表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅵ 世界を愛していた少女
36/74

チャプター35 大海の平原

本拠地は夏とは思えないほど快適な温度にされていた。人工的に輝き続ける太陽の下でシロは待ち合わせの場所へ向っていた。遠くから天津の声が聞こえながらも彼は意図的にその声が聞こえないことにしながらゆっくりと歩いていた。石門にいる者たちが抱く期待や、歓喜を感じながらもシロはいつまでも下を向いて歩き続けていた。


「あ、きたきた。おそいよ~シロ君!!」

「はやくね?これでも五分前なんだが…」

「もう一分遅れてたら、借神(しゃっかん)500年増やすとこだったよ~」

「ふざけんな!!」


彼らのやりとりを周りの死神達は笑いながら見ていた。中には天津の横暴に溜息を吐き出すものもいたが天津なりの冗談に気付かないわけもなかった。

シロには誰かと遊ぶということは、ほとんど経験が無かった。経験が無かったというよりも進んでしなかったというのが適切なのだろう。生前は誰とも関わることないままに死ぬのだろう。そんな風に思いながらシロは生きていた。むしろ彼はそれを望んでいた。死んでから誰かと交友を持つとはシロもさすがに考えておらず、面倒だと考えながらも自分に高揚感が芽生えていることに少し驚いていた。そんな高揚感を感じ取ったかのように他の死神たちもどこか浮き足立っていた。

その雰囲気を感じ取ったかのように、この企画を立てた天津は自分の荷物を担ぎなおしていた。


「みんな揃ったことだし、行こうよ~」


そういうと一人だけさっさと石門をくぐって現世に降り立っていった。それを見ていた大門は呆れた顔でみんなをまとめ上げ、現世に向おうとしていた。


「あんな神様ほっといたら何されるかわからん、俺たちも現世へ行くぞ」


そういうと持ってきた荷物をもち、それぞれが石門をくぐっていく。シロはみんながくぐり終えたあとに現世に向おうと待っていた。石門を通る死神たちの中に一人だけ動こうとしない死神がいた。眼鏡をかけたその死神はどこか退屈そうに持っていたバッグのキーホルダーを触っている。そのキーホルダーは開かれた本のかたどったもので篠崎を表すのにぴったりだった。


「どうした?このえ?」


不意に名前を呼ばれたことでおどろいた少女は体をビクッとさせ、視線をシロに向けていた。


「あんまり、こういうこと…しないから…」

「こういこと?ああ、海行くとか?」


コクリと顔を頷くとまた彼女は視線を落とし先ほどまで触っていたキーホルダーを握り締めていた。シロもその意見には大いに賛同できた。できることなら自分の部屋へと帰りグダグダしたかった。しかし、天津がそれを許さないことは明白だったため、諦める選択しかないこともまた明白である。


「まぁ…俺も得意じゃないけどさ…」

「シロさんも…?」

「どうもみんなでワイワイとか、みんなで集まって何かやろうとかってどうもね…」


篠崎もまたその意見には賛成のようで小言を挟んでいた。


「図書館…帰りたい…」


あまりにも本好きな少女の意見に乾いた笑いを見せながらシロは少女の説得を試みていた。


「とりあえず、行こう。みんなもこのえがいなくなったら寂しいよ」

「そんな…こと…ない…」

「俺は寂しいから一緒にきてよ」


少女の手が一瞬だけ止まった。

しかし再びその手をすぐさま動かすと彼女は黙って石門の前まで歩いていた。シロにはどこか機嫌がよくなったように見えたため、安心して自分もまた持っていたバッグを担ぎなおし石門の前へと向う。


「私も…シロさんがいなかったら寂しいから…はやく…来てね」

「石門くぐるだけなんだからすぐ行くよ」


そういうと篠崎は緩やかな表情をみせて石門をくぐっていた。


シロの心の中にあったのは負の感情だった。その感情は嘘のように取り繕われた自分の言葉を篠崎に発したことに対するものである。

その感情を押し殺し、シロもまた現実に降り立った。


石門をくぐると夏の暑さが全身に襲ってくる。ほぼ直角に降り注ぐ太陽の日差しもその要因の一つだが、何よりも太陽に照らされ続けた道路からでてくる熱を運ぶ風が全身をなでる。


