音が響き渡る中、やってくる痛みに耐え自身も桐彦の腹部を殴りつけた。腹を押さえうずくまろうと、垂れ下がった頭にシロは肘鉄を繰り出す。うずくまろうとした前傾姿勢が仇となり後頭部が殴打された勢いそのままに、桐彦の体は地面へ叩きつけられていた。


桐彦がこんな程度でやられるわけがないと、シロが気を引き締めなおした瞬間だった。桐彦は地面からすぐさま立ち上がり、しゃがんだまま、下段蹴りからシロの足を払い、体勢を崩させた。シロの体は慣性の法則にしたがって、頭を空中に取り残した。その頭を打ち抜いたのは縦に一回転し、勢いを増した桐彦の膝。今度はシロの体が地面へと這いつくばった。シロを叩き付け、さらに桐彦の拳は横たわる体を打ち抜こうとしている様を横目で捉えたシロは追撃を恐れ、死力というエネルギーを衝撃波に換え、強引に桐彦との距離をひき離す。


「はぁ…はぁ…いい加減にしろよ…桐彦…」


口の中を血の味が占領する。唾と共に血を体外に吐き出してもそれが変わることはなかった。それは桐彦も同じようで彼もまた唾を吐き出した。シロと桐彦は再び拳を交えるためにお互いの元へ走り出す。どちらの攻撃もお互いを殺す勢いで放たれていたが、どちらも避けるということはあえてしなかった。一度でも避けることが死ぬことにつながるような気がしていたのかもしれない。先ほどの攻防はさらに速度を速め、やられたらやり返す、その繰り返し。


「桐彦!!目を覚ませ!!悪魔なんかに操られてんじゃねぇ!!」


シロの必死の叫びが桐彦を制止するには至らずに、桐彦はただ攻撃を振り回す。その攻撃に応戦することしか、シロにはできなかった、

そう思っていた。シロの顔に飛んできたのは一粒の雨。天候が変わることのない死神の本拠地ではありえないこと、その雨は桐彦の心から振っていた。

その雨は桐彦の視界を奪い、桐彦は目を拭った。その瞬間、シロは桐彦をなぎ倒し、馬乗りになる。


「…っ…お前は…それでいいのか!!」


馬乗りのまま、桐彦を殴りつける。シロは再び拳を振り下ろす。


「笑い会えるッ…世界をっ…作るんだろっ…」


想いを乗せて何度も振り下ろされるその拳は桐彦を痛めつけていた。彼の顔は赤く腫れ上がり、とめどなく涙は流れ出る。


「いい加減戻って来い!!悪魔の呪縛を…自分で壊せ!!!!」


シロの拳は白く光る。ただシロはそのことには気がついてはいなかった。桐彦に自分の思いを、望月の願いを届ける。そう強く思っていたからだろう。白く光った拳は桐彦の頬を激しく叩き付けた。


「うぅぅ…シ…ロさん…痛い…すよ…」

「き、桐彦!!?」

「な…殴りすぎ…っす…」


その言葉にシロはすぐさま桐彦の上から退いていた。元に戻った桐彦はただ顔面を押さえて横になったままだった。シロもまた限界だったらしく桐彦の横にしりもちをつくようにして座っていた。


「お前こそ…殴りすぎだ…肋骨何本折れたと思ってんだ…」

「ははは…そこはお互い様…ということで…」

「そうだな…」


桐彦が元に戻ったことを確信したシロは安堵からくる笑いをすぐに吐き出した。しかし辺りはまだ戦闘する音に囲まれ、それがシロの表情を再び厳しいものにしていた。桐彦は自身が愛する者の心配を口に出す。


「みなもっちは…大丈夫っすか?」

「ああ…怪我をしたこのえを運んでもらった…」

「なら、良かった…篠崎さんは?」

「…わからない」


怪我が治癒したことは事実だったが、目を覚ます保障はどこにもなくそれがシロの表情をひどく曇らせる。桐彦はもう一人の無事を確かめなければならないことを身をもって知っていた。桐彦はどうにか立ち上がろうとするがそれができないことを悟ると静かに呟いた。


「シロさん…行ってください…レイねーちゃんのところへ」

「…ああ、行ってくる」


シロもまたそれはわかっていた。魔法を教わった者…それは零花も当然含まれる。桐彦と同じように操られて、誰かを殺すことを強要されていてもおかしくはなかった。

立ち上がったシロは全身が悲鳴をあげながらも、一人の少女のもとへ走り出した。


走り出した死神を見つめながら桐彦は何かを失った感覚に襲われて自分の体を触り確かめていた。


 辺りは度重なる爆発音や建物が崩れ落ちる音に包まれていた。横たわる死神たちは数知れず、その体から流れ出た血が死神本拠地を赤く染め上げていた。シロはその中を走っていく。痛みで今にも倒れてしまいそうな体を前へ前へと推し進めていた。草原を走りぬけ、レンガが敷き詰められた道に差し掛かったときだった。今でも艶やかな長い黒髪を有した少女は横たわる血を流し息絶えた死神の横に立っていた。


