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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅶ 感情の交差点
48/74

チャプター47 死神の初恋

 目を向けた先には記憶の片隅にいた少女の面影があった。目の前にある映像が過去の映像と結びつくことはそう難しいことではなかった。


「……神埼…さん…?」

「そうだよ、久しぶりだね。元気にしてた?」

「まあ…元気だったよ」


もう死んでいるんだとは言えずにただ愛想笑いを返していた。シロの心臓の鼓動は脳を直接殴打するように記憶を呼び覚ます。


なぜ今まで忘れていたのだろう。そうだ…神埼(かんざき)朱里(あかり)…彼女は周囲の人間とは違っていた。自分のことを物珍しさや、自分の育ってきた環境に同情などせずに自分を見てくれた唯一の存在。


「びっくりしたよ。どこかで見たことのある後ろ姿だと思って近づいてみたらやっぱりシロ君だった」

「こっちこそ…ビックリしたよ。どうしてこんなところに?」

「仕事で用事があってね。今は雑誌の編集の仕事してるんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「シロ君は?」

「ちょっと野暮用で…」


久しぶりの再会に戸惑いを隠しきれていないシロは飲み物を一口、口に含み冷静さを取り戻そうとする。神埼はそこまで驚いた様子もなくただシロをじっと見つめていた。


「久しぶりに見たけどやっぱりきれいだね」

「ん?なにが?」

「それはもちろん…シロ君の髪だよ。何にも汚れていない真っ白、きっとシロ君は心が純粋できれいだから、神様にその髪を授かったんだろうなって」

「…あ…ありがと…」


いつまでも鳴り響く心臓の鼓動は、再び過去の映像を呼び起こす。

それはシロと神埼が出会った時のこと、高校に入学したときシロの銀髪はただただ弄られるだけで同性、異性からも面白半分でからかわれていた。影では”あいつは親がいないことで心労が重なり髪の色がないとか、高校デビューのために髪の毛を銀髪にしたとか、そんな事実とはかけ離れたことばかり言われていた中、彼女はただ一言だけ”きれいだね”というと微笑んで見せた。

過去の思い出は彼の心にゆっくりと温度を与え、自然と表情が緩む。しかし、シロはもう今更なのだと、緩んだ表情を引き締める。


今更、初恋を信じたところでどうせ裏切られる。


表情がより一層険しさを増したところで神埼はその場を去ろうとしていることに気がついた。


「ごめんね、ちょっとこれから仕事に向かわなきゃいけないから、じゃあね。本当はもっと話したいんだけど…」

「いいよ、ごめん。仕事中なのに」


彼女はそういうと振り向いて歩き出した。瞬間はなった言葉はシロを思考させるのに十分だった。


「白は穢れていないの…だからきれい。けど、穢れていないだけで、一番穢れやすいのは白なの…」


去り際に聞いた言葉が嫌に耳に残る。その場を離れていく神埼をシロはただ見つめていた。そのシロを見つめているのは二人の少女だった。


 今、私が好きなひとは一之宮シロさんと言います。

はじめは自分が集めた本を褒めてくれた、ただそれだけのことでした。けれど私にとってはすごく嬉しかった。シロさんはたまに私の図書館に本を読みにきてくれる大切な人で、私の話をゆっくり聞いてくれる人で、私の薦めた本は必ず読んでその本が面白くても面白くなくても感想を言ってくれる人で…

どんな人かと聞かれたら、私はきっと本を語るときのようにムキになって彼のことを語ってしまう気がする。


正直、自分は人を”好き”になるという感情はわかりません。私がシロさんに抱いている感情、思い、気持ち、それが好きだという感情だと教えてくれたのは私の親友です。

こっちにきてから初めてできた友達でレイちゃんと私は呼んでいます。レイちゃんは私のことを大切にしてくれる人で困ったときは助けてくれてくれます。レイちゃんも私の本を褒めてくれて…レイちゃんのことを説明しようとするとシロさんと同じようにムキになってしまうと思う。


 死神として働く前、つまり生きていたとき、私は死んでいました。

学校ではどんくさいと言われ、私の話を聞いてくれた人はただ一人としていませんでした。先生も生徒も私のことを面倒なやつだと思っていたのでしょう。徐々に私はいじめられるようになりました。机に落書きされたり、水をかけられたり、自分の物を壊されたり…

