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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅷ 分かつ未来
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チャプター49 7つの禁忌(パンドラ)

 神の代行者が頭を抱える日々が続いていた。全てを放り出してしまいたい、そんな気持ちが入り混じるため息をつきながら天津は自分の持てる全ての力を使い、悪魔の居場所を探していた。しかし、マンモンとの接触以降まったくつかめていなかった。オフィスチェアーに座り、くるくると回りながら調査報告書へ目を通す。


八鳥はっとり~なんか掴めたかい?」


そう聞かれた側近である八鳥はっとり辰狼(たつろう)は表情を変えずに天津の質問に答えていた。


「いえ、ここ最近、表立っての悪魔の動きはありません」

「けど、輪廻率は0.69、下がる一方…悪魔狩りをし始めて少しは下がり方が緩やかになったが…」

「内通者がいるのではないでしょうか?」

「まあ、考えられなくはないな…そもそも悪魔がついているかどうかの判断がつかないってのが厄介すぎる…何かいい方法はないのかい?」

「…ないですね、悪魔の使い(スレイブ)であれば行動の変化から何とかわかりますが…」

悪魔憑依(コントラクト)じゃあ判断できないか…」


先の戦いでシロたちが刈り取った一般市民たちが悪魔の使い(スレイブ)に該当する。悪魔に魅入られた人間は悪魔の望む目的以外は何も望まなくなってしまう。それゆえ、悪魔の使い(スレイブ)となった人間の行動はどこかおかしくなる。死を恐れることのない人間、悲しみを感じない人間、笑うことができない人間、そんな人間が出来上がる。

もう一方のコントラクトは悪魔自体が死神や人間を操る場合に用いられる方法、憑依された人間や死神は自分自身ですら憑依されていることに気付くことはできない。いうなれば入れ替わるという表現が正しいのだろう。

徐々に自分の意識を乗っ取られる。それゆえに、発見することは困難を極めていた。

八鳥はっとりはこの事実を知っていたからこそ、どうしようもないということも知っていた。そのため、天津に別の方法を薦めるのであった。


「むしろ、悪魔を刈ることよりも、禁忌パンドラを所有している死神を育てたほうがいいのでは?」

禁忌(パンドラ)が神の遺産として使用できるようになるのなんて期待できないのは知ってるだろ?」

「それはそうですが、一之宮シロがうまくいったじゃないですか」

「あれは特別さ、神の遺産の中でも”正”の遺産、”守護”だったし。おそらくシロくんがもつもう一方の神の遺産は発動すら怪しい。変にいじくって暴発されたらそれこそゲームオーバーだ」


天津は椅子の回転を止め、手に持っていた報告書を机の上へ投げ捨てた。さらに天津は現状を嘆くように呟いていた。


「現状見つかってるのは禁忌(パンドラ)の状態…それじゃあ神の遺産の何を持ってるかまではわからないしさぁ…」


その言葉に反応し神の遺産の種類を八鳥(はっとり)は指を折りながら数える。


「創造、守護、慈愛、破壊、殺意、怨恨…そして、六極(りっきょく)ですね…」

「発現を確認できたのは守護、殺意、怨恨の三つしかない、それに正の遺産上位といわれる”創造”と、負の遺産上位の”破壊”は誰が所有してるかわかってない、そして何より…」

六極(りっきょく)…正でも負でもなく、善でも悪でもなく、真でも偽でもない、ただあるがままの存在、存在そのもの”六極(りっきょく)”」

「そいつに関して言えば、禁忌(パンドラ)の状態であるのかどうかすら怪しい」


天津はデスクワークばかり続いていたせいもあり、凝り固まった肩や腰を一気に背伸びをして引き伸ばすと両膝に手を当て立ち上がる。


「…さてと、悪魔の足取りを探してくる」

「一人では危険です!!如何に神様が強くても…」

「問題ない。神の遺産を持ってるからね~」


そういうと天津は部屋を出て行ったのだった。八鳥はっとりは身勝手な神の代行者の行動にあきれ果てながらも、自分の仕事に取り掛かるために天津の部屋を後にした。


 現世の世界は闇に包まれる。人類はそれを防ぐ手立てとして電気によって世界を照らす。人工の光に照らされた世界にどことなく不安に満ちた表情で人々は歩いていた。

黒いスーツを身にまとったシロは現世に舞い降りる。誰も視認できないにも関わらず白銀の髪を隠すように深くフードを被っていた。ビルの上で自分の仕事の対象となった人間を探していた。


「…いた…あいつだ…」


その瞬間、探していた人間へ近づくために足に力を込めて飛び立つ。

齋藤(さいとう)(あや)…それが今回の対象の名前だった。その女性はただ何をするでもなく夜の街を歩いていた。齋藤(さいとう)(あや)にはシロが見えなかった。自分自身に憑いている異形のものも見えていない。移動を終えたシロは女性の前でとまり、仁王立ちをする。


