チャプター54 悪魔憑依
天界にある会議室に各国の死神代表と神の代行者が集まっていた。上座には天津が座りこみ、各国の死神代表が机を取り囲む。もちろんそこには日本国代表として大門が出席していた。どの死神もその表情は重く、事態は徐々に深刻になっていく。その会議室では悪魔に対して戦争起こすのかどうかという議題が出席者全員に重くのしかかる。
議長は天津の側近といえる八鳥が勤めていたが、深刻さが汗として滲み出てポタリと一粒書類の上に零れ落ちた。
「八鳥…始めろ」
会議の始まりを告げたのは天津だった。八鳥は書類の上に落ちた汗を拭うとコクリと頷いた。
「そ、それでは会議を始めます。議題は悪魔との戦争を行うか行わないかを、まず議論して頂きます。お手元の資料1ページ目を…」
資料に目を通すことを促そうとするなかいきなり声をあげたのは米国の代表、ギルバート。
「するか、しないか、なんて議論する価値などないだろう?問題は勝つか負けるかだと思うが?私はしないという選択肢を選んだ時点で敗北だと思うがね」
それに同調する死神代表は”そうだそうだ”と野次を飛ばす。しかし、その中で異論を唱える者もいた。静かに白く細い腕を上げたのはロシア代表、エフライム。八鳥が挙げられた手に意見を求めると、その女性は野次を跳ね返すようにはっきりとした口調で自分の意見をぶつけていた。
「私はしないべきだと考えます。悪魔に確実に対抗できるのは神の遺産を持つもの…その人数が一人増えた所で私たちが勝てる見込みはないと思います」
意見を言い終えるとエフライムは資料に記載してあった一之宮シロのデータを読み漁っていた。そして再び彼女は回答を求めるために口調を強め各国の代表に提言していた。
「それについてどう思います?」
「私は可能だと思うね…彼の力だけが増えたわけでもないだろう?久瀬が行った魔法の普及によって神の遺産を持たない死神たちでも協力すれば悪魔を刈り取れるようになったのだから」
エフライムの疑念を払拭できるかどうかわからないために自信がないように呟かれた言葉を発したのはイギリス代表、フレイザー。
彼の指摘はエフライムにとっては不足ではなかったが、満足するものでもないことは表情から読み取れた。
様々な意見が飛び交う中、天津は今現状の問題を議会の場でおおっぴらにしていた。
「現状、六つの大罪と言われる悪魔の集団はリヴィアタンを除き、健在であることは一つの問題であるが…神の遺産を使いこなすことができるものが三人に増えた今であれば、大罪シリーズの撃破は可能だ、エフライム。それよりも…問題は悪魔憑依だ」
天津は怒りを堪えながらに話していることは誰の目にもわかった。静かに開放された神の遺産がその場にいる誰もが恐怖するほどに密度を高めていく。
天津の危惧はその場にいる誰もが知ってはいることであったが、改めて神の代行者によって発せられることにより各国の死神代表は警戒を強めることになっていた。
「現状、悪魔憑依を見分ける術がない。つまりこの中にだって悪魔がいるかも知れない。そうすれば私たちの戦争は負けたに等しいだろうね…しかし…」
天津の語尾は次第に強まり、それと呼応するように神の遺産は大きくなる。
「それでも、僕は戦おう。もう君たち死神につらい思いはさせたくないんだ。そのために悪魔を殺さなければいけないのなら…僕一人で大罪シリーズを含めた悪魔全員を殺したっていい…僕の命なんてくれてやる…」
その言葉は天津の願いの一つであることを全ての死神が理解した。それと同時に死神全員の願いを彼一人に任せるわけにはいかないと立ち上がる各国の死神代表たちであった。頃合を見計らい八鳥は決を採っていた。
「賛成多数によって議会は悪魔との全面戦争を認めます!!」
その言葉と共に怒号のように響き渡る叫びが死神全員の決意を示すように天界全体に響き渡った。
神の代行者と各国の死神代表たちの会議から約2ヶ月ほどが経とうとしていた。その間シロには仕事が来ることはなく、零花の姿も見ることは適わなかった。しかし、天津は彼女の所在をつきとめていた。彼女は久瀬の元にいるということを聞かされたシロは彼女に無理に連絡を取ろうとはしなかったのだ。絶望にくれたときに誰にも話したくない気分になることは不思議でもない。むしろ、無理に連絡を取ることが彼女に負担になることがわかりきっていたシロは心配しながらも待つことを選択したのだった。
この2ヶ月の間、本拠地は忙しなかった。悪魔との全面戦争は天津たちの会議から一夜あけ、全ての死神たちに通達が来ていた。その準備に借り出された者は多く、桐彦や望月も例外ではなかった。シロは準備に借り出されることはなかったが、何もしないというわけにもいかず、2ヶ月もの間、訓練にいそしむことになったのだった。そして、今日行われるのは悪魔との戦争に向けての決起集会。場所は日本国、東京の死神本拠地。そのために朝から恐ろしい数の死神たちが訪れ、東京の本拠地は人でごった返す。
