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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅶ 魔法と死神と悪魔
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チャプター40 変態の帰還

 天界に存在する神の代行者の部屋では焦りと苛立ちを隠しきれない天津は自らの手で軽く頬を叩きながら机の周りをぐるぐると回っていた。天津の心配はシロの存在が悪魔側へばれてしまったという事だった。彼は自分でも気づかないうちに机の周りを何周もしていた。そんな天津を見て大門は呆れながら、天津をなだめていた。


「いまさらアタフタしたところで何も変わらんだろ…」


その言葉でふと我にかえった天津はその足をとめ、何かを思いついたらしくそれを大門に提案していた。しかし思いついた案は天津にとって非常に嫌な選択らしく眉間に皺を寄せていた。


「…あいつ、呼ぶか…」


”あいつ”という言葉に大門の体はビクっと反応した。全身からは蛇に睨まれた蛙が流すような汗が噴き出していた。その汗がどんどんと大門は頭を下げて天津の提案を取り下げるように頼んでいた。


「頼む…やめてくれ…」


大門の頼みも少しばかり考えてみた、なにより天津自身もできれば彼を呼びたくはなかった。しかし、彼たちが置かれた状況はとても安心できるものではないと天津は考えていた。今は少しでも戦力をシロの周りに集中させてやりたかった。一之宮の力を考えれば護衛もいらなかったかもしれないが、七つの大罪の悪魔が力を合わせたときのことを考慮すれば彼一人で相手するのは分が悪いのが目に見える。


「そりゃ、俺だって呼びたくないよ?でも、このまま東京の本拠地叩かれたら全員殺されるかもしれないじゃないか…」


大門もその言葉に覚悟を決めたようだった。全身から噴き出す汗を止めるように深呼吸をする。


「わかった…手続きはしておく。でもな…安全が確保されたらすぐさま元の場所に返せよ?絶対だぞ?!!」


子供じみた大門の捨て台詞を聞くと天津も当然だというように首を何度もたてに振っていた。



 死神の本拠地、東京ブロックではシロが休日を謳歌していた。意味もなくベッドの上を転がってみたり、ベッドの上から頭だけを垂らしてみたりと、暇という時間を極めようとしていた。


「休日、暇、さいこうぉ~」


自分の体を休める意味もこめ、今日一日は絶対にベッドから出ないと決めた彼は横になったまま積みあがった文庫本の一つを取り出し読みふけっていた。もうすこしでラストシーンに入るというところでシロは外が騒がしいことに気がついた。しかし、彼は極力無視しようと決め、文庫本のラストシーンへ突入する。しかし、外の騒がしさは増すばかりで、せっかくのラストシーンが台無しになってしまっていた。イライラしながらシロはベッドから体を起こして窓に向かった。


「せっかくの休日を邪魔しやがって…」


その怒りを発散すべく外の様子を伺う。騒がしい原因となっているものに怒鳴ってやろうと勢いよく窓を開ける。怒鳴り声を上げようとした瞬間、シロは自身の目に飛び込んでくる映像が信じられなかった。


下宿の前を変態が歩いていた。すぐさま関わってはいけないと気づいたシロは勢いよく明けた窓を勢いよく閉めた。その変態は人々に否応なく自らの容姿を記憶として刻み込んだ。シロも例外ではなく、思い出されるその変態に吐き気を催していた。

その変態は目だけを隠す鉢巻のような仮面をつけ、自らの上半身の恥部は細い布で隠され、下はブーメランパンツをはき、律儀にも膝上まで上げられた靴下を履いていた。嫌でも思い出される変態の容姿にシロはただただ身悶えていた。

そこで彼は二つの異変に気がついてしまった。まず一つ目に外の悲鳴が消えていること、そして二つ目に閉めたはずの窓が開いているということ。嫌な予感がしたシロは恐る恐る部屋を見渡した。


それはいた。


先ほどまで外を歩いていたはずの変態が部屋に入ってきていた。シロは眼前にいる変態に言葉を失っていた。その変態は左手を腰に当て、右手でシロを指差しながら開口一番に出た言葉は


「やぁやぁ、君、僕を見ていたね?君の視線…たまらなかったよ…」


恍惚の表情を浮かべながら目の前に立つ変態にシロは呆然としながら見ていたことを否定していた。


「み、見てません」

「嘘はいけないなぁ、嘘は。感じていたよ?君の視線は…ビシビシって…さぁもっと…もっと…僕を見てくれ」


そういいながら変態は両手を広げる。シロは完全に度肝を抜かれ、動くことができなかった。


 そんなときシロの部屋を訪れようと零花が近づいていた。彼が一人前の死神として働くようになってから二人で訓練することが極端に減った零花は少しばかり寂しさを覚えていた。


これは修行…デ、デートなんかじゃないんだから…


そう心の中でつぶやきながら零花はシロの部屋の前にたどり着いていた。彼女の心臓は今にも飛び出しそうなほど脈打っていた。覚悟を決めてシロの部屋をノックして、シロに呼びかける。


