チャプター43 自我と自我
下界に降りたシロは近くにあった公園に立ち寄っていた。彼が死神になってから早くも4ヶ月が経っていた。不特定多数の人数がいる場所でシロは奇妙な動きをすると、鎧を着た悪魔は鰐をつれてシロの横で立ち止まる。シロはその悪魔に話しかけると同時にベンチへ腰掛けた。
「なぁ…サレオス…」
「なんだい?」
「お前は、悪魔として生まれて楽しかったか?」
「ん~…」
シロの問いに首を傾げているのは悪魔”サレオス”。悪魔としてシロの友人である唯一の存在。過去にサレオスに敗北したことで、月に一度はサレオスを呼び出さなければならなかった。呼び出して何かをするわけでもなく、身近に起こったことを簡単に話し、話すことがなくなれば帰ってもらうというような付き合い方をしていたのだった。
それとなくサレオスと話し込んでいたことで当初会ったときよりもサレオスとシロの距離は少しばかり近くなり、シロは呼び出す回数は自然と増える。どこか曖昧な、しかし確実に目の前に存在する悪魔という立場のサレオスはシロにとって話やすい対象であったことも関係を身近にさせた要因の一つだった。
「別に悪魔に生まれたくて生まれたわけじゃないけど…まあ、楽しいよ」
「そうか…」
「どうしたのさ?いつもよりも元気ないね?あ~あれかい?生理かい?」
「俺がいつ性転換したってんだよ…」
シロはどこか虚ろに遠くを眺めている。どこかツッコミにもキレがない彼をサレオスは黙って見続けながら、本当にシロが相談したいことを探し続けていた。
「じゃあ、君は人間として生まれたくなかったのかい?」
「そうだなぁ…生まれる前に選択権があったのなら人間は選ばないかな…」
「なんでだい?人間っていいじゃない、何かに縛られるわけでもなく、それぞれの個を持って生きてけるんだよ?」
「その”それぞれの個”っていうのが厄介なんだっての…」
そういいながらサレオスの方へシロは顔を向けていた。それと同時に言葉を続ける。
「逆に自分っていう個がない動物とか、微生物を考えるとさ…最大の生きる目的は種の繁栄だろ?」
「まぁ…そうかもね」
「無駄に自我があるから余計なことをしたがるわけでさ、野望を持ったり、恋愛をしてみたり、いろいろあるわけよ。大概、そういうのって自分以外の個体と関わりを持たないことにはできないことなわけじゃん?」
「まあ、人間社会も変化してるからねぇ…」
「自我が抱いた理想を通すためには他者の自我を避けては通れないってのが俺は嫌だね」
「そんなことを悪魔に相談するなんて全人類探しても君一人だろうね」
そういいながらサレオスの口元はほころぶのであった。サレオスの足元には夏の暑さでうなだれる鰐がベンチの日陰に入ろうと、もぞもぞと動いていた。サレオスもまた自分が身に着けていた鎧が予想以上に暑さをもたらしたようで、フィンガースナップをすることで鎧をスーツに替えたのだった。シロが言った内容を、自分の中でゆっくりと噛み砕き、理解した後にサレオスはようやく口を開いていた。
「結局は…それも含めて人間なんじゃない?」
「諦めろってことかよ…」
「乱暴に言えばそうだね。僕が言いたいのは考え方だよ」
「考え方ねぇ…」
そういうとシロはおもむろに立ち上がった。公園の入り口近くにある自販機に向かうと作り出した120円を自販機へと放り込み、何種類もある缶コーヒーの中から無糖と書いてあるブラックコーヒーを選択していた。
自販機がガコンッとブラックコーヒーを落とした音を聞くと同時にサレオスは自分の考えを自分の外へと吐き出していた。
「自我と自我の接触によって傷を負う人間がいる、君みたいにね。ただ自我と自我の接触によって何かを得る人間だっているわけだよ」
「…その人間に違いがあるのかねぇ…」
自販機が出したブラックコーヒーを取り出すために一瞬だけ二人の間に沈黙が流れる。再びシロは120円を作り出し自販機にいれ、今度は微糖と書かれた缶コーヒーを選択する。シロはまもなく落ちてくる缶コーヒーをすぐさま取り出した。
サレオスはベンチの背もたれへ全体重を乗せながら背伸びをしながら呟いていた。
「違いって言っちゃえば、違いなんだろうね~それこそ”自我”なんだからさ」
