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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅵ 世界を愛していた少女
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チャプター36 暗雲の行方

「いやぁー、眼福、眼福。きてよかったと思うでしょ?シロ君」


そういいながらストローから炭酸を飲む天津の視線は自然と女性陣のほうへ向けられていた。日本人とは言いがたい天津の容姿は海によく映え、周りの女性の視線を集めていた。シロはシロで特殊な髪の色から視線を集めていることに気付き、それを隠すように羽織っていたパーカーのフードを被った。


「ぜんぜん…」

「君は男かい?!」

「そうっすよ、シロさん!!」


この会話に当然割って入ってくるのは決まって桐彦だった。シロの隣へと腰を下ろし三人の解説をし始めていた。


「このえさんはみなもっちに負けずとも劣らないきれいな形の胸、そして唯一のめがねキャラ。みなもっちは誰もがうらやむ巨乳。レイねーちゃんは大きさは負けるもののそれを補うスレンダーな体つき。俺、死神やってて良かった…」

「僕も…神様やってて良かった…」


そういいながら天津と桐彦は涙を流して、お互いの考えが合致したことに喜びを表すように互いに手を握り合っていた。そんな二人を呆れながら、シロはシートの上に再び体を横にした。


「そんなことで泣くなよ…大の大人が…」


当の三人は見られているということにも気がつかず浜辺でじゃれあっていた。シロにはその光景を見たところで桐彦や天津のようによかったと思えなかったが、見ていて損はなかった。作られたように光る零花の黒髪は彼女の動きにあわせてなびく。体は黒い水着で隠されており、彼女の白い肌と、髪や水着の黒とのコントラストはあまりの完成度に周りの男達の目を奪っていた。

篠崎もまた眼鏡をかけていながらも顔立ちは良かった。むしろ眼鏡フェチといわれる世の中の男性たちにはたまらない容姿だろう。ショートカットの髪は篠崎の表情を包み隠さず周りへと伝えていた。淡いグリーンの水着は普段活動的でない篠崎を表しているようであったが、彼女の雰囲気とあいまって周りに和やかな空気を与えていた。

三人の中で一際(ひときわ)、視線を集めていたのは間違いなく望月みなもであった。それは言わずもがな彼女の豊満な胸元がもたらしていた。溢れそうな彼女の胸元を必死に水着が支えていた。彼女の動きに合わせて彼女の胸はさまざまな方向へと動く。その光景は周りの男性だけでなく桐彦も魅了していた。


「縦、横、縦、縦…もうたまらないっす…」


そういうといきなり立ち上がり、自分の荷物から、しぼんだビーチボールを取り出し一気に膨らませ突入準備を整える。


「じゃあ、俺も遊んでくるっす!!このビーチボールでひぃひぃ、はぁはぁ言わせてやるぜぇ…」


どこか人としてのリミッターが外れてしまった桐彦に、シロは一つだけ注意していた。


「桐彦…せめて鼻血、拭いてからいけよ…」

「わかったっす!!」


シロが差し出したティッシュで自分の鼻の周辺をきれいにふき取るとすぐさま三人のもとへと走っていった。ふと周囲をみるとさっきまでいたはずの天津の姿がなかった。この時点で嫌な予感しかしなかったシロは体を起し、周囲を確認していると聞き覚えのある声と女性の声も聞こえてきた。その方向を見ると天津と見知らぬ女性が話しているようであった。


「おねーさんっ、今なにしてんの~~」

「友達とはぐれちゃって…」


容姿の悪くない天津を見て女性のほうも悪い気はしなかったようで、そわそわとナンパされている事実を楽しんでいるようだった。その表情を天津が見逃すわけもなく、近くの海の家を指差して女性との時間を作ろうとしていた。


「じゃあさー、連絡取れるまであそこでお茶しない?」

「まぁ…ちょっとだけなら…」

「よーし、じゃあ行こっか。僕、神様やってるからさ~いくらでも好きなものおごっちゃうよ~」


その様子を終始見ていたシロは何も見なかったことにして起こした体を再び横にする。必然的に留守番となったことにシロは安心していた。自分の上半身をゆっくりとシートの上へ倒すと、疲れを思い出したかのようにシロの瞼は閉じられた。


零花、篠崎、望月、桐彦の四人は遊んでいたが、長い間遊んだせいだろう、みんな疲れてきているようだった。一番初めに根をあげたのは篠崎だった。飛んできたビーチボールを抱えて篠崎は休憩がてら飲み物を用意しようと考えていた。


「ちょっと、疲れたからジュース買ってきます…みんな何がいい?」

「じゃあ…私は紅茶がいいかな」

「俺はコーラでお願いするっす」


持っていたビーチボールを望月に手渡すとついでに注文をとっていた。


「レイちゃんは紅茶で、桐彦君はコーラだね…みなもちゃんは?」

「レモンティーがいいです。このえさん、私も手伝います」

「大丈夫、三人で遊んでて」


注文をとり終えると篠崎はトコトコと海の家へと買いに走った。残った三人は続けて遊んでいたが急な突風がビーチボールを遠くへ飛ばしてしまった。人ごみの中に消えていったそのビーチボールを追い求め、零花と桐彦は手分けをして探しに行こうとしていた。零花はボールが飛んでいったほうを見つめていた。


