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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅸ 大罪と遺産の対峙
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チャプター55 絶望の多数決

天津は体を貫かれながら考えていた。


これが…避けては通れない…今、来るとはな…できれば…


彼の想いが誰かに届くわけでもない。ただ天津は現状を受け入れ、楽観的にも悲観的にもならずにただ自分ができることをしていた。血があふれ出す口を閉じ、唇を思い切り噛む。生まれた痛みは天津に冷静さを与えると同時に貫かれた腕が、かろうじて急所を外れていることを確認する。そして、自分を貫いた腕を捕まえていた。

腕を掴まれたものは確かに聞いていた。体を貫いたはずの天津が言葉を発するのを。


「コ」


腕を掴まれたことに彼の鼓動が速度を速めていくのを自分の腕を通して感じ始める。そして続けて天津から発生する音を聞いた。


「ロ」


さらに強調された音はわずかながらに天津に光を与え始める。それと同時に天津の体に埋め込んだ腕が痛みを訴え始めていた。


「ス」


天津の体の心臓はさらに鼓動を早める。それと同時に神の遺産は発動した。天津を襲撃した者はこれ以上自分の腕を天津の体に残すのは危険だと全身が告げるのを感じ取ると、すぐさま天津の体から抜き去ろうとする。しかし、その手は天津によって掴まれておりコンマ何秒ほど抜き去るのには時間がかかっていた。


それと同時に幾重にも何かが割れる音が会場に響き渡っていた。体からとめどなく出続ける血液を止めようと貫かれた胸を押さえながら、天津はこの襲撃の犯人を確認するために急いで振り向いた。


八鳥(はっとり)…てめぇ…だったのか…」

「やはり強いな…あの一瞬でこれほどダメージを与えてくるなんてな。俺の腕に存在の結晶1000人分ぐらい埋め込んでたはずなのにもう全て使いきったか…」

「答えろ!!!誰だ!!!」

「俺のことか?お前をの力を一番初めに見つけた悪魔だ」


それを聞いた天津は見せたこともないような表情を繰り出し、敵意をむき出しにしていた。その存在を探し続け、恨み続け、憎しみ続けた彼は自らの瞳孔を極限まで開き、敵を睨み続ける。


「サタン…待っていたこのときを…今すぐその仮面脱ぎ捨てろやぁ!!ああ、殺してぇええ…あああああ…コロシテヤル!!!!」

「めんどくせえなぁ…お前…俺はルシファーに力を貸しただけ、もう、あいつの仕事だ」


そういうとサタンは背中より黒い羽を生やすと宙に浮かんでいた。逃げることを目的とした行為であることは誰の目にも明らかである。それを許さないと言わんばかりに天津はすぐさまサタンの元へ移動する。宙に浮き始めたサタンの背中に乗るやいなや、その羽をもぎ取るには時間はかからなかった。


「そうはさせねぇ…もうちょっと遊んでくれよ…お前の命がなくなるまでな!!

「やだよ、お前と戦うと存在の結晶何十万必要になると思ってんの…」


ぼやきながらもサタンは自分のためだけに天津に対して敵意をむき出しにするように黒い力を解放させた。



 一方、久瀬はシロたちに向かってただこれから行うことを説明していた。それは彼が傲慢の悪魔ゆえ、ここにいる死神たちには何もできはしないだろうと思っていたからに他ならない。


「さぁ、作戦の続きを説明するとこれから君たち死神を全員殺していきます」


淡々と説明を続ける久瀬に苛立ちを隠せない篠崎がそこにはいた。日頃の温厚な性格からは創造もできないような怒号を飛ばす。


「なんで…なんで師匠が!!」

「なんでって…言ってなかったけど僕、悪魔だからね。死神たちとは仲良くできないんだよ」

「ふ、ふざけないで!!」


久瀬は少女を見下すように死神たちを壇上の上から見下ろす。少女の視線と久瀬の視線が重なったとき、彼女もまた自らの師匠に対して敵意をむき出しにすると彼女は魔法を発動するべく詠唱し始める。彼女の心を覆い尽くしているかのような黒い光が輝き始めていた。