「シロさん!!今からデ…修行いかな…」


零花の見た光景はまさに地獄絵図だった。一人の変態がさまざまなポージングをしてシロは動かず、それを見ていた。シロは逃げ出すきっかけを完全に失い軟禁状態だったようで零花の声と姿を確認するとすぐさま助けを求めた。


「レイっ、いいところに助けてくれ!!」


当然のごとくシロの部屋の扉はすぐさま閉じられた。閉じられた扉の奥からは悲惨なシロの叫びが聞こえていたが零花はそれどころではなかった。彼女はその変態を知っているようで、さっきまで期待に満ちて動いていた心臓は不規則な鼓動を打ち出した。


「な…なんでいるの?」


シロの叫び声がする扉の前で零花が呆然としていると大門が通りかかった。大門は零花を見るやいなや、零花に尋ねていた。


「零花、お前の師匠知らないか?」


彼女は人間には不可能な速さで首を横に振っていたが、大門はすべてを察したかのようにシロの部屋の前へ立つ。覚悟を決めると大門は勢いよく扉を開けた。

シロはいつの間にか椅子に括り付けられ、瞼は閉じないようにテープで固定されていた。そして彼の前には当然、変態がポージングを決めていた。

椅子にくくりつけられているシロの精神はもはや限界のようで、じたばたと暴れながらシロは叫び続けていた。


「たすけてぇ~だれかぁ~」


大門は意を決し部屋の中へ一歩、また一歩と歩みを進める。大門が部屋に入ると一番先に反応したのは変態だった。


「はぅ!!この視線は…大門's eye…」


すぐさま変態は振り返り、ターゲットをシロから大門へと切り替える。


「やっぱりぃ大門じゃないかぁ!!君の視線が一番…きもちぃぃ…」


大門は無言のまま死力をすぐさま開放して、すぐさま変態の後ろに回り込み首を殴打した。変態は突如として与えられた衝撃を耐えることができず、その場に倒れこんだ。零花は変態が動かなくなったことを確認すると縛られていたシロを助け出していた。

ため息混じりに大門は零花と目をみる。


「ふぅ…やっぱり気持ち悪いな、こいつは」


それは零花も同じようだった。変態の束縛から逃れたシロは強制的に見せられ続けたものが新たなトラウマとなったようで自然と死力開放をしながら殺意をむき出しにしていた。


「コイツ、殺してもいいっすか…」


大門はため息をしながらシロと零花に残酷な現実を告げていた。


「だめだ…今度からコイツは東京ブロック所属の死神だ…」


大門の言葉にあっけをとられ、シロと零花はお互いに悲鳴をあげた。


「えぇぇええええぇえぇ」


東京ブロックの死神たちはある場所に集まっていた。そこは以前シロが死神として働き始めたときに歓迎会を開いた大ホールだった。シロがその場所にたどり着いたときにはすでに会場の準備はすべて整っていて、開始時間まであと数分だった。今回、主賓となる変態は歓迎会の開催を今か今かと気分を高めている。司会役が歓迎会の進行を始めると、当然ながら変態の自己紹介から始まった。


「皆さーん、はじめまして。そしてはじめましてじゃない人も、おひさしぶり。久瀬(くぜ) 狩夜(かりや)だよ」


全員の注目が久瀬に集まると彼は悶絶したかのように体を震わせた。


「みんなの視線が集まる感じ…たまんなぁい…」


その言葉によってすべての死神は久瀬を見ることを瞬時にやめ、近くの死神同士でこの変態とどう関わればいいのか、ひそひそと話し合う光景が広がった。シロは殺意が収まっていたが生理的に受け付けない久瀬の存在を桐彦に確認していた。


「あいつ、男だよな…?」


桐彦はこの会場にきて初めて久瀬を見たようでシロの質問には生返事で返した。


「たぶん…そうっすね…」


桐彦はある程度久瀬を観察したところで自分が思ったことをシロに真剣に伝えた。


「シロさん…コイツ、間違いなく…変態ですね」


笑いながら桐彦は周知の事実をつぶやいていた。望月もまた久瀬を見た瞬間からどこか一線を引いていた。


「ヘンタイ…」


シロもまた二人の意見には賛同するほかなかった。


「ああ…お前が言うなら文句なしの変態だな…」


彼らに与えられた久瀬の情報は今のところ変態というステータスしかなかった。さすがにそれはまずいと思ったのだろうか、大門が久瀬の経歴を簡単に三人に説明し始めた。


「あいつはもともと東京ブロックにいた死神でな、東京ブロックの警護でこっちに在籍してもらうことになったんだ。以前は零花とこのえの師匠でもあるんだ」


シロはそこであることに納得したかのようにほんの30分前のことを思い返していた。それは篠崎に歓迎会が開催されるということを電話口で伝えたときのことだった。篠崎に歓迎会が開催されることを告げるとはじめは嫌々ながらも参加する気があったようだったが”久瀬”という名前を出した瞬間に電話が途切れたのだった。