それだけならまだ良かったのですが、私の親も私のことを疎ましく思っていたようで、義理の母にとって愛想が悪い私が愛されないことは必然…


お父さん、私は生きてるんだよ…お母さんだけを見てないで私を見て…

お母さん、私と血がつながっていなくても私のお母さんなんだよ…

父は母を愛しているからしょうがない。複雑な家庭環境といってしまえば簡単だけど、実際はもっといろいろな感情が入り混じった気持ちが悪い家族だったと思う。


もっと私は愛してもらいたかった。父にも母にも…

きっと私は生まれてはいけなかった人間なんだ。


だから、私はどんくさいといじめられた。

だから、親からも邪魔扱いされた。

だから、私は死にました。


瞬間的に死んだことは後悔したけれど、今は死んでよかったと思ってる。


死んだからこそ、居場所ができた。

死んだからこそ、ちゃんと友達ができた。

死んだからこそ、好きな人もできた…たぶん。


私のことを悪く言う人なんて誰一人としていなかった。

死んだけれど、私は今しっかりと生きています。


篠崎はそう思いながら死神として働くことに恐怖していた。彼女にとって死神として誰かの命を刈り取るということは自分の居場所を失いかねないことだからだ。本当は零花や一之宮と一緒に遊んだり、図書館で本をずっと読んでいたいと思っている。それが難しいということを理解しているからこそ、彼女は今を楽しんでいる。どんなことが起こっても篠崎にとっては楽しいことであったが、シロが零花以外の女性と話している情景を見て、楽しいと思うことができなかった。自分に起こっている現象を説明しようとしてもうまく言葉にはできず、鼓動は高鳴り、例えようのない気持ち悪さがこみ上げる。愛されること、愛することを知らないものに嫉妬を説明しろというほうが無理であった。


 私は今、非常にまずい状況にある。

それはそもそも変わらないこと…諦めていたこと…なのに…

シロさんのことを好きだと思う。それは過去、悪魔リヴィアタンに体を乗っ取られそうになったときに助けられたからだと思う。自分自身、彼のことを好きなことは、この際認めてしまおう。でなければ、たった今、抱いたこの気持ちを説明できない。

そして私はたった今気付いてしまった。いや、気付いていながらも気付いていないフリをしていた。シロさんの気持ちを…

シロさんは私の気持ちにを気付いていながらも彼にはその気がない。もしかしたらすごく鈍感で本当に気付いていないだけなのかも知れないけれど…

彼にも忘れられない相手がいたんだ…そしてその相手が目の前にいた。ただそれだけ…

このちゃんはきっと気付いていない。自分の気持ちにも、彼の気持ちにも…そして私の気持ちにも。


零花はただ冷静に現状を分析しながら自分が抱いた嫉妬の感情を押さえつけた。押さえつけた分だけ反発が強くなることを少女は知らなかった。


「知り合い?」


そう零花に尋ねられたシロは自分が過去に抱いた感情を捨て去り、首を一度だけ縦に振る。


「高校のとき一度だけ話した相手だよ」


その言葉を聴いた二人はさらに嫌な気持ちを膨らませる。

私が”すごいね、よく一度だけ話した相手を覚えているね”なんて言ったらシロさんはなんと言うだろうか。

少女は思わず唇をかみ締めていた。


シロが買ってきた飲み物を勧めると少女たちはありがとうとだけ言うと飲み物を受け取りストローからゆっくりと吸い上げる。

自分の気持ちに落ち着きを取り戻し始めた三人はひとまずベンチに座ると、どこからともなく悲鳴が沸きあがった。恐怖を告げるその叫び声に辺りを見渡していたが、発生源を確認することはできなかった。

周囲の叫び声はどんどんと大きくなり、誰がどう聞いても異常を表すその叫びにただただ三人は身を構える。死神たちに近づきつつある影に不穏な力を感じたシロはすぐさま立ち上がりその影を注視していた。その影から発生された言葉はただの挨拶であったが、それが意味するのは戦闘であることをシロは気がついていた。


「やぁやぁ、死神たち、元気かい?」

「お前は?」

「悪魔のフルプラスさ、今日は楽しいアトラクションを用意したからね。楽しんでいってよ」

「そんなこと知るか…」


その瞬間、シロは誰よりも早く死力を開放し、フルプラスの前に瞬間的に移動する。


「その前にお前を消せば終わりだろ」


右手を突き出すがその拳は空を切った。フルプラスの姿はどこにも見えずシロはそのまま周囲の警戒をしていた。どこからともなく聞こえてくる悪魔の声にシロはため息をつくしかなかった。