草原に作られた決起集会のために用意された壇上の前に各国の死神たちが徐々に集まり始め、刻一刻と決起集会の開催時間が迫ってきた。シロもまた決起集会に参加を命じられた一人である。彼もまた神の遺産の持ち主として今回の働きが注目されていた。しかしその認知度はそれほど高くなく、さほど苦労することなく会場にたどり着いたのだった。シロはあまりの人数の多さに嫌気が差しながらも用意された自身の場所に向かう。
すれちがう多くの人々の中に会いたかった少女の面影を横目で感じ、その方向に目を向けた。思わずシロはその少女のほうへ走り出した。
「レイっ!!俺だっ!!」
しかし、その言葉は人ごみや騒がしさが彼女に届くのを妨害していた。そしてついには彼女を見失ってしまっていた。
「レイ…」
シロは落胆しながらも元気でいてくれたことに安堵して、再び自分のために用意された場所に向かった。彼が到着するとまもなく決起集会は始まった。その近くには篠崎の姿があり、見知らぬ死神に囲まれるより気が楽になったのだった。シロを見つけた篠崎も一度だけ目を合わせるといつもながら恥ずかしそうにすぐさま目線を反らす。
ちょうどその時、八鳥がマイクを取り、死神達が作り出す烏合の衆に静粛を求めるアナウンスが響く。やっとのことで静かになり、司会が決起集会の開始を告げていた。
「それではこれより、悪魔との全面戦争の決起集会を始めます!!」
その言葉と同時に壇上に上がったのは天津を始め、各国の死神代表。その中に一人混じるのは久瀬狩夜。彼は今回の戦争において魔法を使用できる死神を統率する任務が与えられていたのだった。それは彼が魔法を広め、その魔法が悪魔に有効であるためにその力を評価されてのこと。
壇上に上がるべき死神が全てあがったところで、天津はマイクを取り一つ大きく深呼吸をする。彼の言葉は静かに幕を開けた。
「今、私たちは危機に直面している…それは他ならぬ悪魔たちによってもたらされたものだ。君たちの中にもいるはずだ…悪魔によって大事な仲間を殺されたもの、自分自身の尊厳を失ったもの…心の傷をさらに深めたもの…私たちはその度に耐えてきた…耐えて、耐えて、耐えて!!しかしそれももう終わりだ」
静寂に包まれた会場に天津の声だけが響き渡っていた。天津の苦しみを吐露するように選ばれた彼の言葉は死神全員に届いていた。
「この戦いで私は絶対に勝利することを今ここに誓う。それは根拠のない鼓舞ではない!!新たに神の遺産を使うことができる仲間が増えたこと、そして皆の日頃の鍛錬により悪魔に有効な魔法が使用できる死神が増えたこと、何よりこの場に非道な悪魔を滅ぼさんと集まってくれた死神たちがいるからだ!!」
彼の鼓舞は死神全員が受け止め、体を振るわせる。天津の言葉はさらに死神たちを奮い立たせていた。
「さぁ、共に戦おう!!我らが味わってきた苦痛を全て悪魔たちに与えようではないか!!!悲しみを全て悪魔に与えようではないか!!!我らが!!死神たる所以を与えようではないか!!!」
再び息を吸い込んだ天津は最後の一言をより一層力を込め、魂を燃やすように叫んでいた。
「全ての悪魔に死を!!!!!」
その言葉を皮切りに死神たちは叫んでいた。その叫びは大地を割るように響き渡り、天空の風すらも押しのけるように広がっていく。その叫びを聞いた天津は自信に満ち溢れたように晴れ晴れとした表情になっていた。叫びはいつまでも鳴り響くが八鳥は強引に次のプログラムに移行した。
「続きまして!!今回魔法という技術を提供していただきました。久瀬より作戦についての説明がございます!!」
そういうと八鳥はマイクを久瀬に手渡した。
「ハァ…ハァ…こんなに…視線が集まるところに立てるなんてぇ…幸せすぎてぇ…」
体をクネクネとさせ久瀬特有の気持ち悪さが出たところで会場は一気に静まりかえった。野次を飛ばすものもごみを投げるもの、様々な対応をされながら久瀬は話を進めていた。
「みんなひどいなぁ…でもその目もいい…とりあえず仕切りなおして…今回の作戦は…」
その言葉に再び一同は静まり返る。皆が生唾を飲み込み彼の言葉を今か今かと待っていた。
「神の代行者の命を刈り取ります」
全ての死神が耳を疑う。彼の口から出た言葉はただの殺害予告でしかなかった。その言葉と同時に動いたものが一人だけいた。その者が天津の後ろへ回り込むと渾身の力を込めて天津の体を貫いた。壇上の上から降ってくる血の雨に驚く死神はいなかった。だが、大勢の死神の前で先ほどまで皆を鼓舞した神の代行者が貫かれる様を見て、この先にある戦いがひどく凄惨なものになることをそこにいた死神全員が覚悟することになった。




