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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅶ 感情の交差点
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チャプター48 強欲と傲慢と憤怒

強欲の悪魔"マンモン"はフルプラスの叫びを聞いて、クスリと笑っていた。

その笑顔が意味していることは今まで知ることができていなかったことを知ることができたという未知の知識を得られたことによるもの。


「わかってたけど、ダメだったか。一之宮シロの力を測れたからフルプラスには感謝しないと…」


何かを考え込むようにマンモンはある一点だけを見つめていた。その見つめる先には零花がいた。


「あの娘、使えそうだな…」


マンモンは口角をあげて再び笑う。黒い光に身を包み込み、人間の姿からカラスの姿へと変化させると遊園地をあとにした。


 死神達と悪魔フルプラスの戦いが終える頃には太陽は沈み、テーマパークのまばゆい光が辺りを照らす。そんな中、ただのイルミネーションと化した観覧車はとまっていた。それは言うまでもなく遊園地の中で起こった惨劇によって遊園地の職員もまた存在の結晶を奪われ現世での命を失ったからだ。その観覧車の頂点に位置するゴンドラの上に立ち、二人の悪魔は一之宮白を見ていた。”傲慢”の名を持つ悪魔は戦いを終えたシロを指差して、その存在を隣に立つ”憤怒”の悪魔に知らしめていた。憤怒の悪魔はそれを知っているかのような表情であったがしばらく彼の会話に付き合ってやることにしたのだった。


「あれが、シロ君だよ…禁忌(パンドラ)持ちのね」

「知っている…」

「あれ?そういえば10年ぐらい前に一度見てるっけ?」

「6ヶ月前にも会っている…あいつを死神にした一人だぞ、俺は」

「そうか…どうだい?禁忌(パンドラ)は奪えそうかい?」

「どうだろうな…禁忌(パンドラ)状態であれば可能だったが今となっては神の遺産として使いこなされてしまっているからな…」


その言葉に傲慢の悪魔は呆れていた。ため息一つをつきタバコを取り出して、咥えタバコをしながら追求する。


「ダメじゃん!!わざわざ彼を死神にした意味がないじゃん」

「無茶言うなよ…天津の目だってあるんだぞ?乱暴に動けば今頃、俺はいない。それに天津が彼をすぐさま育てあげようとしていたし、彼の成長も普通の死神よりも相当早かった」

「まあ、そうだね…神の遺産を持っているだけのことはあるってことか…」

「一之宮シロも、天津神地もな…そもそも天津に関していえば死神のときから強かった。彼の強さを超える死神はいまだ現れていない」


その言葉を聴いて自分たちの目的を達成する上でどれほど天津が邪魔になるか考えただけで嫌気がさした傲慢の悪魔はタバコに火をつけた。それと同時に憤怒の悪魔にもタバコを薦め、憤怒の悪魔もタバコを咥え、火をつける。最初にため息を吐いたのは憤怒の悪魔だった。煙を吐き出しながら出したため息は多くの煙を伴いながら広がっていく。


「話がそれたな、一之宮についてだが…あいつはもう一つ神の遺産を持っている。禁忌(パンドラ)の状態で」

「それなら奪えると?」

「そのためには一之宮のもつ守護の力をもつ神の遺産を先に奪わなければ、かなり面倒だぞ…」

「わかった、じゃあその役は僕が受け持とう。そのために今まで準備してきたわけだし」

「頼んだぞ、ルシファー。天津の方は俺が何とかしよう」

「大丈夫かい?彼は強いんだろ?」

「神の遺産を発動される前に神の遺産を奪えば言いだけの話だ。もし、それができなかったとしても致命傷を与えればいいだけの話だ。神の代行者は死神と違って面倒な”死ねない”というルールは適用されてないからな…最悪、腕一本ならくれてやるさ」


そういうと憤怒の名を持つ悪魔、サタンはタバコを投げ捨てた。観覧車の上から投げ捨てられた煙草は強風に吹かれて流れていく。風に煽られ煙草の火は静かに燃え上がる。タバコは灰になり散っていった。煙草の火は闘志を燃やすサタンの心を表すように、散りゆく灰は神の代行者を表しているようだとルシファーは感じていた。ただ静かにサタンは自分の覚悟を呟いた。


「そのかわり…殺意の神の遺産は頂くがな…」

「腕一本ですめばいいけどね」


笑いながらルシファーもまたタバコを投げ捨て、自分の受け持った対象を見つめなおしライターの火を一之宮シロを炙るように照らし合わせていた。何かを思い出したかのようにルシファーは憤怒の悪魔へ質問を投げかけた。


「そういえば、他の禁忌パンドラは集められんの?」

「あの二人に比べれば簡単だろうな…まだ禁忌(パンドラ)の状態だ」

「じゃあ、先にそっち集めたほうがいいんじゃないの?」

「お前はいっつも楽観的すぎるだろ。俺たち悪魔が死神たちに対して戦争を起こせばあまりにも危機的な状況に追い込まれた死神たちが身構える。身構えられた状態じゃ一之宮や天津の相手は厳しい」