「あっつ…」


夏の暑さはシロにありきたりな小言を出させた。みんなもまた同じようで日差しを手で避けてみたり、扇子を取り出してあおいでみたりとそれぞれに対応をとっていた。


「シロ…く~~~ん……」


ホラー映画に出てくるようなゾンビの声で呼びかけたのは天津である。彼は暑さにやられ、全身から汗を垂れ流しになっていた。


「は、はやく…く、車…」

「わ、わかったからそんな状態で引っ付くな!!」


シロは静かに自分の心に”守る”という気持ちを満たしていく。やり方だけは死力の開放と同じだった。けれど、シロにとって守るという感情で気持ちを満たすというのがなかなか難しかった。一度目は予定外の悪魔の襲来により無意識にその力は解放されたが、今は”守る”という感情を抱くこと自体が厳しかった。彼は始めに力を解放したときの感情を思い出すことで何とか禁忌(パンドラ)を引き出し始めていた。ゆっくりと自分の体の中にある禁忌(パンドラ)を感じ始める。心の中にある箱に触れるような感覚をシロは抱いていた。その感覚が徐々に強くなると同時にシロは一気に触れる感覚から開ける感覚へとシフトさせる。すると体は白く光り、夏の陽炎のように揺らめいていた。


「ふぅ…とりあえずここまではできた…」


次にシロが取り掛かるのはイメージを現実へと変える作業。人気のないところへ移動するとすぐさま取り掛かった。その光景は見ている者たちが息を呑むほど凄まじい光景であった。タイヤ、車体そしてエンジンを徐々に実現し組み立てていく。その光景を見守っていたのは天津であった。


(やはり…彼の物質化に関しては死神の中で一番だな…彼の出生を調べても情報は出てこなかった。人間の出生をすべてデータを取ってるわけでもないが…異常、異質、どれも的確な言葉じゃないがそういわざる終えないな。そういえばあいつがシロに接触してたってことはわかったが…あいつには関わりたくないしなぁ…)


自分の口を手で押さえ込みながら考えこんでいる天津にシロは声をかけていた。


「天津!!おい、天津!!」

「…え?なんだいシロ君?」

「できたぞ、車」

「あ、ああ。ありがとう」


作った車は死神達を合わせると7人もいるため車体はかなり大きめのワゴンタイプ。シロがサイドドアを引き車への通路を確保すると熱さでうなだれた一同は一斉に乗り込んでいた。一席だけあまった助手席を天津が自らあけて乗り込んだ。

そこでシロは一つ気になったことがあった。


「ところで誰が運転するんだ?」


周りを見渡すともうすでに全員乗り込んだ後であり、開いてる席は運転席だけだった。


「はいはい…移動は全部俺ってことね…」


諦めの境地に至ったシロは運転席へと乗り込み、車を走らせた。

ある程度車を走らせたところでシロは素朴な質問を天津に向ける。


「今思ったんだが…車使わなくても電車とかあるだろ?」

「だって電車賃出すたびに借神(しゃっかん)1年増えるんだよ?嫌でしょ、そんなの」

「そこは窓口に行って目的地までかかる金額全部まとめて払えば最小限で済むだろ?」

「あ…まあ、気にしない気にしない。アハハハー」


その反応を見た誰しもが思ったであろうことを大門は天津に問い詰める。


「お前、完全に忘れてただろ?」


その言葉をかけられた天津はだらだらと汗を流し始め車内から流れる景色を遠い目で見ていた。誰とも目を合わせない彼に向けられた眼差しは徐々に冷たくなっているのを彼が一番感じていた。


「まぁ、いいさ。つらいのは一之宮だけだからな」

「大門さん?ひどくないっすか?」


和やかな雰囲気が車内にはあった。その雰囲気にあわせた表情を作り出しながらシロは目的地に向って車を走らせていく。流れていく景色の中でコンクリートで作られた建造物は途切れ始めていた。車を運手する作業が彼を無意識にさせていた。時間が経っていることにも気がつかないシロにふとさわやかな風が届く。その風はいつも感じる蒸し暑さを伴っていながらも、その中に海の香りを持っていた。無意識の中から引っ張り揚げられるようにその香りがするほうへ目をやると、海の反射光がシロに差し込む。彼は久しぶりにみた海というものに息を飲み込んだ。周りの死神たちはすでにその光景に魅了されているようだった。