齋藤(さいとう)(あや)を守護しているやつ、出てきてくんないかな?」


その言葉に反応するように齋藤(さいとう)(あや)の体は光り輝く。シロの予想よりもその光は大きくなっていくが、シロが表情を緩めることはしなかった。


「なにものじゃ…」


その言葉と同時に光から出てきたのは3mを軽く超える金棒とそれをいともたやすく支える巨大な手。その手の色は人間の肌の色とは思えない黒色、その全身は徐々にあらわになる。頭には大きな角が2つ、口をはみ出す二本の牙、こちらを観察するように覗き込む巨大な目。


「これは…鬼…か?」

「いかにも、いかにも、羅刹といわれる鬼じゃ。貴様は何者じゃ?」

「俺は死神、一之宮シロだ。齋藤(さいとう)(あや)を殺すためにお前も殺しにきた」

「ほうほう、面白いことをいう…元人間ごときに殺せるかいな…力試しといこうかぁ!!!」


開幕の合図は羅刹の金棒が告げる。金棒は地面を砕く勢いでシロをめがけて振り下ろされる。その金棒は空を切り、地面へと叩きつけられた。そのすぐ横に避けたシロは冷静に死力を開放する。

避けることを見越していた羅刹は勢いそのままに金棒を横に振り切るが、それすらもシロは避けていく。


「なかなかやるもんじゃなぁ…久しぶりに暴れられる相手で安心したわい…」

「それはありがたいことで」


鬼の体は7mほどの巨体、シロはその体を駆け上がると羅刹のこめかみへ蹴りを繰り出すが、それを諸共せず羅刹はいとも簡単にシロの体を拘束していた。

死神の体を締め付けるように徐々に羅刹の拳は力を強めるのだった。あまりにも暴力的な力はシロの体をミシミシとゆがめ、シロは悶絶していた。


「ぐっ…」

「ほぉれ、早く逃げんと、体がなくなるぞ~」


意識を失いかけそうになりながらも、シロは上空に鎌を作り出し、操作する。その鎌が狙うは自分を掴んで離さない羅刹の手首、鎌の存在に羅刹も気付いていた。

反射によってその手首を勢いよく、鎌の軌道上からそらした。その瞬間、死神を締め付けていることを羅刹は忘れていた。握られていた力が一瞬緩む。それを見逃すことをしなかったシロは羅刹の手から逃れると、先ほど作り出した鎌を手に取り、空中で強引に体をひねり、羅刹の首めがけて鎌を振り切った。

鎌が捕らえたのは鬼の皮一枚。羅刹は自分の皮膚に痛みを感じ、思わず左手で首を押さえた。


「いい切れ味じゃなぁ、こりゃ首一本簡単に持っていかれそうじゃ、はっはっは~」

「楽しそうでなにより、俺ももっと頑張らないとお前の命をもらえそうにないな…」


その瞬間シロはその身を闇に隠す。


「消えてしまいおった…」


羅刹が大きな目でぎょろぎょろと辺りを見回すが死神の姿を捉えることはできず、ただ辺りを警戒する。上空から聞こえてくるわずかな異音に気がつきすぐさま金棒を自分の頭上に振り回した。その金棒はシロを捕らえることができなかったことを感じ取るとすぐさま顔をずらすが、上空から落ちてきた鎌の刃の軌道上に大きな角を置いてきた。角は勢いよく羅刹の体を離れ飛んで行く。その角をシロが捕まえると回避行動をとった羅刹の眼前に移動する。

眼前に現れた敵を再び捕まえようとすばやく手を伸ばすが、すでに死神の姿はその手にはなかった。

シロはその瞬間に残っていた角に鎌をかけ、自分の手元に角を引き寄せる。角を基点にくるりと一周すると勢いそのままに先ほど斬った角を鬼の目に差した。


今度はあまりの痛さに金棒を手からはなし、羅刹は両手で目を押さえる。そのチャンスを見逃すわけもなく、地面へと帰還したシロはすぐさま羅刹の移動手段を奪う。切り落とされた足は巨体のバランスを奪うのに十分で、バランスを崩しかけた羅刹は膝を突いた。もはや、これまでという感嘆に満ちた言葉を羅刹は吐き捨てる。