そういうと背伸びした体を元に戻した。
シロは自販機の前から立ち去ろうとしたがベンチの下にいる鰐を見つけ、自販機の前へ戻って130円を作り出して自販機に投入し、ミネラルウォーターを選択して自販機から取り出した。
足を組みなおしてサレオスは言葉を繋げる。
「それこそ他者の自我があるからこそ、自分の自我が比較対象としてあがるわけなんじゃない?僕の得意分野で言えば…君の意見では男女が喧嘩するのはお互いの自我がぶつかるから、でも見方を変えれば男女という組み合わせがなければ自我のぶつかる喧嘩は起きないってわけさ」
シロは自販機に背を向けてもといたベンチへと座りなおしながら、ため息を吐くようにしてサレオスの考えを要約する。
「鶏が先か、卵が先かってか…どっちがいいんだ?」
そういいながらシロは買ってきた缶コーヒーを差し出した。サレオスは躊躇いもなく微糖と書かれたコーヒーを受け取っていた。サレオスの心は乱れることはなかった。
「起きた現象をプラスと捉えることができるか、できないかってのは重要なことだけど…ま、自我の衝突で起こる現象が誰にとってもプラスと感じれることが一番なんだけどねぇ…」
サレオスは缶コーヒーを開けて口に含むが、あまりの甘さに顔をしかめる。シロもまた缶コーヒーをあけて一口を味わいながら飲み込む。
「そんな甘くねーよ、自我って代物は…このコーヒーみたいにな」
コーヒーを飲んで開口一番にシロが呟いたことにサレオスは口をあけたままシロを凝視したのだった。
「…親父ギャグを…言っただと…」
「そこまで驚くことはねーだろ!!ほら、その鰐にも」
シロはばつがわるそうにミネラルウォーターをサレオスに投げていた。サレオスはそれを受け取るとキャップを開けてベンチの下で静かにしている鰐の体全体に水をかけた。空になったペットボトルを握りつぶすとサレオスは残ったコーヒーを全て飲み干して、缶を極限まで圧縮する。
「ま、僕は甘いと思うね。このコーヒーみたいに」
「けっ…親父ギャグかよ」
口角を少しばかり上げたシロもまたコーヒーを飲み干して缶を圧縮したかと思えば自分の死力を使って、粒子まで分解させていた。一人の悪魔はペットボトルと缶をゴミ箱へと入れながら屈託のない笑顔を出していた。
「なにか問題でもあるのかい?」
シロはその言葉を聞くと、少しはにかんでいた。
「…ねーよ」
「それこそ、恋愛でもすればいいじゃないか、男女の間に芽生えた愛はいろいろ与えてくれるよ?」
「いやだね、俺はもうそんなことで傷つきたくないし、傷つけたくない」
「まーた、そんなこと言って…どうなのよ?あの子とは?」
おじさんのようにサレオスはニヤニヤと怪しげな笑顔を作り出したが、そんな言葉にもシロは眉一つ動かすことはなかった。
「あの子?ああ、レイのことか…」
「言っておくけど彼女、君のこと好きだよ?」
「そうかもな…情けないことにさっきデートに誘われたぐらいだからな…」
「行けばいいじゃん、何が問題なのさ」
「言っただろ?誰も傷つけたくないんだっての…自分も含めてな」
シロは視線を自分の足元へと向ける。その視線の動きが意味することは当然サレオスも理解し、彼をからかってしまったことを少しばかり後悔していた。
忘れられない過去は誰にだってある、いい意味でも、悪い意味でも。たまたま視線を落とした死神がその過去を多く持つだけである。目の前でうな垂れる友人である死神にサレオスは微笑んでいた。
「ま、しかたないね…じゃ僕はそろそろ帰ろうかな」
「わかった、それじゃあな」
「そうそう…一つだけ忠告があったんだ」
「なんだ?」
「…噂だけど、七つの大罪を表す悪魔たちが君の事探してたよ?悪魔の僕がいうのもなんだけど、あんまり関わらないほうがいいと思うよ?」
「あ~マンモンとか?」
「そうそう…って関わったのかい?!」
「俺が好んで絡んでいったみたいな言い方すんなよ、こっちが絡まれたんだっての」
「まぁ、しょうがないね。気をつけなよ?じゃあね」
サレオスはその身を黒い光に変えて姿を消した。シロはベンチに座っていたがため息を一つ、吐き出して空を仰いだのだった。
その物陰に隠れてみていた少女がいることにシロは気づいていなかった。




