チャプター44 謎の追及
公園でサレオスとシロは別れた都内の本屋に立ち寄り、自分の興味が引かれるもの物色していた。彼が選び出した書籍には人体について詳しく書かれているものが多かった。神の遺産を使用し、自分のコピーを作成するうえで彼には人体についての知識はあまり深くなかったのが理由であった。必要な本を揃えたシロは会計をすばやく済ませると人気の少ない場所へと移動し始めていた。一人で現世に降りることができなかった彼は自分自身のコピーを作成するということに自信がなかったのだ。ぶっつけ本番でもできないわけでもないのだが、時間がかかりすぎるという問題点を抱えたままだった。
この問題さえ解決してしまえば自分一人であっても、対象を刈り取ることが容易になることは明白だ。
移動を終えたシロは周囲に人がいないことを確認すると、自分の感情をコントロールしていく。神の遺産が発動したところで買ってきた本を開いたのだった。人間の部位ごとにコピーしていく、右手を骨から作り出し、付属する筋肉を一つ一つ作成する。気がつけばあたりは自分のコピーの部位が散乱していた。
彼の頭の中にある完成形は完全に自立式のコピーを作成するということ。
一度だけ使用した自分のコピーはシロ自身がコントロールしていた。戦闘中、コピーの操作に意識が集中してしまい、戦闘に集中できていないと感じていたためである。
しかし、問題点がいくつか発生していた。
一つ目として、人間の根幹となる脳である。脳をコピーして作成したものは豆腐のような柔らかさを持つ脳の形をかたどる何かでしかなく、コピーした人体を脳を含めて組み立てたとしても動き出すことはなかった。
二つ目に心臓である。
それぞれの筋肉に対しては電気信号を送り込むことで動くことは確認できた。心臓もまた単体では動かすことが可能であったが、全てのパーツを組み込むと、とたんに動かなくなるのであった。
最後に髪の色であった。
そこまで大きい問題ではなかったが、本物のシロの髪の色が銀髪であるにも関わらず、コピーが黒髪の場合、本体とコピーの区別が簡単についてしまうという弱点が存在してしまったのだ。
シロはコピーした頭を眺めながら問題点を考察していた。
(まあ、脳がコピーできないのは仕方ないな、脳についてはわからないことだらけだし…心臓は、脳が死んでいるから動かないってことだろ。しっかし…髪の毛は何でだ?ただ色素がないってことじゃないのか…?)
頭を抱えて悩んでみたがシロは答えを得ることはできなかったのだった。気づけば現世に降り立ってから6時間経とうとしており、もう帰ろうと腰を上げたときだった。衣擦れの音をシロは聞き取れたため、バッと後ろを振り返る。
「誰だっ?」
シロの視線の先には一人の少女がたっていた。少女の視線はシロの足元へと移動していた。その視線の動きでシロは自分の周りに広がる人間の部分の残骸に気づいたのだった。
(これは…殺人者と思われるよな…)
そう思ったところでその場から消えようとポケットに入った端末へ手を伸ばしたところで少女はシロに拳銃を向けていた。
「動かないで」
拳銃を突きつけられたところで恐怖という感情は芽生えてはいなかった。しかし、あまりにも鬼気迫る少女の表情は強制的に彼女の言うことに従うシロがそこにはいる。
「何か用?」
「それは死体…なの?」
はたから見れば死体にしか見えないであろうコピーたちをみて少女が言った言葉にシロは違和感を感じていた。
「君には何に見えてるんだ?」
「精巧に作られた…人形…?」
シロの足元に横たわるものを説明する上で一番的を得た答えに驚くほかなったのは言うまでもない。しかも自分自身のことなど何も知らないものが出した答えとしては優秀すぎた。
「じゃあ、俺はどんな人間だとおもう?」
「人間じゃないなにか」
「お前、何者だ?」
「貴方こそ、何者?」
恐怖にも似た感覚がシロを襲っていた。その感覚を例えるならば、占いの結果が尋常ではないほど当たり続けたような感覚、どこか恐ろしいが大部分は不思議だという気持ち。
一方、少女は拳銃の照準をシロに向けたまま、眉一つ動かすことはなかった。
「とりあえず、それ下ろしてくれない?」
「聞けない注文だわ、貴方が危険な人物かもしれないでしょ?」
「大丈夫、俺は…」