端末の調子がおかしいのかもしれないと思い、会場に向かう途中で篠崎がいるであろう図書館にも寄ったのだが篠崎はシロから歓迎会という言葉を聴いた瞬間に図書館のドアを力強く閉め、少し乱暴に今日は絶対に行かないと言い放ち図書館の鍵を閉めたのだった。

妙に納得したシロは改めていまだ自己紹介を続ける久瀬を見て思ったことがあった。それは桐彦も、望月も思っていたことだった。


(よく…レイ、まともに育ったな…)

(レイねーちゃん、よくまともに育ったっすね…)

(レイ(ねぇ)がまともでよかった…)


そこでシロは辺りを見回してあることに気がついていた。先ほどから零花の姿が見えないのだった。


「あれ?レイは?」


桐彦と望月が指を指した方向にシロの疑問の答えがあった。大ホールの隅に誰にも気づかれないように膝を抱えた零花がいた。自分の師匠が特異な存在であることは知っているつもりだったが何年も見ないうちのその度合いがひどく進行しているように感じていた。

関わりあいを持ちたくない彼女は早くこの催しが終了することだけを祈っていた。


久瀬を表すのにもっともふさわしくない師匠というイメージはシロと桐彦に疑いの眼差しを作らせ、二人はその場でお互いに不審に思っていた。その場に居合わせた久瀬を知らないものたちの誰もが思ったことだったろう。大門たちのように彼を以前から知っている人間たちにとっては疑いを持つことはなかった。


「師匠って戦闘のってことですよね?」

「ああ、そうだ。見た目どおり特殊なことを教えてるんだ…」

「特殊?」


大門の返答に久瀬を疑い続ける二人に首をかしげさせていた。


「魔法を教えてるんだ、魔法を」

「そんなものあるんですか?!」

「死神、悪魔、幽霊もいるんだ…今更だろう?」


妙に納得した二人だったが、今度は久瀬の力を知りたくなっていた。

桐彦は死神として働いて4年目となるがその年月をもってしても魔法をつかう死神には出会ったことはなかった。実際は彼が魔法を見る機会に恵まれなかっただけで零花とこのえは魔法を使用できる。彼は単純に魔法というものを見てみたくなっていた。いつの間にか久瀬の自己紹介が終わっていたようでシロたちに近づいていた。


「死力を何倍にもしてくれるのが魔法なんだよぉう~」

「近寄らないでくださいぃ~」

「それに魔法はそこらへんの守護霊だけじゃなく、悪魔にも使用可能さっ」

「だから近寄らないでくださいってばぁ~」


久瀬は自身が魔法を使えることを自慢するかのような得意げな表情で零花に同意を求めていた。自身の師が予想以上の変態となってしまったがゆえに彼女は同意を求めながら近づいてくる久瀬を拒絶するしかなかった。


「じゃあ、レイとこのえは魔法が使えるのか…すごいな」


そんな尊敬の眼差しでシロは零花を見つめていた。零花は素直にほめられたことに照れていたが、魔法がそこまで有用なものでもないことを彼女は魔法を知らない死神たちに久瀬の接近を避けながら説明する。


「そんなことないよ…魔法って言っても実践じゃとてもじゃないけど使えるようなものじゃないし」

「そうなの?」

「それなりの魔法を使おうと思ったら、発動するための準備も含めて10分ぐらいはかかっちゃうし、かなりの集中力がいるの…一度でも攻撃を受けちゃうと魔法は発動しないしね」


桐彦や望月が魔法を使うことができる死神に出会わなかったのは、これに起因する。結局のところリスクが大きすぎるため、零花やこのえは魔法を使おうとはしなかった。神の遺産を持っていない死神にとって悪魔は脅威であるが、唯一の対抗手段が魔法である。


「そんなに大変なんだ…」

「だから、魔法を使う場合は、優秀な前衛の人がいないと使えないの…前衛をつけないで魔法を使えるなんて…」


そう言いかけると久瀬は二人の会話に突然割り込んできていた。


「僕みたいな天才しか不可能さ!!さぁ、僕を尊敬の眼差しで見てくれ!!」


再び変態は全身をうねらせ、ポーズを決める。あからさまに信用に足らない男を見るようにシロや桐彦は久瀬に視線を向けたのだった。


久瀬の実力を疑う二人の表情をみて、大門はこれもいい勉強の機会だと言い、久瀬の仕事に参加してくるようにとだけ二人に告げていた。

その提案に久瀬も了承し、おもむろに端末をとりどこかへ連絡するとすぐさま、自分の仕事の日時をシロたちに言い、後日集まることにした。いつの間にか歓迎会は終了していて、会場は徐々に片付けられていた。大ホールに集まっていた死神たちも自然と帰っていくのだった。

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