「ごめん、みなちゃんボール捜してくるね」


零花はおいておいた薄手のパーカーを羽織るとボールが飛んでいった方向へ走っていった。


「このえさんが戻ってくるかもしれないから、留守番よろしくっす」

「わかった」


そういうと一人残された望月は夏の熱風を避けるように海へ体を浸していた。約一mほどの水位の中で浮力に身を任せると太陽光線は彼女にほぼ直角に降り注ぐ。瞼を瞑っても透過してくる太陽の光を感じながら彼女はプカプカとその場に漂っていた。

突然、光が途絶えたことに驚いて望月はハッと眼を開ける。彼女の目の前に二人の男性が立っていて、それが彼女に届いていた光を遮っていた。

先ほど天津もやっていたナンパだった。男性二人は明らかに夏を楽しみすぎているその容姿であり、望月を身構えさせていた。


「ねー、一人なら俺らと遊ぼうよ」

「そうそう、君かわいいからサービスしちゃうよ」


強引に連れ出そうとする行為に望月も苛立ちを顕にしていた。すぐさまその場を放れようとすると男性二人も声を荒げ始める。


「消えて」

「はぁ?ふざけんなよ!!こっちにこい」


そういうと彼女の腕を乱暴に掴んだ。その瞬間、彼女は何かを思い出したかのように体を急に震わせた。そして恐怖を振り払おうと必死に自身の中で耐えていたが、もう一人の男が望月のもう一方の腕を掴むと彼女は耐えられず悲鳴を上げた。


「い…いやぁあああぁああぁぁ!!」


その悲鳴に一番早く気がついたのはシロだった。いかに他人と関わることが嫌なシロであっても顔見知りの悲鳴をほっとくことができるわけがなかった。シロが駆けつけると彼女の体は紫色に光り、死力開放してしまっていた。その光りは男達二人には見えるわけもなく、ただただ泣き喚く彼女を疎ましく思っているようであった。


「ちっ男連れかよ、いこうぜ。この女めんどくさそーだし」

「そだな」


男達は望月に近寄ったシロの姿をみるやいなやその場を離れた。


「望月さん!?大丈夫?!」

「いやぁ、こないでぇ…こないでぇええええ!!」


シロの言葉は聞こえているようだったが望月は自分の抱いた恐怖には勝てず、シロが近づくとさらに悲鳴を上げると同時に死力を強めていった。キキョウの花のような紫色は望月があげる悲鳴に比例してその色を濃くしていく。どうにもならない現状に慌てふためくしかないシロは望月がいつもどおりに戻ってくれることを祈るしかなかった。シロと望月を囲むようにできた人だかりを押しのけて入ってきたのは零花と桐彦だった。


「どうしたっすか?!!」


二人は望月の様子をみると、顔を見合わせていた。零花はすぐさま望月に駆け寄り、彼女をなだめていた。零花は少し落ち着きを取り戻した望月を静かな場所へ連れて行くと、シロ達を囲んでいた人だかりは徐々にまばらになっていた。あまりの出来事にあっけに取られたシロに桐彦は望月のことを切り出した。


「みなもっちのこと聞かないんっすか?」

「あそこまで悲鳴あげられたら、聞く気もなくなると思うんだが…」

「シロさんは知っておいたほうがいいっすね」


そういうといいづらそうに、そして慎重に言葉を選びながら桐彦は望月のことを話し始めた。


「みなもっちは生前、複数の男に乱暴にされたらしいっす…」

「らしい?」

「俺もレイねーちゃんに聞いた話なんで…」

「男がダメなら、桐彦や俺とかもだめだろ?」

「急に体に触れられるとか、そういうのがダメみたいっす」


そういうと深いため息を桐彦は吐いた。どうにもならない現状を嘆くかのような溜息にシロもまた片手で抱えるしかなかった。


「お前はどうなんだ?」


シロの言葉は桐彦を考えさせていた。以前から二人がよく遊んでいることをシロは知っていた。二人の関係をはっきりと聞いたことはなかったためだろう。シロからでた言葉は二人の関係を確認するような形で出てしまった。


「待つ…しかないっすね…それにちゃんとみなもっちから受け入れてもらったわけじゃないんで…」

「まあ…そうだろうな」


どうにもできない人の感情と、どうにもできない個人のトラウマが入り混じった雰囲気は後味の悪さだけを残した。桐彦の心が彼女を守りたいという気持ちで満ちているのは横にいたシロは感じていた。それを感じると同時にシロは自身のなかにある禁忌(パンドラ)の力が自分ではなく桐彦にあればよかったのにと思わざるおえなかった。


海の遠方から近づいてくる雲は暗雲となりながらシロたちのいる海岸へと徐々に近づいていた。

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