我が望むは 命の搾取

身を滅ぼせや 弱者を討てや

捧げたその身は 美味なる供物

魔が降り注げ 強者の下へ


我は求める 強者の命

命は無へと 帰すると時


対象を見定め、呪文を完結させるために篠崎は叫んだ。


「”不帰”!!」


その呪文を聞いて久瀬はあからさまにため息を吐いた。息を吐き出すと凄まじい速度で向かってくる篠崎の魔法を見定めてフィンガースナップを繰り出した。篠崎の魔法は久瀬に当たる前に180度方向転換をして魔法を発動したものに向かっていく。


「なんで…?!」


自身が放ったときよりも魔法は力と速度を増し篠崎に襲い掛かった。篠崎はどんどんと近づいてくる光に恐怖するしかなくなった。魔法の光が回避不可能な距離まで来た時に彼女はただ隣に立つ一人の死神を見ていた。シロもまた篠崎の顔が自然と目に入る。

彼女は自分の放った魔法がどんなものなのか知っているからこそ、一言だけ呟いた。声を出すつもりで叫んだはずが、隣にいたシロですら聞き取ることはできていなかった。


シロは彼女の口元がゆっくりと動くのを見るよりも先に体を移動させる。彼に見えている光景は悲惨なものだった。徐々に近づいてくる黒い光は彼女の心臓にめがけて飛んで行く。彼女の体を突き飛ばして彼女の命を守ろうにも、予想以上に彼女に襲い掛かる光の速度は速かった。手を伸ばしても1m程足りない事実を無視して必死に全身に力を込める。その過程で彼女の声を聞いたような気がして、彼女の顔に視線を移す。音は聞こえなかったが、シロは確かに聞いた。


「ごめんね…」


その口が発した言葉がシロに届いたときに彼女の体は光に貫かれていた。


「このえっ!!しっかりしろ!!このえ!!」


シロは今行われていることが飲み込めず、崩れ落ちる少女を抱きかかえた。完全に心臓を射抜かれた少女は力をどんどんと弱めていく。


「まったく、誰がそれを教えたと思っているんだい?君は…」


またしても残念そうな顔をしてどんどんと血色の悪くなる篠崎を見下ろす悪魔がそこにはいた。

シロは悪魔に立ち向かっていくほど心に余裕はなかった。ただ今、体を支えている少女の命を守りたいと願っていた。自然と彼のもつ神の遺産は発動していたが、シロはそれを戦闘には用いることはなかった。ゆっくりと彼女の体を横たわらせると彼女の胸に手を当て心臓を作り出そうとする。しかし、ここは現世ではなく材料となるものがなかった。


くそっ!!どうにかして作り出さなければ…


その願いに応えるように神の遺産の光はどんどんと光を強めていく。自分に何かができるわけではないことをシロは知っていた。本来ならば少女の体を地面に置き悪魔を殺しに行くことが正しい答えなのかも知れないがシロにその答えは出せなかった。


「頼む…とまってくれ…生きてくれ…このえ…」


シロの手には彼女から流れ出る生暖かい血が徐々に温度を失っていくことを感じ取りながらさらに強く願う。


このえの命が…頼む…守ってくれ…このえの命を守ってくれよ…


シロの体を包み込む白い光は二人を包み込むように光を収束させる。そんなとき誰かの声が不意に聞こえていた。


……守りましょう…


その瞬間、少女に当てられた手から何かが抜け出ていくこと感じたシロは神の遺産が篠崎の胸元へ移動したと認識したのだった。確証はなかったが、自分の持つ白い光がなくなっていく様子を見てシロは確信した。彼女の胸元に移動した神の遺産は彼女の傷跡を修復していく、しかし彼女の目が開くことはなかった。久瀬は単純な言葉遊びをしながらただその光景を見ていた。