「もうせっかちだなぁ…今、この遊園地の中にいる人間の10%ぐらいは僕が操った。今普通の人間たちを襲わせてるんだ、存在の結晶を集めるためにね。君たちは早く僕の操っている人間たちを殺さないと存在の結晶を全部貰っていくよ。あと、僕を殺せば操ってるやつの呪縛は解けるよ~じゃあ、遊園地の中心でゆっくり待ってるから~」

「今日、俺休みなんだがなぁ…ちょっと上司に確認してから行くかどうか決めるわ…」

「そんな悠長な時間はないと思うけど、ま、俺的に損はないからどーぞごゆっくり~」


そういうと悪魔の声は消えていきどこか不穏な力の存在も周囲から消えていた。ため息混じりにシロは端末を取り出すと天津に連絡をしていた。


「天津か?面倒なことになった」

「なにその非常に無礼な感じ、そんなにイライラすることないじゃん」

「こっちは休みなんだよ!!毎回、毎回休みにどっか行く度に仕事してれば頭にくるわ!!」

「まぁまぁ、給料弾んどくから頼むよ。で、どういう状況?」

「今、遊園地内に悪魔が一匹、そいつが人間操って一般市民の存在の結晶を集めさせてるみたいだ。最悪、遊園地内の人間が全員死ぬ。そんな感じ」

「うーん…まずいね。できる限り一般市民を殺さないようにして仕事できる?」

「とりあえず、近くにレイとこのえがいるから何とかなると思う」

「…え?なにそれ?自慢?」

「黙れよ、あと、桐彦と望月さんもいることは確認してるから連絡とってみる」

「もー…みんなしてずるくない?神様にだまっ…」


そこでシロは通話を切った。再び端末の画面を操作しなおして桐彦に連絡を試みる。


「もしもし?桐彦か?」

「どうしたんすか?もしかして…今、遊園地で起こっていることと関係ありっすか?」

「そのとおり。仕事だ…悪魔に憑かれた人間がいるからその人間を殺すこと。で、できる限り一般人は殺さないようにだってさ。悪魔は遊園地中心にいるって話だからある程度周辺の敵を倒したら中心で落ち合おう」

「了解っす。じゃまた後ほど」


桐彦と電話を切るやいなや、シロは零花とこのえに協力を求めていた。もちろん彼女たちは快く了承すると三人は走り出した。


 三人が走り出すとすでに一般人の多くがやられていた。楽しいはずの遊園地はすでに惨劇となっていて、あまりの悲惨さに三人は言葉を発せずにその場を走り去る。

ちぎれた腕、横たわる体、転がる頭。それらは無数に存在し、常軌を逸脱した光景が続く。

少しばかり走れば、悪魔に操られているであろう人間たちが無数にいた。遊園地の入場者数は平均5万人、悪魔の言葉を信じれば約5000人が悪魔憑きという現状にシロはため息を吐き出すことしかできなかった。


「数が多すぎる…」


俺、零花、このえ、桐彦、望月、全員であわせて5人…一人あたり1000人か。

俺は最悪、神の遺産に頼ればいいが、他の4人は…どう考えても厳しすぎる。


そんな考えをめぐらせながら死力を開放し、大鎌を作り出し敵を全て切り殺す。零花も同様に死力を開放し、鉄扇を振り回し悪魔つき人間の息の根を止めていた。

このえもまた死力を開放し戦闘態勢を整える。彼女は作り出したものは辞書のような本で強固にした背表紙を鈍器代わりに殴りつける。身のこなしはさすがというべきほどで零花と同様のレベルであることが伺えたため、シロは安心していた。


あまりにも数が多いことで零花はこのえに提案していた。


「このちゃん、魔法いける?」

「たぶん…大丈夫」


そういうと零花はシロを呼び止めた。


「シロさん!!このちゃんを守ってあげて!!」

「わかったけど、何する気なの?」

「いいから!!」


シロがこのえの元へたどり着くとこのえは準備をしているようで足を止めていた。足を止めたこのえの周りはすでに約100人の敵に囲まれていた。こちらの準備を待ってくれるわけもなく、このえを取り囲んだ敵はシロもろとも倒しにかかる。シロは零花に依頼されたことで魔法を発動する上で動くことのできない篠崎を守ろうと彼女の前で敵を迎合していた。自然と彼の体は白く光り始めたのだった。


篠崎は地面へ自身にすら読めない呪文を書き記すとそのまま手をつけ、イメージを固め始める。彼女のイメージは徐々に現実と化す。全てのものが凍りつく凍土の大地、散っていく全ての命。そんなイメージが彼女を覆う空気の温度を下げていく。空気に含まれた水分はその冷気に触れ、もやとなり辺りを漂う。篠崎の中で全ての準備が整ったようで近くにいるシロにかろうじて聞こえる程度の声で呪文の詠唱を始めていた。