「レイ!!」


少女の名前を呼ぶと共にシロは彼女の元に駆け寄った。


「大丈夫か?!!」


桐彦の時とはどこか違う雰囲気で、すぐさま戦闘になることはなさそうだった。しかし、少女は無言のままシロのほうを振り返ることはしなかった。再びシロは零花に声をかけていた。


「無事でよかった…」


零花はその言葉とともゆっくりと振り向いた。全てを振り払うかのようになびかせた髪は、どこかぎこちない。それは彼女の髪に付着した血がそうさせた。振り向いた少女の手は血で赤く染め上げられ、シロに2ヶ月前の光景を思い起こさせる


「あなたの心配なんていらない…」

「何言ってるんだよ、俺だけじゃない…桐彦や望月、このえだって心配してる。だから…」

「だから…なに?一緒に来てくれ?」


あまりにも温度のない会話にシロは恐怖すら感じ始めていた。


「ど、どうしたんだよ…」

「別に…どうもしてない…もう貴方とお仲間ごっこはやめようと思っただけ…」

「仲間ごっこって…」

「そのままの意味だよ、一之宮シロ…」


感情を込められず呼ばれたフルネームはシロの心に突き刺さる。なにもかもうんざりしていると言いたげな彼女の表情はさらにシロの心を抉り始めていた。


「…そりゃ…俺は、まだここに来て時間はたってないけど、このえ達は違うだろ?」

「ちがうよ、その人たちも同じこと…結局ね…」


先に怒りを露にしたシロは思わず叫んでいた。


「ふざけんなよ!!どれだけ…この2ヶ月間みんなが心配してたと思ってんだよ!!」

「誰が心配してほしいなんて言ったの?」


あまりにも辛辣な言葉にシロは言葉を詰まらせた。それに追い討ちをかけるように零花の言葉は続く。


「あなたたちは…いえ、貴方はただ自分の存在を認めてくれる人がほしかっただけじゃないの?存在を認める人間は誰でもよかった、違う?」

「そんなわけないだろ!!レイだから…」

「そう…私は誰でもいい…私の存在を認めてくれるなら誰でも…それが悪魔だったとしてもね…あと、やめてくれる?馴れ馴れしくレイって呼ぶの…他人のくせに…」


シロの中で何かが壊れていく。彼女との出会い、思い出、記憶の中にあるやさしく微笑む少女。それが粉々に崩れ落ちていく。


「…じゃあ何であの時…俺を…俺の存在を…」

「あの時?」


シロが言いたいのは現世に降り立ち、自分の存在がわからなくなってしまったときのこと。今でもそのときのことをシロは鮮明に覚えている。目の前に立つ少女が優しく抱きしめてくれたことで、シロは自分の存在が存在してもいいということを認識した。だからこそ少女を守りたいと心から思うことができた。シロの目の前に立つ少女はようやく彼が言いたいことがわかったらしく、シロを抱きしめたときのことを思い出すように言葉を吐き出した。


「ああ、貴方が壊れそうになったときのこと?それは…目の前で泣かれて五月蝿かったから…」


シロはその言葉で完全に壊れてしまった。再び自身の存在が消え行く…そんな感覚。絶望を思い出した体は震え始めていた。体からは力が抜け落ち、その場に崩れ落ち、両膝を突き呆然とした。


「私にとって貴方の存在なんてどうでもいい、貴方にとっても私のことなんてどうでもいいんでしょ?だってあの時、貴方はなにも言ってくれなかったのだから…もういい…結局…私と貴方は…貴方達は赤の他人…他人に自分の絶望なんてわからないわ…」


少女はそういい残すとその場を離れ始めていた。その先には久瀬の姿があった。


「終わったかい?零花?別れの挨拶は」

「別れの挨拶などではないわ…そもそも知人ですらなかったのだから、すれ違っただけの他人に貴方は別れの挨拶をするの?」

「そうかい、そうかい」


久瀬は高らかに笑っていた。まるで滑稽な道化師をみたかのようにあざ笑う。劈く笑い声はシロに怒りの感情を沸き立たせた。それと同時に死力は光りだす。先ほどまで力の抜けた体は久瀬に向けて拳を振りかざした。