そういいかけたところで彼女は引き金を3回引いていた。一発目の銃弾は驚きのあまり避けることができずシロの頬を掠める。その瞬間にシロは自身に纏わせていた神の遺産をできる限り力強く発生させた。二発目の銃弾は神の遺産を使って分解させ、三発目の銃弾はしっかりと発射口から捕らえることができたため指先で掴み取った。
その光景に少女は目を丸くしていた。硝煙の香りが彼女の感覚を支配するよりも早く少女の目は再びシロに対して冷たくなったのだった。
「人間じゃなかったわね」
「初対面の人間になにしてんの!!」
「言ったはずよ、あなたは人間じゃない。だから、そのツッコミは不適切ね」
「人の揚げ足をとるな!!」
「なんども言わせないで、貴方は人じゃない。だから、貴方の指摘は不適切よ」
「あぁ…もう!!」
シロは少女に対しての苛立ちを地団駄を踏むことで表したが、それすらも少女の眼球を動かすにはいたらなかった。
「もし、俺が人間だったらどうするつもりだったんだ!!」
「そうね…貴方がそれまでの人間だったと思うだけよ」
「それ…君が思うこと?」
「自身は他者によって評価される。それが世の常よ」
「はぁ、そうですか…」
「そうよ」
再び沈黙が流れていた。少女は一向に銃を下ろそうとはせず、強気な態度は続いていた。シロは彼女を恐れることはないにしても、このまま水掛け論で時間を消費することが面倒になってきていたのだった。
「…認めるよ。俺は人間じゃない」
「じゃあ、何?」
先ほどの問いではついていたはずの”者”という人間を表す言葉はとられていた。そのことに無性に悲しさを感じたシロだったが少女の問いに答えていた。
「死神っていったら信じるか?」
「信じるわ」
「はやっ!!何で?普通信じられなくない?!!」
「私には、わかるもの」
「え?」
「生きているか死んでいるのか…ごめんなさい、不適切な表現だったわ。実体を持っているのか、もっていないのか区別がつくっていうのが正しいわね」
そういいながら彼女はシロに向けられた銃口を下ろしていた。しかし、彼に向ける冷徹な眼球は動かない。
「でも、実体のないものを区別することはできないの。あなたが幽霊なのか、死神なのかまではわからなかったわ」
「なら、死神っていうのが嘘かもしれないだろ?」
「そうね、でも貴方が本当のことを隠したいのなら、もうすでに私は殺されているはずよ…つまりは真実の可能性が高いのよ」
「俺が何ものか確かめるために命を捨てるなんて、馬鹿げてる」
「ええ…そうかもね」
「で、そんなことをしてまで俺に近づいたということは何か目的があるのか?」
「…あるわ。悪魔という存在がいることは死神である貴方も知っているわね?」
「まぁな」
「貴方にはサタンという悪魔の存在を消してほしいの」
「どこにいるかもわからないやつを消すなんて俺がやるとでも?なんの利点も、利益も、義理もないのに?」
「そうね…では、こうしましょう。その悪魔の存在を消せたのなら、貴方の存在もまた完全に消しましょう」
「な…」
その言葉はシロの願いを完全に読みきって言われていたことは間違いなかった。当然、シロは目の前に立っている少女に対して警戒を強めていた。
「お前は一体…」
「貴方たちの存在にちょっと詳しい生きた人間よ。さっき言ったことは貴方の心の中だけにとどめておきなさい、でなければ貴方の存在は絶望の中で永遠となるわ」
「何で俺なんだ…?」
「簡単に言えば、貴方はどちらかといえばこちら側の人間だから…かしら」
そういうと少女はシロに背を向けてその場を去ろうとしていたが、事情の飲み込めていないシロは彼女を必死に呼び止める。
「お前、ちょっと待てよ!!名前くらい名乗れよ!!」
「そうね、天城奈央よ。言っておくけどサタンは簡単に見つからないし、簡単に存在を消すことはできない。だから期間は設けないわ。私は貴方が望めば貴方の元に来るわ」
彼女は振り返ることもなくその場を離れていったのだった。シロは立ち尽くしていた、彼女が自分の下へと現れた理由がまったくといっていいほど検討がつかなかった。サタンという悪魔を存在を消すことは建前で、何か別の目的があったようにも感じていた。神の遺産の発動をやめたシロは、その場を離れることしかできなかった。