駐車場へ車をとめるや、いなや夏の暑さも忘れ、勢いよくドアを開けると天津や零花、桐彦は走り出していた。全員が車の外へ移動するのを確認するとシロは作り出した車を消し、荷物をもってみんなが向った方向へ歩き出していた。


海岸へ降りるための階段を踏み外さないようゆっくりと下る。防波堤を超えるために設置された階段を折りきると砂浜が広がり、観光客が溢れ返っていた。観光客の歓喜に満ちた声はシロの鼓膜へ振動を伝え、その衝撃はシロを驚かせた。


「人ばっか…」


嫌気が差す人の多さにシロの言葉は思わず漏れていた。歩き出すとビーチサンダルの横から太陽の光で熱せられた砂が足の裏に入ってくる。じわじわと伝わるその熱さが彼をより一層不快にさせる。仲間達はすでにパラソルを広げ、ビニールシートを敷いていた。シロは敷き広げられたシートの四隅の一つを自身の荷物を重石代わりにして置く。それと同時にシートの端にへたり込むように座り込んだ。自然と両膝を抱え、視線はシートの辺を追って一つの隅へと移動する。そこに自分と同じように自身の荷物を置き、倒れる勢いで座り込む篠崎の姿があった。どこか似たような精神状況を持つ二人は自然と目があった。生気のないシロの目と自分の目が合ったことにびっくりしたようで篠崎は視線を遠くへ向けなおした。シロは遠くから聞こえる仲間の会話を適当に受け流しながら疲れた体をシートの上へと広げた。どうやら交代で昼の食事や、着替えを済ませるようだった。とりあえずその場を動きたくなかったシロは自身が最後になることを許容した。

照りつける日差しはパラソルが遮っていたが、自分の足には直に日差しがあたって少し痛みを伴いながらも、目を瞑り疲れを癒すようにみんなの帰りを待っていた。


少し睡魔が襲いかかろうとしたときに天津に肩を叩かれ、意識を取り戻した。


「大丈夫かい?」

「ああ。大丈夫…少し疲れてるだけ」

「とりあえず、着替えとご飯行ってきたら?みんなもう済ませたから」

「そだな」


そういうと日陰の中から照りつける太陽の光に自身の体をさらし、近場の食事処を探しながら歩く。数分ほど歩けば、夏場の書き入れ時で海の家はどこも繁盛していた。その光景は当然ながらシロをその場所から遠ざかる。人がごった返すエリアを離れると一軒の寂れた海の家があった。食事のよしあしは二の次であるシロは自然と足を運んでいた。

その海の家は営業しているのかと疑いたくなるほど閑散としていた。室内に流れるノイズ交じりの音楽はおそらくカウンターにおかれたラジオからでているのだろう。ラジオのリスナー達が夏を代名詞とする曲をリクエストしたのであろう、どれも聞き覚えのある音楽だった。カウンターの奥には新聞を広げ客が来るのを待ちわびていなかったような店主が新聞を広げこちらをジロリと見て、再び新聞に目を通す。

シロの体は思ったよりも弱っていたようでメニューを見ても食欲のわくことはなかった。自然と彼の視線はカキ氷の文字へと向けられた。メロン味を一つ店員に注文するとすぐさま紙のちゃちな容器に入れられて手渡された。作られたメロンの香りは毒々しい見た目からも感じられた。それをゆっくりと食べ、持ってきた水着へと着替えるため席を立ちその場を離れた。

シロが店を出る瞬間にラジオがノイズで音が一瞬止まり、それと同時にリクエストされた曲も終わっていた。ラジオは日々のニュースを伝え始めていた。


…次は今日の天気です。今日は行楽日和です。日中は晴れ渡り気温は上がり続けるでしょう。しかし、夜になると接近中の低気圧によって大雨、強風の予報です。お出かけの際はご注意ください…


その内容を当然知らないままシロは着替えを済ませ仲間の下へ戻っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