「お主…強いのうぉ…殺れ…命を持っていくがいい…」


その言葉を聴いてただシロは羅刹の元へ歩いていく。一歩また一歩と死神は死を届けに。


「羅刹だったか…じゃあな…」


刈り取られることを許容したように垂れ下がる(こうべ)の根元に狙いを定め、鎌を容赦なく振り下ろした。

羅刹との戦闘を終えたシロはゆっくりと齋藤(さいとう)(あや)の元へ歩き出す。むき出しとなった齋藤(さいとう)(あや)の存在を消すために。

その行為はまもなく終わり、存在の結晶は霧散していく、散っていく存在の結晶は人工的な光に照らされて様々な色をシロに与えた。その光景はどこか儚げでそれを見るたびにシロは寂しさを心の奥で感じていた。


「お疲れ様、シロ君」


聞きなれたその声は今回は何を伝えに来たのだろう、そう思いながらシロはゆっくり振り返った。実在しているものからは見ることができない二人は目を見合わせた。


悪魔の使い(スレイブ)悪魔憑依(コントラクト)?」

「おそらく、死神の誰かが悪魔憑依(コントラクト)されているのだろう」

「それを探せと?結局判断はつかないんだろ?」

「すまないが…その通り」


いつもの明るい声質はどこかへ消えてしまっていた。それほどまでに現状が芳しくないことをシロは理解していた。


「なんで…俺に話したんだよ?」

「それは…」


今まで目を反らさずにいた天津はそのときばかりは下を向く。再び目線をシロに戻したときには、笑いながら告げていた。


「一番下っ端だし、神の遺産持ってるし、使いやすいからに決まってるじゃん」


その表情にシロは呆れ果てるしかなかった。


「はぁ…結局パシリかよ…どうせ従わなかったら借神(しゃっかん)増やされるだけだし…やるよ…」

「すまないが頼むよ。ん?」


シロの了承を受け取り安心した天津はニコリと笑う。そんな彼の端末が突如として鳴り響いていた。すかさず天津は電話をとるがそこまで緊迫した内容でもなかったらしい。会話をおえ天津は電話を切り、端末を胸ポケットへしまいこんだ。


「シロ君頼まれついでにもう一つお願いが…」

「いやだ!!最近どう考えても休みが少ない!!」

「そんなこと言わずにさ~さっきのお願いとあわせて100年分の報酬あげるから…お願い!!」

「…はぁ…やるよ…100年分なら…」


シロは端末を取り出し、自分の借神(しゃっかん)の履歴を確認する。当初の1400年という多大な借神(しゃっかん)齋藤(さいとう)(あや)と羅刹の報酬を含めると残りは1200年、そして今回の報酬を合わせれば1100年にまで減ることになる。


あと…1100年か…


約1年程度の時間で彼が300年の借神(しゃっかん)を返したことは死神の誰しもが驚いていた。彼がそれほどまでに短期間で返していけたのは彼が持つ神の遺産のおかげといっても過言ではない。神の遺産を持つがゆえに悪魔と対峙しなければならなくなるが、報酬は高かったのも事実だった。

1100年という文字を見つつ、自分が望む未来のためにシロは天津の用件を聞きだしていた。


「で、何すればいい?」

「そんな難しいことじゃないよ、大元(たいげん)っていう死神の手伝いをしてほしいんだ」

「で、どこにいるんだ?上野駅で待ってるって言ってたから、そこに合流して」

「わかった。とりあえず向う」


シロはそういうと上野駅へと向っていった。その後姿に頭上よりも高く片手を上げ、手を振りながら天津は一人の死神を見送っていた。死神が絶対に振り返らないのを確認した天津はゆっくりとその手を胸元まで下ろし、動きをとめた。


神の代行者は自身の願いをかなえることが難しいことを悟っていた。”それは…”の後に続いた言葉は本当に伝えたかったことではない。伝えたかったことを伝えることができなかった天津は悲しそうにうつむき、思いなおす。


”それは…”その言葉の続きを伝えてしまったらシロ君はおそらく困ってしまうだろう。無常にも”神の代行者”は死神としての最強の称号。そんな僕がここで弱音を吐いてしまったら、彼は自分がやるしかないと奮闘するだろう…それは彼の心を壊してしまう。それだけは避けなければならない…

今は僕がここに立ち続けなければならない、最強の称号に見合う最強の力と意思で…


彼が本当に伝えたかったことは”もし僕に何かあったら死神達を頼む”そんな言葉。

そう思うのにはシロが神の遺産を所有しているということと、彼が神の遺産を使いこなすことをできているから。

けれど天津は知っている。シロがいち早く自分の身を消したがっていることを、自分が本当に伝えたかったことを言ってしまえば彼の望みは叶わなくなってしまう…そんな気がして天津は自分の望みを言うことはできなかった。


シロが上野駅に到着すると一人の実体を持たない死神と実体を持った死神がいることにすぐさま気がついた。実体を持った死神が以前から見知った死神であることに驚きを隠せずにシロは二人に近づき話しかけていた。

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