「久瀬…くぜぇええええええええ!!!」


久瀬は向けられた殺意を容易に片手で受け止めて、シロが目に宿した怒りの炎を見て身悶える。


「やっぱり君はいい…その目に見つめられちゃうと…」

「レイに…何をしたぁあ!!!!」


拳にこめる力をさらに強めるが久瀬が表情を変えることはなかった。むしろ、あっけらからんとしてシロの問いに答えていた。


「彼女には何もしてないよ?」

「そんなわけがあるかっ!!レイはこんなこと言わない!!」


かすかに残る彼女の微笑がシロにとって最後の希望、自分の存在を失わずにすむ唯一の希望。それにすがるようにシロは叫んでいた。

久瀬はさらにシロに静かに話しかける。そこには敵という立場ながらただ事実を述べるかのようで…


「本当さ…彼女が押さえつけてきた感情、想いを出しやすくしただけ…」

「な…」

「つまり、彼女は本心を言ってるだけ」


その言葉を信じるのに無理があったが、そう思わせるだけの表情を久瀬は作り出した。そしてシロを説得するように穏やかに久瀬の言葉は囁かれる。


「君は本当に純心過ぎるよ…君は人がいつも本心を晒していると思っているのかい?…君がそうであるように…」

「俺は…」

「ほぉら、言ってごらんよ、本音で話したときのことを…」


そんなことは自分が一番知っている。どれだけ自分を隠して生きてきたかなんて…そう心で呟くシロはまた一つ光を失っていく。


「数えてごらんよ、本心を隠した回数を…」


そんなものは数えられないほど…無限ともいえるほど…久瀬に聞こえないようにシロは心の中で呟いた、そうして死力は黒くなった。


「考えてごらんよ、君が関わった人間が本音を言っていたのかを…零花は?桐彦は?大門は?いつでも君に本音で話していたと?一点の曇りのない真実だけを言っていたと?」


そんなの…わかるわけがない…わかっていたら苦労しない…そう心の中でシロは嘆いた。その嘆きはより一層シロの心の傷を抉り続ける。心の痛みに絶えかねたシロは久瀬の言葉を跳ね返そうと音を出す。それは音でしかなく、言葉として意味を伝えることはできていなかった。


「ふざ…けん…な…」

「君は知っているだろう?人間なんて信じても仕方ないことを。なぜそれを認めない?どこかで信じたいと思っているからだろ?周りをみてごらんよ、人を信じて信じきって生きている人間なんていないだろ?」

「それでも…俺は…」

「人を信じるって?バカを言うなよ…信じれなかったからここにいるんだろ?」


久瀬によって先回りされたシロの音は全ての意味を失い漂う。それを諭そうと久瀬はシロの体を指差した。


「どんなに君が人を信じる…信じたいと言ったところで…君の心は知っているんだ、そんなことは無理だってね…その証拠に見てごらんよ」


シロはうつむくように自分の体を包む光を確認していた。


「君の死力はこんなにも黒い…まるで暗闇さ…」


シロの眼前に広がるのは闇、死力の光というにはあまりにも暗すぎる。シロの体は再び力を失い、久瀬に向けられた拳はいとも簡単に振り払われた。久瀬はそのまま、シロの頭を掴み、指の隙間からこちらを茫然自失に見ている死神の目を覗き込んでいた。


「その目、僕は見覚えがあるよ…君の子供の頃の目だ…誰も信じないと言いたげな目…その目に惹かれて僕は君を育てたんだ…」


シロは頭を掴まれ覗き込む顔の後ろに少女の姿を見た。力の入らない体で必死に手を伸ばす。闇に包まれた体を照らす光に手を伸ばすようにゆっくりと。


「レ…イ…レイ…」


零花は振り向くことはなく、ただ静かに詩を歌う。


消えた笑顔は 怒りの血潮は

流した涙は どこへ行く

どこへも行かぬ そこにある


消えず 絶えず 望みなく

希望の光は 現れず 

胸に抱えよ 痛みと共に


”絶望の檻”


その詩が奏でられたとき、久瀬はシロを投げ捨てた。地面に横たわる死神が捉えたのは黒い光。その光は次第に形を形成し槍のようにシロに向かってくる。上空から降ってきた槍はシロの四肢を地面へと共に貫いた。痛みが脳内へたどり着く頃には無数の光の槍がシロの体を幾度となく貫く。貫かれるたびに痛みに対して鈍感になっていく。痛みを感じなくなったところでシロの意識はゆっくりと消えていく。


ああ…疲れたなぁ、目を瞑ろう…きっと夢さ…夢にまでこんな絶望を見せるから嫌になる…夢くらい…いいものを見せてくれよ…

…死にたい


死神は完全に沈黙した。

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