白い花散る 凍る世に

誰もが その花 追い求め

その身 いつしか 迷い舞う

花を掴めど その手には

すでに遅しと 砕け散る


全てを唱え終えたこのえは一度大きな深呼吸する。その瞬間、彼女の纏う空気が一気にその場に広がるとそれを見計らったかのようにこのえは詩を完成させていた。


雪花(せっか)


少女の纏った冷気は敵の足元を駆け巡り、一気に敵の両足を凍らせたが、それだけでは留まることはなく四肢の自由を失わせるように両手をも固定するように氷柱は成長する。


「レイちゃん、いいよっ」

「ありがとう、このちゃん。闘扇戯(とうせんぎ) 永久(とわ)浮船(うきふね)


その合図で零花は空中へ飛び、鉄扇を身動きのとまった敵の数だけ作り出す。零花は自分が作り出した扇子の持ち手をやさしく指で包み込む。扇子の外側にある”天”を敵に向けるとふわりと投げ込む。投げ込まれた扇子はゆっくりと一回転し、それからはただただ加速する。かなきり音をだしながら敵にめがけて飛んでいく。それと同時に作り出した数多くの扇子も同じように敵をなぎ倒すために飛翔した。敵の首にめがけ飛んでいく扇子は次々に首を跳ね飛ばす。零花は敵の体から鮮血が噴き出すと同時に地面へと着地し、走り出していた。それを確認した篠崎は手をパンッと合掌させると敵の四肢を固定していた氷柱は粉々になり、それは敵の四肢の破壊を伴わせていた。


シロは魔法を近くで見たのは二回目だが、再び圧倒されていた。それは先ほどまで二人を守らねばならないという感情から神の遺産を発動させていたが、自然とその力は消えてしまうほどだった。


「ねぇ、俺帰っていい?零花とこのえだけで十分でしょ?」


そう冗談交じりに呟いたが、二人の視線がそれを拒否したことに気付いて黙って、走り出した。


 走りながらもシロはそこら中に蔓延(はびこ)る元人間たちの命を刈り取っては、存在を打ち砕く自分の行動に人間たちを平然と殺す悪魔憑きの人間たちに姿を重ねていた。悪魔と死神である自分がどれほど違いがあるのかわからなくなりそうになっていた。それでも、彼が元人間の命を刈ることはやめないのは死神として自分の命を終わらせるためにほかならない。


彼らがテーマパークの中心には中世ヨーロッパの城を思い起こさせる建造物がそびえたち、無数の敵がシロを多い囲むように存在していた。城の上空には戦線布告をしてきた悪魔フルプラスがただ死神3人を見ていた。悪魔を殺してしまえば無数に操られた人間たちをもとに戻すことも可能だったが、どうにも近づけそうにはなくシロはため息混じりに言葉を吐き出した。


「多すぎだっての…」


シロがぼやいた所でどうにかなるわけではなく、シロと零花と篠崎はただ目の前にいる敵を殺し続ける。先に限界を迎えたのは篠崎このえであった。


「もう…無理…」


限界を迎えた彼女の死力は消えかけた蝋燭の火のように揺らめき、ついには消失する。死力的にも体力的にも限界だった彼女はその場にへたり込む。

それとほぼ同時に零花が限界に達すると、篠崎の近くでへたり込む。


「ごめん…私も…限界…」


当初に比べれば敵の数は約10分の1まで減っていた。このぐらいであればとシロは自らを奮い立たせる。大鎌をもう一本作り出し、両手に持った大鎌を力一杯に振り回す。瓦解する悪魔憑きの人間の返り血を浴びながら押し進む。大勢の元人間を切れ味の悪くなった鎌を敵がいるほうへ放り投げ、大鎌を新しく造り直す。どうにか敵を倒し終えたシロもまた死力が途切れかけていた。


その光景を見ていた悪魔はゆっくりと空中から地上へと降り立っていた。


「さすがだねぇ…あの人数の相手を全員殺すなんてさ…尊敬に値するよ…」

「はぁ…はぁ…うるせーな…さっさとお前を殺して、俺は帰るんだよ…」

「そう簡単にはさせないよ」


フルプラスはそういいながら気味の悪い笑顔と共に一歩、また一歩と前進する。フルプラスと目を見合わせたままのシロは戦いの火蓋を落とす合図をゆっくりと探していた。

もう一歩進んだところでシロの体は悪魔を殺すために力がこもる。瞬時のうちに決着をつけようと移動しようとしたのを静止させたのは少女の声だった。


「いやっ!!」


シロが後ろを振り向いたときには二人の少女の姿はなかった。フルプラスのほうへ視線を戻すと篠崎と零花の姿は捕らえられた形で写りこむ。それと同時に篠崎と零花に操られた人間たちがそれぞれに首を絞め始めていた。フルプラスは中央に立ち、シロに選択を与える。