「…そだね…潰すのなら頭から」


納得という表情を作り出したルシファーだったがサタンの真意を感じ取る。悪魔にだって感情はある、自身の存在が消えることは恐怖であり、悲しみだ。人間と違う点は存在を消してもその悪魔が作り出した性格は消えない。人間が誕生と消滅という形でしか存在を表せないが、悪魔は転生という形をとる。だからこそ、悪魔の恐怖や悲しみはいつまでも心に残っている。どんなに力のある悪魔であっても転生を経験したことがない悪魔はいない。それはルシファーもサタンも同じである。


彼らにとって神の遺産と対峙することは恐怖の転生、悲しみの転生を伴うこと。それはできれば避けたいというのがサタンの真意であろう。ルシファーはただ目を細めたサタンを見つめ、彼の真意を自分の心にも刻み込んでいた。


 悪魔たちの願いは総じて神の復活による恐怖の転生を止めること。

悪魔として存在してしまったが故のルールを変えるためにはそれしかないことは明白だった。世界の理を変えるには神の力を使わなければならない、そのためには死神たちが持つ神の遺産を集めなければならない。しかし、神の遺産はもともと悪魔にとって触れてはならない禁忌である。触れればすぐさま自身の存在は痛みとともに否定される。その苦痛は口にすることすら、はばかられる。自身の存在の在り方を変えるために苦痛を伴うなど二重苦、三重苦でしかないが彼らにとってはそれが希望だった。二人の悪魔は自身の絶望を希望に変えるために静かに、確実に歩みを進めていた。


 戦いを終えたことを確信したシロは少女たちのもとへとその足をむけた。


「二人とも大丈夫?」


少女達の首元には先ほどまで絞められていたあとが残り、痛々しげにうっ血していた。彼の心配を跳ね返すように零花は笑っていた。


「大丈夫だよ。また助けられちゃったね」


零花は嬉しそうにそう答えたのをみて、シロもまた微笑み返す。


「あ…ありがとう…シロさん…」

「このえも…無事でよかった」


篠崎は圧倒的なまでのシロの力に驚きを隠しきれないまま、お礼を呟いていた。シロは座り込んだままの二人へ手を差しのばす、躊躇することなく篠崎と零花はその手をとり体を立たせていた。


「シロさーん!!大丈夫っすかぁ?」


そんな気の抜けた声が聞こえてきたことでシロの肩の力は自然と抜けていた。力が抜けたことで行った戦闘がどれほど大変だったかを知らせるようにシロは声を張る。


「おせぇよ!!何人相手にしたと思ってるんだ!!」

「だって、仕方ないじゃないっすか、ここに来るまで俺らも相当大変だったんすよ。ね、みなもっち」

「けっこう倒したよ。悪魔憑き」


望月は桐彦を弁護するべく、桐彦の同意にコクンと頷く。望月の同意を得られたことで得意げに弁明の有効性をシロに知らしめていた。シロもまたみんな大変だったという結論で納得しするのだった。桐彦と望月はこのあとも用事があるようでそそくさと帰ってしまい、遊園地にはシロと零花、篠崎が残された。


「今日も色々あったね…」


零花は何かに落胆したかのように呟くが、そこにある表情はただ安らかな表情であった。零花の横顔は自分の気持ちを再確認したように晴れ晴れしていた。


それに気がついていたのは篠崎だった。底知れぬ恐怖を抱きながらも元気のなかった彼女の表情が晴れやかになったことに嬉しさを抱いていた。篠崎は今日の出来事を振り返り、今朝、読んでいた小説を思い出す。小説には隣に立つ男子の手が偶然、触れたことを機に手を繋ぎ心を躍らせる少女が描かれていた。小説内の登場人物である少女の気持ちは長ったらしく書かれていた。結局、小説の見開き1ページにも渡る表現を篠崎が要約した表現は”えもいわれぬ快感”。結局のところ、言葉にできないのなら理解することは不可能で篠崎はその気持ちを理解できずに落胆していた。隣に立つシロに気がつかれないように篠崎は沸き立つ思いを託し、手を伸ばす。


知りたい…好きな人と…触れ合う感覚を…


伸ばされた手はまもなくシロの手へと触れていた。篠崎の手が触れたことにシロは気がつき体をビクっとさせ、手の位置を変えようとするが篠崎の指先がそれを防ぐ。


「っっ!!」


彼女の心がすぐさま熱くなる。とめどなく流れる血が心の温度を全身へ、くまなく伝え始め、指先でやさしく挟み込む程度のつもりが止まらない欲求に篠崎自身が困惑していた。彼女の手はシロの手を包み込むようにやさしく結合していた。篠崎ははじめて小説内の少女が抱いた1ページにも渡る感情を理解したのだった。


零花はシロの体がビクついたことに気がついて、シロを見る。明らかに不自然な眼球の動きに違和感を覚えて、彼の周辺を注視する。そこに見えたのは篠崎から伸ばされた手。零花が抱いた感情は嫉妬と似ていたが昼に抱いたようなものとは異質でどこか零花自身に安心を与える。ゆっくりと息を吐き出した彼女は自らもゆっくりと手を伸ばす。


零花の手はまもなく目的地に達し、一人の死神が再び体をビクッと反応させた。今度は逃げる選択肢もないままに握られ、諦めて自身の手を両脇の二人の死神委ねたのだった。


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