「そもそも魔法の、”魔”これは災い、化物を意味する言葉、”法”は真理、存在を意味する…つまり”魔法”ってのは災いの真理、化物という存在という意味なんだよ…それが元人間風情が使えると思っているのかい?」


その言葉に魔法が使えると言われ、育てられた死神たちは絶句していた。泣き叫ぶもの、喚きたてるもの、怒り狂うものその様々がいる中、ルシファーはさらに死神たちに絶望を届ける。


「改めて自己紹介をしよう…僕は傲慢の悪魔…ルシファー…この何十年君たちに魔法を教えることはすっっっごい、やりたくなかったからこんなものも仕込んじゃった」


そう宣告すると彼は軽い歌を歌うように、指先でリズムを取りながら詩を奏でる。


目覚めろ 滅ぼせ 奪い取れ

絡んだ糸は (とき)(ほぐ)

全てを飲み込め 欲望よ

全てを吐き出せ 人の業


”終焉”


「さあ…これで僕が魔法を教えた死神は全て僕の操り人形さ…」


ルシファーは自らの背中に翼を生やし、空中に浮かび上がる。人々が自分を見ていることに興奮した気持ちを抑えることが精一杯のようで、演説のときよりもさらに頬赤らめ身もだえしていた。


「全世界の死神の数は約4万人…その半分は僕が操ってる…つまりこのシステムが生きるっ!!」


シロは彼の行う行動を見るほかなかった。今すぐにでもルシファーを殺すことができるのが一番良かった。しかし彼の神の遺産は篠崎の胸元に埋め込まれている。何よりも篠崎が目を覚ましていない。今、彼女の元を離れるわけにはいかなかった。呆然と立ち尽くしていると、シロの額には端末を押し当てられる感覚に襲われていた。目に残る残像がシロに寒気を与える。額に端末を押し当てたのは紅い死力を持つ死神だった。目の前の死神がぼそりと呟いた言葉にシロは恐怖するしかなかった。


「ジャッジメント…」

「桐彦…なんで…」


辺りはジャッジメントと叫ぶ声で満たされていた。本来避けられたはずのその公開処刑システムを受けてしまったのはパニックに陥ってしまったせいだろう。そして、多くの死神たちはその結果をただ待つことしかできなかった。


判決の出るまでの間の沈黙、操られたものたちは今にでも戦闘が始まっていいように準備を整える。判決を待つものはただこれから行われることに恐怖しか抱いていなかった。ルシファーは自らの端末を見ながらこれから行うことを楽しみにしているようで表情は自然と朗らかになっていく。


「君たち死神は非常に面倒な条件を満たさなければ死ねない…それをぶち壊すいいシステムだったよ…これで君たちは終わりさ…」


傲慢の悪魔は楽しそうに叫んでいた。


「死神の癖に魔法を使えると思っていた…ギルティ!」


一つの判決が下る。彼の持つ票数は容易に自身が望む判決にすることができてしまう。


「死神の癖に悪魔に対抗しうる神の遺産を持っている…ギルティ!!」


また一つ判決が下る。有罪の選択肢しか用意されていない判決。


「存在が気に食わない…ギルティ!!!」


辺りはどんどんと戦闘が繰り広げられる。仲間の刃をどうすることもできないものたちが悲痛な声をあげることもできずにただそれぞれの死力を解放していた。さらに悪魔は叫び続ける。それに呼応する戦闘音はさらに激しさを増していく。


「ギルティー、ギルティー、ギルティー…ギルティぃっぃぃっぃぃ!!!」


悪魔の叫びが木霊するなかシロは桐彦と対峙しながら、以前天津が言っていたことを彼は思い返していた。


”多数決、嫌いなんだ…”


シロは神の代行者の悲しそうな顔を思い出し、そうだな…と心の中で呟いた。シロの端末に判決の結果が届く、見るまでもなく結果はわかりきっていたため、シロは今にも泣き出しそうになりながらもただ桐彦を見つめていた。

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