「さぁ、君は選ばなければならないっ!!どちらを助けたいのか、どちらを見捨てるのかを」


悪魔の大きな高笑いが響く中、二人の少女は首を絞められる苦しみに悶え始める。向かって左には零花が、右には篠崎があまりの苦しさにもがき続ける。みるみる顔の血色は悪くなり、搾り出した言葉は助けてほしいという感情を込めたものであった。


「シ、シロ…さん…」


通常であれば悪魔を殺すために二人を放置したところで彼女たちは死ぬことなく本拠地に帰還するだけである。問題は彼女二人が世界に希望を抱いているのかどうかということである。もし、二人が希望を持っていたとして捕らえられた少女を助けずに悪魔を殺すという選択肢を選んだ場合…その結果はいうまでもなく二人の存在が消えるということ。結局、彼女たちがこの世界に抱いた感情などわかるはずもなく、ため息に似た深呼吸をついていた。さっきまでの考え、感情を全て放り投げて、一つの想いだけを心に満たす。


二人を…守る…


それと同時に消えかけていた死力は消え去り、神の遺産が発動する。白い光が自分の体を包み込んだことを確認すると自らのコピーを形成する。完全に作り終えるまでの時間は当初、自分のコピーを作ったときよりも短くなっていた。シロはその時間を確保するため芝居を打つ。


「少し待ってくれよ、その二人は俺にとって大事な存在なんだ…すぐに答えなんか出せるわけがない…」

「まぁ、少しぐらいなら待ってやろう。そこまで僕は悪魔じゃない」


笑いながらフルプラスは腕を組む。

そんな短い会話をする間も、二人の体は首を絞めつけられながら、持ち上げられる。完全に篠崎と零花の体が浮き上がったところでコピーを作り終えたシロは二人を助け出すために動く。


「それはありがたいな、結論がでた」

「思っていたよりも早いな、で、どっちにする?」

「それは…」


言葉の途中で走り出す。シロ本人が左に、コピーが右へと走り出し、それぞれに少女の首を締め上げていた腕を切り落とし、少女の体を保持する。


「どっちも守るに決まってるだろ」

「な…」


驚いて体が硬直する悪魔はシロが二人を助けることによって生まれた時間で一気に後退する。死神を幾度となく相手にしてきた悪魔であっても自分自身をコピーした死神を見たことがなかった。瞬時に自分の頭の中でこの現状を打破する方法を考えるが簡単に思いつくわけもなく、シロが二人の少女を助ける様をただ見ていることしかできなかったのだった。

敵の拘束から抜け出したことで篠崎と零花の体は重力に従う。落ちていく体をそれぞれのシロが支えると、シロもまた状況を立て直すために後退する。少女たちをゆっくりと地面へ立たせるようにやさしくおろしたところで呆然と立ち尽くす悪魔に戦闘を仕掛けた。その姿を見逃さなかった悪魔も現状を打破する方法を見つけていなくとも立ち向かった。


「ふざけるな!!人一人をコピーするなんて何者だ!!」

「俺はただの死神だよ」

「ただの死神がそんなことできるはずがない、ありえない…ありえないんだよ!!」

「もう黙れよ」


その言葉と同時に悪魔の体を蹴り上げる。悪魔も殺されまいとシロの体を殴打する。お互いの体は互いの衝撃を表すように大きく後退させながらも、悪魔と死神はすぐさま体勢を立て直し相手の命を奪いに掛かる。しかし、シロの絶対的優位は変わらない。シロのコピーは悪魔の首を掴むと本体に向けて放り投げ、本体は飛んできた悪魔の頭めがけて右ストレート。再び悪魔の体はシロのコピーへと飛んでいく、器用に悪魔の頭を掴みとると、勢いそのままに地面に叩きつけ、そのまま固定する。

そしてシロは固定された首を瞬時に作り出した鎌で跳ね飛ばし、戦いの終わりを宣告する。


「全ての存在に死を…」


首を切り落とされながら悪魔は叫ぶ。


「マンモン様ぁぁああ!!」


その叫びが辺りへ響き渡ると同時に悪魔の体は瓦解し、消えていく。悪魔の叫びは少なくとも3つの悪魔の元へと届いていた。

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